ANAグループは2015年7月にインバウンド・ツーリズム推進チームを立ち上げ、グループ全体のインバウンド政策を進めてきた。異業種とのコラボレーションを積極的に展開しているほか、国内線での外国人旅客の取り込みにも本腰を入れるなど、インバウンドで稼げる仕組み作りを急いでいる。
「グループ全体を横串して事業を開発していく」と話すのは今年3月末まで同チームのリーダーを務めてきた山崎格正氏。4月から同チームは異動になった同氏だが、ANAのインバウンド推進に長年尽力してきた経験を持つ。そんな山崎氏にANAグループのインバウンド戦略を聞いてきた。
*編集部注:取材は同氏の異動前の3月末に行いました。
国際線で大幅に増える訪日旅客
ANAの国際線航空券は、海外での販売比率が約50%に達している。10%ほどしかない時代もあり、国際線が2004年に黒字化する前は、「(国際線が)国内線の宣伝費にすぎないと思われていたことを考えると、こういった状況になるとは想像していなかった」と山崎氏は話す。長年にわたってスターアライアンスやジョイントベンチャーなど海外での事業に携わってきた山崎氏にとっては、「隔世の感がある」ようだ。
国際線の訪日旅客の推移を見ても、2015年第1〜3四半期の旅客数ベースで前年比150%超え。路線別では、中国線(香港を除く)が約160%、タイ線が約250%、シンガポール線が約200%、インドネシア線が約190%、ベトナム線が約190%、フィリピン線が約180%などアジア路線で前年比大幅増。長距離でもアメリカ線で約140%、ヨーロッパ線でも約180%となり、訪日外国人旅行者市場の伸びに呼応してANAも順調に外国人旅客を伸ばしている。
「今後の重点地域は、ANAのネットワークを考えると中国とアジアになる。推進チームとしては、日本で儲ける仕組みづくりだけでなく、海外での訪日の仕掛けにも力を入れていく」と山崎氏は話す。
戦略的運賃で国内線での外客取り込み強化
一方、ANAが目下最も注力しているのが国内線での外国人旅客の取り込みだ。「ANA国際線でなくても、他社便あるいはLCCを使ってでも日本に来てもらって、外国人にANAの国内線に乗ってもらう」という戦略を進めている。
日本では人口減少が進み、地方の過疎化も深刻化。さらに新幹線との激しい競争があるなか、国内線需要が頭打ちになっている市場環境が背景にある。
この方針の中心になるのが運賃戦略だ。以前はANA国際線利用者だけに限って、ANA国内線の特別運賃を提供していたが、新たに他社国際線利用者に対しても国内線単独運賃を出すことにした。「とにかくANAに乗って国内旅行をしてもらうという仕掛け」で、ANAにとっては大きな政策転換といえる。
たとえば、日本国外居住者を対象に「ANA Experience JAPAN Fare」を設定し、訪日客のANA国内線利用を促している。また、昨年10月から設定している「ANA Discover JAPAN Fare」では、ANAウェブサイトやANA支店だけでなく、海外の旅行会社でも購入可能にした。
こうした運賃戦略を含め国内線強化を進めたことで、国内線の外国人利用は2015年第1〜3四半期で前年比250%。特に首都圏や関西圏から北海道や沖縄への旅客が多く、最近では九州路線の需要も高まっているという。ただ、シェアはまだ低いため、「今後もさらに強化していたきい」考えだ。
また、山崎氏は将来の運賃体系についても言及。「旅割などを提供している国内向け運賃をグローバルに展開していくことが理想」と話し、現在は、仕組み上さまざまな制約があり、訪日客向けの特別運賃を出さざるをえないが、「できるだけ早い時期に実現したい」という。
外航との連携でも国内線に外客呼び込み
ANAではスターアライアンス以外にも、2013年12月にガルーダ・インドネシア航空、2014年10月にフィリピン航空とそれぞれ包括提携したほか、2016年1月にはベトナム航空と業務・資本提携を結ぶなど外航とのパートナーシップを広げている。グローバルなビジネス戦略という観点だけでなく、「マイル提携などを通じて、そうした提携も訪日客の国内線利用の促進につながる」と山崎氏は見ている。
また、外航にとっても、ANA国内線との連携ができれば、自社ネットワークの補完にもつながるだろう。すでに地方空港に乗り入れているアジア系航空会社の旅客には、地方空港から東京や関西へANA国内線を利用する流れもあるという。
訪日向け運賃の流通については、海外の旅行代理店でも、ANAあるいは他社国際線とANA国内線の組み合わせ販売してもらうように働きを強めていく方針。さらに、OTAや旅行関連以外のデジタルプラットフォームとの連携も模索していく考えだ。
異業種との提携で稼ぐ仕組みを拡大
ANAグループでは、インバウンドで稼げる仕組みとして異業種との連携も積極的に進めている。今年3月には、全日空商事とともにラオックスと包括連携協定を締結。主に中国マーケットをターゲットとした取り組みを進めていく。
また、全日空商事は、高島屋とホテル新羅とともに空港型市中免税店を運営する合弁会社の設立で合意した。このほか、ANAセールスが釧路市と観光産業の活性化で連携するなどインバウンドで地方自治体との協力も強めている。
「自社のネットワーク拡大には限界があるため、今後は異業種との連携が大切になってくる。ボラティリティー(収益の不安定さ)のなかで、いろいろなチャンネルを持っておく必要がある」と山崎氏。ANAグループとしては、国家戦略である地方創生への貢献にも絡みながら、グループ横断的にインバウンド・ツーリズムの政策を推進していく方針だ。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹