メキシコ・コルテス海は柔らかい朝陽に照らされて、キラキラと輝いていた。早朝。バレンティーナ号の船上でダイバーたちは「今日の一本目」の準備に余念がない。その間で、僕たちノンダイバーは所在がない。「ここの最大のウリは、アシカたち泳げることだね」とダイバーたちは喜々としている。海中の世界を知らない僕には「アシカと泳ぐ」という意味がいまひとつピンとこなかった。
今回は、メキシコ現地を取材時に感じた旅行商品として販売する可能性を掲載する。
<取材記事>
ダイバーが憧れるということは、船上から見下ろす海面以上に海の中はキレイなんだろう、と想像はできた。
ダイバー憧れの海は世界中にある。でも、ノンダイバーにとってはどこか別の世界のように感じてしまう。ある旅行会社のパンフレットには、「コルテス海は大物が続々登場する驚異のダイビングエリア!」と高々と謳ってある。「ここは、ジンベイザメも間近で見られるから楽しいよね」とダイバーに言われたとき、僕とのあいだにある敷居がまたひとつ高くなったような気がした。
ダイバーたちがゴムボートに乗り換えて、ダイビングポイントまで出かけていったあとしばらくして、ノンダイバーの僕たちもウェットスーツを着こみ、別のゴムボートでシュノーケリングポイントに向かった。
海に入ると、水中めがね越しにダイバーたちがアシカとじゃれ合っているのが見えた。「さすがに驚異のダイビングエリア!」。でも、その光景を見てしまうと、水面で浮いているだけのノンダイバーにとっては、なにか物足りない。 と思った瞬間、水中を泳いでいた一頭のアシカと目があった(気がした)。
すると、そいつは僕の方に向かってくるではないか。ダイバーの様子を見ていたから恐怖はない。そいつは、ぷかぷか浮いているだけの僕の腹をかすめるように、バカにするように、その巨体を器用にくねらせながら、泳ぎ去っていった。
そのとき、「おー!」と感動する一方で、悲しくも現実的なことも考えてしまった。旅行会社はダイバーだけでなく、圧倒的多数のノンダイバーへもマーケットを広げたいと思っている。その思いに応えるだけの潜在力をコルテス海は充分に秘めている。けれど、「旅のプロモーションって難しいなあ」と改めて思った。「驚異のダイビングエリア!」はやっぱりダイバーへの訴求であって、シュノーケリングには縁がないように思えてしまう。でも、ダイバーが憧れる海はきっと美しい。シュノーケリングでも、それは美しいはずだ。
夕食のとき、ダイバーたちから、その日の海中でのエピソードをいろいろと聞いた。僕も潜らずとも、その海をとりあえず共有していたから、その話は実にリアリティーをもって入ってきた。あるダイバーは、「惚れられたのかなあ」と笑って、アシカに噛まれた箇所を見せてくれた。少し血が滲んでいた。「あのとき、噛まれたのか」と想像すると、ダイバーたちとノンダイバーの僕との間にあった敷居が低くなった気がした。
両者を区分けするのではなく、一緒に海を巡れるツアーはないものか。それなら、これまでとは違うプロモーションも考えられるかもと思ったとき、ガイドのロレンソが「セニュール、もう一本セルベッサどう?」と、キンキンに冷えたビールを持ってきた。このメキシカン・ホスピタリティーもダイバーとノンダイバーに区別はないのだから。
(取材:山田友樹)