千葉千枝子の観光ビジネス解説
▼世界に挑む日本の観光
史上最大規模の旅の祭典となったツーリズムEXPO
世界151の国と地域、国内は47都道府県すべてから、1129の企業・団体が出展して開催されたツーリズムEXPO ジャパン2014が、成功裡のうち閉幕した。東京ビッグサイト(江東区有明)の東展示棟全6ホールを貸し切って行われた展示会は、過去最大規模の圧巻で、3日間の会期中、約15.7万人の来場(主催者発表)を数えた。
今回のイベントを終えて、明らかなのはアウトバウンド一辺倒の時代が去り、新たな日本の観光新時代が幕開けたということ。「双方向(2ウェイ)」という言葉が、シンポジウムやセミナーのいたるところで聞こえたのが印象的だ。
また、今回の出展者の顔ぶれから、「観光ビジネスは、すでに旅行業だけのものではなくなった」ことを印象づけた。
「JATA旅博」と「旅フェア日本」の統合からなされたツーリズムEXPO ジャパン2014だが、もっとも印象に残るのは皇室・秋篠宮殿下のご臨席ではなかろうか。観光振興とは、日本のアイデンティティの最たるところで、その発露にある。オペレーション等で多少の改善点はあれども、振り返れば些細なものに過ぎない。今回の旅の祭典が、今後の日本の観光発展に、大きな試金石になったことに違いはない。
▼国際観光シンポジウム基調講演
UNWTOリファイ氏の言葉から見えてくるもの
ツーリズムEXPO 2014で行われた国際観光シンポジウム基調講演に登壇した国連国際観光機関(UNWTO)のタレブ・リファイ事務総長は、今後の世界予測の一つに観光産業の革命を挙げた。その観光産業に、政官民をあげて行われた今回の大イベントへ、称賛と悦びの声を寄せると同時に、こう期待を示した。「世界が、真の日本を知るときがやってきた」。
五輪に向けて日本はこれから、インフラ投資や雇用の創出、女性の活躍、教育の高度化が予想される。だが、五輪後も持続的に繁栄するための、“真の資産”を構築しなくてはならない。「レガシー」という言葉の頻出とともに、「これは挑戦である」とのメッセージを、リファイ氏は残したのである。
今後、世界はグローバル化が進み、ことアジアに関してはダイナミックな人の動きがみられる。2030年、5億3000万人ものひとが世界の旅人となる。そのうちの3000万人を、日本は獲得しようとしている。リファイ氏の言葉に、私たちへ覚悟を求めているのがうかがえた。
基調講演の前日、リファイ氏は共同記者会見の席で、ある記者から「観光は平和へのパスポートというが、どうお考えか」と問われたのに対して、「私は中東出身の人間です。わかっています」と答えた。
人は何気ない声掛けや発言で、頑張ろうと鼓舞したり、わが身を照らして深く考えるようになる。リファイ氏の言葉の数々には、旅にたずさわる人の優しさや強さがあった。それも、私たち日本人の琴線にふれるものばかりである。
グローバリゼーションとは対極に、観光がある。いかなる人種、いかなる宗教をも超えたところに観光があり、また、観光を一つのファクターに、ローカリゼーションを醸成しようと日本では、農山漁村も動きはじめている。
今の日本の姿、ツーリズムEXPOジャパンのありようをみて、「日本はやってくれる」、そうリファイ氏は私たちに、語りかけてくれたように感じる。
▼変化する地方の観光
ツーリズムEXPOで浮かび上がる新たな絵図と観光資源
グローカルという言葉が、地方の観光の未来を表すのに適しているのかもしれないと、あらためて感じた今回の国際観光フォーラム。アジア旅行市場分析と3テーマ(海外旅行・国内旅行・訪日旅行)の各シンポジウムが、基調講演・基調シンポジウムのあと続いて行われた。
その一つ、海外旅行シンポジウムでテーマとなったのは、やはり双方向の交流であった。
一県一空港の掛け声のもと全国に乱立した地方空港。それを抱える自治体にとって、インバウンドの隆盛は好機である。だが県別の出国者数やパスポートの保有率をみると、実にアンバランスな状態で、2ウェイとは言い難い。近ごろでは隣県や域内を飛び越えて、飛び地で連携するケースも少なくない。それは、地方と地方とを結ぶ国内航空路線の存在によるところが大きい。
青森県は、FDAフジドリームエアラインズで名古屋に新たなマーケットを開拓し、また、道民の足と言われたAIR DOエア・ドゥが国際線チャーター便を新千歳・台北(桃園)間で飛ばす。一方で、増大する中国人観光客リピーターに対応した、春秋航空の日本国内における地方路線網拡充の戦略等々、飛び地の話題が尽きない。航空運賃の低廉化・規制の緩和で、市場絵図が塗り替えられようとしているのを痛感させられた。
青森県観光国際戦略局は、その名の通り観光のイン・アウトを縦割にせず、一手に担う県庁内の部局である。筆者も長い付き合いだ。出入りをした当初、驚いたのは、県内の観光業者を前に入域観光者数の発表をするかとおもいきや、リンゴの出荷高の報告が先立って発表がなされた。県の主要農産品であるリンゴは、外貨獲得のための重要な資源でもある。ヒトとモノ、観光客と農産品に垣根がないことに、度肝を抜かされた。
シンポジウムの席上、同局次長の高坂幹氏は、「公務員とおもうな、営業マンと思え」と部下に発破をかけていると語った。
台湾・中国で抜群のブランド認知度がある青森リンゴを活かした事例が披露されたが、そこに学ぶところは大きい。県が招聘した外国人記者たちに視察(み)せたものとは、重さや大きさを均一かつ瞬時に選り分ける選果場で、糖度計による等級付けを緻密に行うさまだった。リンゴの生産技術や選果そのものが観光資源となり、新たな交流の機会を創出しているのである。主役はローカルの生産者だが、グローバルな視点で自治体の職員が県産品を世界に売り込む。彼らはまさに営業マンなのである。
▼総括~ツーリズムEXPO 2014を振り返って
動員数や出展数など史上最高がラッシュとなったツーリズムEXPO 2014。この成功をバネに次年度以降は、量はもとより、質への追求も求められよう。
アジア列国では、1000人規模で外国人記者や旅行会社を招聘するケースも珍しくない。観光における国家予算が、さらに増えることを期待する。また、動員数にどれだけの数、外国人が含まれ、商談が何件、成立したのかを、測りながらおし進めるべきときが到来しているようにも感じる。効果測定を施してこそ、次の成功につながるのではなかろうか。
五輪を前に多くの人たちがビジネスチャンスを求めて、観光というテーマに関心を示すようになった。かつてマスツーリズムの時代、高度経済成長の波で大型投資が相次ぎ、ビジネスホテルなどの参入が相次いだが、今の時代にマスを求めることができるのはインバウンドのみである。
そのインバウンドにおいては、日本の暮らしや日常を体験できる、例えばホームステイや民家の一棟貸し、商店街や銭湯などにも目が向けられており、それらまでもが観光資源になりつつある。
ただパンフレットを配布するだけの展示の手法は、すでに他国が脱却しており、民俗衣装で記念写真を撮ったり、伝統工芸品を手作り体験させるブースに人気が集まる。長くブースに滞留させる工夫が、出展者にも求められてくるであろう。
来年のITBベルリン超えを期待して、筆を置く。