千葉千枝子の観光ビジネス解説
▼観光関連は過去最高の概算要求に
一方、経団連は「十分な投資額とはいえない」
概算要求とは、国の予算編成に先立ち各省庁が、翌年度の予算の見積もりを財務省に提出して予算要求することをさす。各省庁の概算要求提出は毎年8月末に締め切られ、そこから財務省が査定と折衝を行い、絞り込みがなされる。そして政府予算案として、年末をめどに閣議決定がなされ、年度内に国会で成立するというのが、わが国の予算編成の流れである。
平成27年度(2015年度)の概算要求では、政府の進める成長戦略や地方創生に関する予算、すなわち観光関連予算が、過去最高額を更新した。2020年東京五輪の開催が決まり、急がれる観光関連の整備・強化事業を管轄する省庁は、国土交通省や観光庁に限らない。具体的にどのような概算が組まれ、日本の観光がどこへ向かおうとしているのか。
ちなみに平成26年度(2014年度)は、観光庁の事業も含む政府全体で、2956億円の観光関連予算が投じられた。だが日本経済団体連合会(経団連)は、この数字を「政府の一般会計予算(約96兆円)に比して規模が小さい。(中略)十分な投資額とは言えない」として、観光分野に関する予算の拡充を訴える政策提言を行っている。
来年度の予算成立を前に、日本の観光の行方を、関連する概算要求の数字で読み解く。
▼急がれるインバウンドの整備事業
CIQ強化やクルーズ港湾整備に人員増強・予算を増額
訪日外国人客が急増する一方で、外国人の入国審査における待ち時間に、なかなか改善がみられない。その背景にはシステムはもちろんだが、入国審査官や税関職員の不足が理由にある。そこで財務省は2015年度、税関職員140人の増員要求を行った。実現すれば4年ぶりの増加で、2020年五輪開催に向けて、550人から最大700人を段階的に増やす考えだ。
また法務省では、入国審査官の300人増員を要求。入国審査ブースを増設するほか、単なる簡素化ではなく自動化による効率化を推し進める。
主要空港以外の地方空港にも、入国審査官や税関職員、審査ブースの増員増設が急務である(下段の表を参照)。税関職員が、貨物と旅客のターミナルを往来して対応するケースは、地方空港に珍しくないのが現状だ。翌々年度以降も、さらなる強化が求められよう。ちなみに国家戦略特区における出入国審査に関しては、民間委託の拡充の可能性も、政府は示唆している。
海事・港湾にも動きがある。大型化するクルーズ船に対応を求める声が高まるなか、これまでバース整備の予算要求が各地方整備局等から相次いできたが、次年度は、岸壁周辺の陸上交通などサービスの分野にも概算要求の声が及んでいる。旅客船の港湾環境整備は、喫緊の課題である。大量の旅客を乗せたクルーズ船の寄港を妨げることは、大きな機会損失となるからだ。クルーズ100万人時代に向けて2015年は、大きく舵を切る年となりそうだ。
観光立国推進基本計画(2007年閣議決定)では、「全空港での最長審査待ち時間を20分以下にすること」を目標にしている。その当時、成田は平均約28分であった。
訪日外国人客1000万人を突破した2013年は、成田2ビルや中部が過去に比べ、平均値が長時間化している。
また主要4空港以外の地方空港における外国人入国審査の最長審査待ち時間は、2012年時点で新千歳が34分、茨城が44分、福岡41分、那覇26分などで、帯広は最長で50分。地方空港のCIQこそ、大きな課題といえよう。
▼観光ルート開発に新規予算・権限委譲でMICEに機動力も
免税店は1万店舗を目標にショッピングツーリズム促進へ
政府は、成長戦略のためのシナリオ「日本再興戦略」の改訂版を、2014年6月に発表した。新たに盛り込まれたのが女性の活躍や外国人の活用、農林水産業の6次産業化等々、すでに新聞の紙面を賑わせたものばかりだ。そして、観光分野には具体性が増した。
さらなる査証の緩和や多言語対応の促進に加え、注目したいのは、「ストーリー性やテーマ性に富んだ広域(観光)ルートの開発」と「免税店1万店舗へ倍増(2020年)」である。
広域観光ルート環境整備については、国土交通省都市局が予算を新規要求しているほか、観光庁も新たに14億円のルート形成事業を予算要求。ドイツの観光街道を範に、中部から北陸地方へかけての昇龍道プロジェクトを例として、新たなルート開発が進むことを期待する。
2014年10月の外国人観光客免税制度改正にともない、新たな免税店の登録を現在、国税庁と観光庁が呼びかけているが、政府は現行の倍に当たる1万店舗という数字を目標値に掲げた。ショッピングツーリズムが加速して、地方の商店会にも商機が訪れることだろう。
観光庁の概算要求総額は、復興枠を除くと180億700万円と急増している。それでも隣国・韓国と比較をすれば半分にも満たない。しかし、訪日プロモーションにかかる事業は2015年、観光庁からJNTO日本政府観光局へと予算と権限が委譲されることが、すでに決定している。これまでに比べ、意思決定や具体的対応が迅速化されることだろう。特にMICE誘致のためのインセンティブには機動力が求められるから、今後が期待される。
▼農水省の和食推進に期待
外務省、経産省、総務省、環境省、文科省にも観光関連予算が
観光と農業・水産業との親和性は、ことのほか高い。農林水産省では来年度、ユネスコの無形文化遺産に登録された和食をはじめ、地域の食材に光をあてた日本の食文化の魅力発信に30億円を概算要求している。
クールジャパンへの取り組みが2015年で3年目を迎えるが、地域の若い担い手づくりを目的に、地方創生の新規事業を経済産業省が概算要求しており、政府が掲げる地方創生に弾みをつけようとしている。また、放送コンテンツの海外展開で、日本の食文化やクールジャパン、地方の魅力発信を新たに手掛けようとするのは、総務省だ。
五輪への序章と国家のブランディングに文化芸術の分野で功を奏した先行事例に、2012年のロンドン大会がある。日本が誇る文化芸術を海外発信して推進事業を行うことを目的に、文部科学省が予算を要求するほか、外務省もまた、文化芸術の広報的な交流イベントの促進を視野に、概算要求している。環境省においては、国立公園を活かした事業の継承に、増額要求した。ジオパークや、諸外国に比べて後れをとったエコツーリズムへの期待が増す。
しばしば、中央省庁の縦割りによる弊害が話題にあがるが、各省がそれぞれ同時多発的に日本の魅力を国内外に発信すれば観光に、大きなプラスとなるに違いはない。今後、どのような査定や折衝が財務省により行われるのか、行方も気になるところだ。
近年、観光という概念は外縁を広げており、国交省や観光庁だけの執務、業でいえば旅行業や運輸・宿泊業だけの産業ではなくなりつつある。2015年には、文部科学省の組織・外局としてスポーツ庁が新設されるであろう。スポーツは、戦後教育の「体育」という枠を超えて、今や大きな観光資源にもなっている。経済に、さまざまな影響力を持つ観光が、大きく羽ばたくときを迎えている。