機内食はどのように開発されるのか? 有名シェフとのコラボメニュー完成までの道のりを聞いてきた

百花繚乱!世界の機内食めぐり

機内食コラムを担当する旅行・グルメライターの古屋江美子です。

機内食の中でもその豪華さ、華やかさに目を見張るのが、ビジネスクラスやファーストクラスのメニューです。有名シェフとのコラボレーションによる限定メニューも多く、いまや地上のレストラン顔負けのクオリティ。とはいえ、地上とは環境が違う機内では使える食材なども限られ、トップシェフたちにとってもチャレンジングな取り組みであるはず。一体、機内食のコラボメニューはどのように開発されるのでしょうか?

今回はコラボレーションメニューに焦点をあて、有名レストランやホテルのシェフとのコラボレーションに積極的なキャセイパシフィック航空と日本航空に話を聞きました。

*画像はJALの日本発シカゴ、ニューヨーク、ロサンゼルス等一部路線のファーストクラス冬メニュー(洋食コース)。新鮮な葉や香りが飛んでしまう食材は乗務員により提供直前にひと手間加えて盛り付けることもあるそう 。

機内食に課せられる条件とは?

機内食で変化する味覚、注目は“UMAMI(うまみ)”

一般的に、機内食作りが難しい最大の理由は、レストランのように作りたてを提供できないことだといわれます。調理から提供まで時間があくので、色や食感が変わってしまう食材や料理は不向き。機内で再び温め直すという特殊な工程もあります。

トレーは専用のカートに収納されるので使える器や盛付けの高さも限られます。機内の台所(ギャレー)も広くはないので、機内での最終仕上げをあまりに煩雑にすることもできません。ソースは多少の揺れにも耐えられるよう多少かために仕上げるなど、調理に工夫も必要です。

CXのニューヨーク発香港行き2月メニュー例。トマトも旨味が豊富な食材

機内では気圧の変化や乾燥から嗅覚や味覚がにぶくなるといわれています。かつてはそれを補うため、塩分を強くし、濃いめの味付けにするのがポピュラーでしたが、最近はヘルシー志向もあって塩分は控えめ。そのかわり、航空各社が注目しているのが “旨味(うまみ)”です。甘味、塩味、酸味、苦味に次ぐ第5の味覚として知られる旨味は、塩味や甘味と違って機内環境による影響をうけにくいといわれているのです。

旨味成分としてよく知られているのは、かつお節などに含まれるイノシン酸、昆布やトマトに含まれるグルタミン酸、干ししいたけなどに含まれるグアニル酸。いずれも日本料理に欠かせないものですが、数年前からは世界のトップシェフからも大きな関心が寄せられるようになりました。いまでは“UMAMI”という言葉は料理の世界共通語になっています。

香港2大ブランドのグローバルなコラボレーション~キャセイパシフィック航空~

それでは具体的な開発プロセスはどのようなものなのでしょうか? まずはキャセイパシフィク航空(以下CX)のグローバルな試みを紹介しましょう。

CXの香港発パリ行き2月メニュー「牛肉-頬とショートリブの赤ワイン煮」

CXでは、2015年1月から1年間、マンダリンオリエンタルホテルグループとの共同開発による機内食メニューをファーストクラスで提供しています。両社はいずれも世界的な評価も高い“香港ブランド”。2回目のコラボレーションとなる今回は、世界7都市(香港・ロンドン・パリ・ニューヨーク・サンフランシスコ・ボストン・東京)のマンダリン オリエンタル ホテルのトップシェフが参画し、月替わりのメニューを提供しています。

提供時期やメニューは路線によって違いますが、基本的に各地のシェフが自分のホーム都市を出発する便のメニューを3~4コース考案。たとえば羽田発香港行きなら8月、10月、12月にマンダリン オリエンタル 東京のシェフの考案メニューを、6月と10月の香港発羽田行きではマンダリン オリエンタル 香港のシェフ考案のメニューが味わえます。

メニュー開発には通常約半年前後をかけ、何度も試食と評価をおこないます。まずは、コラボシェフがケータリング会社を訪問するところからスタート。シェフはそこでまず、機内食というものがどうやって作られているか、機内食に適した食材は何か、さらにはCXのサステナビリティポリシーまできっちり把握するわけです。

その後、シェフが考案したメニューの試食会を開催。そのうち選ばれたいくつかのメニューをケータリング会社が機内工場で再現し、そこから実際にどのメニューを採用するか絞っていくそうです。

今回のコラボレーションでは、化学的分子料理法や低温料理法といった、伝統的および最先端の調理法も一部のメニューに取り入れられています。「我々のケータリング会社の多くは最先端の設備とそれを使うための専門知識を備えており、最先端のレストランで使われているようなテクニックも再現できます」(CX企画・コンセプトデザイン担当ケータリングマネージャー ブレンダン・ダフィさん)。

もちろん、化学的分子料理法などは複雑なので、なかには機内食には使えない技術もありますが、そのあたりは慎重に判断しているとのこと。一方、低温で肉などを少しずつ焼いては休ませる“低温調理法”は機内食には理想的で、食材の食感や味がぐっとよくなるそうです。

日本人シェフ監修にこだわってプロデュース ~日本航空~

JALの日本発シカゴ、ニューヨーク、ロサンゼルス等一部路線のファーストクラス冬メニュー(龍吟の山本シェフによる和食)

日本航空(以下JAL)では2013年1月より欧米線、豪州線、東南アジア線で「空の上のレストラン」をコンセプトに、「スカイオーベルジュ BEDD(ベッド)」というこだわりの機内食を提供。スターシェフプロデュースによるメニューを数多く提要しています。

特徴的なのは、日本発、海外発(一部路線)、全て日本人のシェフに監修してもらっていること。たとえば2月末まで提供中のパリ発日本行きのファーストクラス・ビジネスクラスの冬メニューは、フランスで1つ星を獲得した和を融合させたフレンチレストラン「SOLA(ソラ)」の吉竹シェフがプロデュースしています。

「日本で生まれ、日本で育てていただいた会社なので、洋食であっても和の技術を取り入れ日本の良さをアピールしたいと考え、世界で活躍する日本人シェフに監修依頼をしています」(JAL開発部 松下みゆきさん)。

同社がレシピ完成までにかける期間は約4カ月。「メニューを考えてもらうだけということはしていないので、シェフのOKが出るまでとことん仕上がりを追及して完成させています」。そこまでの労力を惜しまない、さらに同社の目指すものを理解してくれるかどうかも、シェフを採用するにあたっての大きな判断基準になるそうです。

レシピ開発の流れは次のとおり。まずシェフの店舗で提案会を開催。このとき、単にレシピ提供だけでなく、シェフは実演もおこない、火入れの様子なども伝えます。また、使用食材や調味料にもこだわりがあればその仕入れ先なども確認。もちろん試食して味も確認します。その後、ケータリング会社が持ち帰って再現し、機内食工場にて確認会を開催します。実際にシェフが味の確認をして納得いくまで改善を重ねるため、平均2~3回はおこなわれるそうです。さらに機内で提供開始してからも、シェフ自身に実際のフライトに搭乗してもらい、そこで気になる点があれば再度改善を重ねるという徹底ぶりです。

有名シェフとのコラボレーションと聞いて、単なる名義貸しのようなものを想像する人もいるかもしれませんが、上記2社のように、シェフと一丸となってこだわりの機内食を生み出している航空会社も少なくありません。美味しさの秘められた多くの人たちの苦労に思いをはせると、機内食もより味わい深いものになりそうですね。

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