ネットやソーシャルメディア、ITテクノロジーの進化とともに世界で急速に拡大するシェアリングエコノミー。CtoCの商取引という概念が、消費行動の新たな世界の潮流となりつつある。そんな新たなビジネスのパイオニア、個人宅への宿泊でマッチングを行うエアビーアンドビー(airbnb)が、2016年のリオ五輪の公式スポンサーになったニュースは、シェアリングエコノミーが世界で新たな局面を迎えたことを印象づけた。
2016年リオ五輪の決断の背景には、2012年のロンドン五輪の経緯があるといえるだろう。airbnbは、ロンドン五輪を契機にロンドンで市場が拡大。慢性的なロンドンのホテル不足のなか、airbnbの個人宅で世界中からの観光客を迎えたという。
一方、日本国内では、airbnbのビジネスは法整備や精神的な受入れ態勢ができているとは言いづらい。果たして2020年の東京五輪では、同じことは起きるのかーー?
実際にロンドンのairbnbに泊まって、そのヒントを探ってみた。
▼個人宅のカギを受取るまで
ロンドンのお洒落スポット・ショーディッチが「自宅」に
ロンドンで宿泊したのは、ダンとケリーがホストをつとめるゲストハウス。場所はいま話題のショーディッチのベーコン・ストリート。新進気鋭のアーティストが集まり、トレンドを先取りするカフェやショップが立ち並ぶ、最新のエリアだ。
ゲストハウスに到着すると、ダンとケリーが迎えてくれた。部屋は3室で各フロアーにひとつ。それぞれ、デザイナーであるケリーの趣味が反映されたスタイリッシュな内装で、ブティックホテルといった雰囲気。各部屋にはバス・トイレが完備されているほか、タオルなどのリネン類やシャンプーや石鹸などのアメニティーも揃っている。
1階は共有スペースのリビング。地下1階はキッチン。冷蔵庫、食器洗浄機、洗濯機なども備えられ、長期滞在でも快適に過ごせる設備が整っている。「去年は、300人ほどのゲストに利用してもらったの。長い人は1ヶ月くらい滞在するわ」とケリー。利用者は、観光、ビジネスの両方。アメリカ人の旅行者がほとんどだという。
入口のドアは二重ロックでセキュリティーにも気を配っている。当然、「自宅」から外出する時はカギを持参する。「チェックアウトするときは、元の場所にカギを置いといてね」。ちなみに、ダンとケリーは、別の場所に住居を構えている。
二人がairbnbのリストに登録したのは2013年6月のこと。ダンは「いい収入になるし、とても気に入っている」とシェアリングエコノミーを楽しんでいる。二人は部屋の案内とカギの受け渡しが終わると、「じゃあ、ロンドンを楽しんで!」と帰っていった。その後、ゲストとホストが直接コンタクトをとることはない。両者が次に会うのは、airbnbのサイト上でのレビューだ。
▼滞在日数も消費額もホテル以上という現実
ローカル宿泊体験はリピーターも生む
airbnbはすべてオンラインで取引が成立する。ホストである個人(C)とゲストである個人(C)がairbnbのプラットフォームを介して部屋を予約する仕組みだ(CtoC)。ゲストが支払う宿泊代金は、airbnbがチェックイン後24時間保持。予約の際に保証された約束事がしっかりと確保されているかどうかを確認できる時間をつくる。もし何か問題があれば、airbnbのカスタマーサポートが対応するという。
宿泊代金は、ホストが決めることになっている。季節や週末などマーケットの動向に応じて料金を設定。追加ゲストの金額、クリーニング代、セキュリティーディポジットなどもホストの裁量となる。
特徴的な点は、ゲスト、ホスト双方のレビュー(サイト上に書き込む利用後の評価)でクオリティーを維持しているところだ。サービス受給者であるゲストだけでなく、サービス提供者であるホストも、相手を評価することで、信頼と安心を担保している。
「airbnbはこれまでとは違う宿泊体験を提供している。たとえば、東京でいえば、グランドハイアットは素晴らしいホテルだが、その六本木ヒルズエリアから出て、東京の一般の人たちが暮らす場所に泊まって旅を楽しむことができる」。airbnbイギリス・アイルンド担当ジェネラル・マネージャーのジェームス・マクレアー氏は、airbnbの基本コンセプトをそう話す。
airbnbがいう「ユニークな宿泊体験」とは「ローカルな宿泊体験」。たとえば、ショーディッチ。いまロンドンで一番ホットなエリアに、一時的な旅行者でありながら居住者のように「住む」体験は、従来の旅行形態を一歩先んじるものだ。
マクレアー氏によると、ロンドンの場合75%のホストがホテル地域以外にあり、平均でairbnbの滞在は5泊でホテルの平均2.8泊よりも長く、消費額もホテルの670米ドルよりも多い980米ドルになっているという。また、「宿泊する地域で消費するゲストも多く、ローカル体験をすることで、また戻ってくる旅行者も増えている」とも明かし、airbnbが地域経済活性化の一役を買っている側面を指摘する。
▼ロンドン五輪が転機
ハウスの資産運用で大きな経済効果
airbnbは2008年、たった3人でサンフランシスコで立ち上げられた。いまや、リスティング(ホスト)は世界190カ国以上で100万を超え、昨年1年間だけで約2000万人のゲストが利用した。ロンドンで大きく飛躍する転機となったのは、2012年のロンドン五輪だ。
「当時、主にイーストロンドン地域だが、約1,800のホストが約1万人のゲストを迎えた。そのうち85%が海外からの旅行者。平均滞在は1週間で、1ホストあたり平均で1200ポンドの収入になった」とマクレアー氏。その翌年には、イギリス全体で5億ポンドの経済効果と約1万2000人の雇用を創出したというから驚きだ。
「自分のハウスを資産として運用することは、経済全体にとって大きなインパクトがある」とマクレアー氏は強調する。
ロンドン五輪をきっかけにホストとして登録したロンドン・カムデン地区のテッサ・クロケットさんは、「大会期間を通して予約したゲストや早めに予約を入れてくれたカップルもいましたね。彼らは自由に五輪を楽しんでいるようでした」と当時を振り返る。ロンドンや五輪関係の最新情報を事前にゲストに送るなど現地で快適に過ごしてもらうためのサポートもしたという。
「ゲストはそれぞれ異なりますが、すべてのゲストが共通して求めるのは、宿泊先が安全であり、使いやすく、そして十分な情報があるということでしょうね」。ロンドン五輪以降も世界中からのゲストを迎えているスーパーホスト(airbnbが定める合格基準をクリアした優良ホスト)のクロケットさんは、ホストとしての心構えをそう話した。
▼既存の宿泊施設と競合は?
最大のライバルは「人々が旅行をしないで、家にいること」
airbnbは、慢性的なホテル供給不足のロンドンで、需要が高まる五輪開催時にその認知度を高めると同時に利用者も増やしていった。五輪特需のあと、マーケットが落ち着いたとき、既存の宿泊施設との競合は起きなかったのだろうかーー?
それに対するマクレアー氏の答は明快だった。「旅行の裾野は広い。(競合というよりも)我々はこれまでとはちがう旅行体験を提供しているということだ。一番のライバルは『人々が旅行をしないで、家にいること』」。
テクノロジーの進化によって可能になったairbnbのビジネス。一方、現実問題として、現行法が現実に追い付いていない面がある。ロンドンでも、1970年以降ハウジングルール(住宅規制)は変わっていないという。
ただ、現実に則した対応として規制はアップデートされ、シェアリングエコノミーという新しいビジネスモデルをバックアップしている。それは、同社のお膝元のサンフランシスコでも、アムステルダムでも、シンガポールでも同様だ。日本でも国家戦略特区での「旅館業法の適用除外」の議論が進んでいる。
日本でのairbnbの認知度はまだまだ低い。宿泊施設を提供するホスト側も、個人宅に泊まるゲスト側も、意識は従来の旅行産業の枠内から出ていない。「まずはエデュケーションから」とairbnb日本支社は話す。昨年、さっぽろ雪まつりで巨大かまくらをつくり、そこに体験宿泊してもらうイベントを実施したのもその一貫だという。
「五輪は世界最大のグローバルイベント。2020年の東京五輪も大きな転機になるだろう。日本は観光ビジネスでも非常にチャンスの多い国だと思う」。自身もニセコのairbnbに泊まった経験のあるマクレアー氏は、日本でのairbnbの潜在力についてそう話した。
果たして、日本ではシェアリングエコノミーは定着するのかーー?世界の潮流を日本国内で真剣に考える時がきている。
- 取材・記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹
- 編集:トラベルボイス編集部