ホテルコンサルタントの堀口洋明です。
これまでのコラムで、ホテル・旅館では需要に合せて料金を変化させていることを説明させて頂きました。この「需要に合せて売り方を変える」販売手法はレベニュー・マネジメントと呼ばれています。
過去のコラム>>>
レベニュー・マネジメントは、1970年代に行われたアメリカ航空業界の規制緩和をきっかけとして生まれました。当時アメリカの航空業界ではアメリカン航空など大手航空会社の持つ定期便市場に、格安料金を提供できるチャーター便を運航している会社が参入しようとしていました。そこで生み出されたのが、正規料金では売り残ってしまう座席を、3週間前までの早期予約を条件に割引運賃で販売するというレベニュー・マネジメントの手法です。
航空業界で生み出されたこの手法が、「繰り越せない在庫」という共通の特性を持つホテル業界にも広まっていったのです。
日本にレベニュー・マネジメントが、いつどのように広まっていったかは、残念ながら私ははっきりとしたことを存じ上げておりませんが、少なくとも2001年に京都でレベニュー・マネジメントのセミナーを受講したことを覚えています。他にもインターナショナル・ホテルチェーンでレベニュー・マネジメントを学んだ方が、その後、別のホテルに移ることで広まったということも言えそうです。
逆に言えば、レベニュー・マネジメントを体系的に学ぶ場は日本国内ではほとんどなく、独学でレベニュー・マネジメントを実践している方の中には大切な部分が抜け落ちていることもあるようです。
私はレベニュー・マネジメントを「需要予測を基に、販売を制限することで収益の拡大を目指す体系的な手法」と定義しています。
需要に応じて供給量を調整できない特性を持つホテル・旅館は、需要が高い時にはどうしても供給(客室数)が不足してしまいます。ですから、需要が高いと予測されるときにはそのホテルにとって望ましいお客様に宿泊していただけるように、販売を制限するわけです。
となると、「如何に正確に需要を予測するか」は非常に重要な要素となります。
需要を高く予測しすぎて料金を高く設定したのに、実際はそれほど需要が高くなく、慌てて宿泊日の直前で値下げする・・・というのは、典型的な料金コントロールのミスです。この場合、直前の値下げをしても十分に客室が埋まらなかったり、たとえ客室が十分に埋まったとしても、適切な料金で販売を続けた場合よりも売り上げが少なかったりと、「収益の拡大を目指す」というレベニュー・マネジメントの目的からは大きく離れた結果になっています。
逆もまた同じで、需要を低く予測しすぎて料金を低く設定してしまうと、あっという間に満室になってしまいますが、やはり適切な料金で販売を続けた場合よりも売り上げが少なくなってしまいます。
このように、需要を正確に予測するのはレベニュー・マネジメントにとって重要な要素なのです。
予測が正確にできているかどうかを把握するには、予測の誤差を計測すべきで、予測の正確性を「Forecast Accuracy(フォーキャストアキュラシー)」と呼びます。
Forecast Accuracyは、前月末時点での予測が実績に対して ±3%以内 が最低限の許容誤差とされています。
- Forecast Accuracyの許容誤差はホテルチェーンによって異なります。
- Forecast Accuracy = ( Forecast – Actual ) / Actual Actual : 実績
ところがこのForecast Accuracyは独学でレベニュー・マネジメントを学んだ方の多くがご存知ないようで、ご自身の予測の誤差を把握していないことも多いようです。
予測の公式は以下の通り表すことができます。
Forecast = On Hand – Wash + Pick Up
- Forecast(フォーキャスト) : 予測
- On Hand(オンハンド): 現在の予約数
- Wash(ウォッシュ): (主に団体予約の)減少予測数
- Pick Up(ピックアップ): (主に個人予約の)増加予測数
予測がうまくいかないホテルは、Pick UpかWashのどちらかに問題があるのですが、Washを計算するにも日本ではあまり普及していないRMのノウハウがあります。そのひとつは「予約区分(Reservation Status:リザベーション・ステータス)」と呼ばれるものです。
話を分かりやすくするために団体予約に限って説明します。
団体はまず仮予約が入ります。仮予約は正式な予約ではなく、まだ泊まるかどうか迷っているけれど部屋が足りなくなると困るので、仮に客室を押さえておくという状態です。仮予約には期限を持たせ、予約者には期限内に正式な予約とするか決めてもらうことになっています。
※ 仮予約は団体予約のみとするホテルが多いようです。
仮予約から正式な予約になることを、日本国内のホテルでは「確定」と呼び、予約区分を「仮予約→確定」の2段階で管理することが多いようです。
ところがその後も団体の経過をよく見てみると、団体の宿泊者一覧であるネームリストの通知をもって最終的な利用客室数の決定とするのですが、このタイミングでほとんどの場合確定した時点より客室数が減少することが多いのです。
予約をする人は部屋が足りなくなっては困るのですから、若干多めに予約して、最後に調整しようと考えるのは当然の心理でしょう。
団体管理上、予約されている数より客室が減少してしまうことをリスクとして考えるのであれば、リスクに応じて予約区分を管理するほうがよいのです。そしてリスクに応じた予約区分は、そのまま団体の商談の進捗状況とも一致します。
そこで、私は団体の予約区分を以下の通り定義することを推奨しています。
- どうも日本語と英語のニュアンスがずれているようで、日本語の「確定」と同義であるDefiniteは上の図の「最終確定」に当たります。同じく仮予約と同義であるTentativeは上の図の「催行確定」に当たります。
- 国産のホテルシステムでは予約区分を「仮予約→確定」の2段階しか持てないものが多いようです。
予約されている客室数の減少のことをレベニュー・マネジメントでは「Wash」と呼びます。Washは予約区分に応じて予測します。仮予約であればWashは大きくなるかもしれませんし、最終決定まで進んでいればWashはないと予測できます。
Washは、
広い意味では「仮予約からどれだけ客室数が減少するか」、
狭い意味では「催行が決まった後どれだけ客室数が減少するか」です。
実際のレベニュー・マネジメントの実務では
「仮予約からどの程度の案件が正式予約になるか」 = 催行率:単位 案件数
「催行確定から最終決定までどの程度の客室が減少するか」=Wash率:単位 室数
で広い意味でのWashを予測しています。
レベニュー・マネジメントは「需要予測を基に 販売を制限することで 収益の拡大を目指す 体系的な手法」と定義されますが、需要予測の部分だけをとってみても、日本のホテル・旅館では十分な理解が進んでいないのです。
因みに、以前あるインターナショナル・ホテルチェーンの本部レベルのレベニュー・マネージャーと話した時に、「日本は韓国や中国よりレベニュー・マネジメントのレベルは低い」と言われたことがあります。この言葉も、「日本に十分なレベルのレベニュー・マネジメントを普及させたい」という動機の一つとなっています。
日本でも十分な水準のレベニュー・マネジメントが普及することを願って止みません。
あなたのホテル・旅館のレベニュー・マネジメントは十分なレベルですか?
- Forecast Accuracyを把握している
- Forecast Accuracyは±3%以内に収まっている
- (少なくとも団体に対して)予約区分を設定できている