間もなく開催されるオンライン旅行業界の国際会議「WIT Japan2016」。今年もトラベルボイスがプレミアムメディアパートナーを務め、世界と日本のオンライン旅行におけるキープレイヤーが集う。世界のオンライン旅行業界で大手の寡占化が進むなか、「日本のプレイヤーはオンライン/リアルに関わらず、その流れを理解する重要性がますます高まっている」と話すのは、実行委員の一人である柴田啓氏(ベンチャーリパブリック代表取締役社長CEO)だ。オンラインとリアル、国境、業種・業界など、技術とインターネットでさまざまな垣根がなくなりつつある今、今年のWITでは何に注目すべきか?
WIT Japan実行委員の柴田氏と浅生亜也氏(アゴーラ・ホスピタリティーズ代表取締役社長CEO)に、今年のWITのポイントと、そのヒントとなる世界の潮流を聞いてきた。
「日本は魅力的なマーケットじゃなくなった」と、中国をはじめ周辺諸国へ目を移す声が他産業でも聞こえるが、オンライン旅行業界ではこの数年、日本市場のクオリティの高さが再認識され、今まで以上に熱い視線が注がれている。AIやロボット、シェアリングエコノミーやIoTなど新しい技術や仕組みが登場するなか、今やWITは「テクノロジーを駆使してどのように新しい旅行業界を作っていくかがテーマになっている」。
テーマに示された注目すべき動き
WITは本国シンガポールや日本のほか、タイ、インドネシア、オーストラリアなどアジア太平洋地域の9か国で開催。いずれも毎年11月のWIT Singapore開催時に世界のトレンドを見ながら1年間のテーマを決め、各国の開催時にはそれぞれの状況にあわせてプログラムを構成する。WIT Japanは日本にいながら世界の潮流と日本を取り巻く状況を、そのうねりを起こしている国内外の業界リーダーたちの言葉で直接聞く、またとない機会といえるだろう。今年のテーマは「Reboot」。オンライン旅行ビジネスが成長する中、さらなる拡大に向けて舵を切ろうとする動きだ。これを日本市場でいうと、「いくつか見方があるが、1つは日本のプレイヤーがインバウンドの成長をどう取り込んでいくか。もう1つは、インバウンドの増加をテコに日本進出を加速する海外のプレイヤーが、日本の国内旅行をどう取り込もうとしているか」と、柴田氏は2つの大きなポイントを示す。
これに加えて、シェアリングエコノミーの振興、アクティビティやレストランなどタビナカ領域など「すべてオンライン予約で持っていく」(柴田氏)動きがあり、これらは異業種やスタートアップの参入が顕著だ。こうした波に、日本がどう対応していくかも注目すべきだという。
さらに浅生氏は「ホスピタリティ業界も転換期にある」と指摘。特に日本では宿泊施設の8割が「旅館」である特異性を考慮し、昨年から旅館をテーマにした日本独自のセッションを開始した。地方を中心に後れている印象があるが、国内・外資OTAのアプローチでオンラインに触れる機会も増えている。「今のトレンドの捉え方やオンライン旅行ビジネスに対する考えをダイレクトに聞く機会とする」考えだ。
また、消費者の日常がデジタルに囲まれ、インターネット上に情報があふれる中、「サプライヤーであっても商品を出していかなければ消費者に自分たちの価値を見せられない。商品を市場にのせ、グローバルに認知されるためにどこに出向き、ネットワークを繋げるべきか意識する必要がある」と、宿泊事業者にもメッセージを送る。
スタートアップから見るトレンド
WIT Japanはマネジメント層向けの国際会議というイメージもあるが、3年前から初日に「ブートキャンプ」としてより実践的な内容のディスカッションやプレゼンテーションを行なうプログラムも拡充している。「WIT としても力を入れている」と柴田氏。今年のWIT Japanのハイライトの一つとする。業界従事者はもちろん、旅行ビジネスに興味を持つ異業種や学生などのエデュケーション的な場としても意識しており、今年から2日間9000円の学生料金も設定した。特に注目はスタートアップピッチ(起業家プレゼンテーション)。昨年は日本からの参加が少なかったが、今年は18社のエントリーのうち約10社が日本からの挑戦者で「昨年よりも格段に量も質も上がっている」と評価。浅生氏はその変化を「インバウンドが増加し、国も政策として目標を設定するなかで、ビジネスとして取り組む若い人が増えたと思う」と述べ、「ここが動かないと市場が成長しないので非常に良いこと」と歓迎する。
「次の段階では、経験者の参加も欲しいところ」と柴田氏。欧米では最近、業界のベテランによる起業が特にBtoBの分野で顕著で、「この層からスタートアップがでればさらに(業界に)厚みが増してくる」という。「彼らの発想、ビジネスのポイントにはいろいろなエッセンスが詰め込まれている。そこからも今のトレンドを感じることができるはず」とも語る。
もう一つのハイライトは「ソーシャル」。オンラインマーケティングではGoogleのサーチエンジンマーケティングが主流だったが、いよいよソーシャルマーケティングが本格的に到来するとし、「マーケティングの側面からも大きな地殻変動が起きている」と柴田氏。今年はWIT Japanで初めて、Facebookのアジア太平洋代表・ダン・ニアリ氏が登壇する。
世界が日本市場を再認識
WIT Japanが開催されたこの4年間の変化を聞くと、日本のOTA、リアルAGTともに「より海外動向に敏感になってきた。そこにある危機を感じているところまできている」と柴田氏。それを示すように、WIT Japanの参加者数は初開催の2012年の100名弱(※招待制)から、翌2013年は約300名、2014年は約350名、2015年は約450名と、増加数が倍増。インバウンドの取り込みはもちろん、世界へ打って出ようという動きもあり、プログラムではブートキャンプや本会議のセッションのテーマにもあがっている。一方、海外の動きでは、当時と現在とでは日本に対する見方が変化。インバウンドの急増による恩恵だけではなく、「日本がいかにクオリティの高い市場であるかを再認識していることを非常に感じる」という。WIT Japanにも昨年には世界18か国からの参加があり、参加者の約3割を占めている。
この要因を柴田氏は、(1)モバイルインフラなどの要件が整っていること、(2)所得レベルの高さ、(3)ユーザーの要求の高さ、(4)日本の国民性などをあげ、「インドネシアやマレーシアなど周辺の成長市場はインフラ整備も含めてまだこれからだと気付く一方、中国以外に日本という大きなマーケットがあることに気が付いた」と説明。欧米の列強のアジア進出では、ヘッドクォーターをシンガポールに設け、そこからリモートするという手法だったが、「今では本部をシンガポールに置くことは変わらないが、その次に日本人を採用するというくらい変わっている」という。
「以前から日本はミステリアスな市場と言われていた。入り切れていないマーケットの本当の姿を知ったということだと思う」と浅生氏も続ける。ローカル性の高さや言語の問題、リアルAGTが作ってきた業界の成り立ちなど、「中国はそこをひとっ跳びにして入っていけるが、日本にはこれまで積み上げてきた歴史がある。特に海外OTAにとって、日本独自の旅館は売り方が合わない。日本に拠点を設けて文化を作る必要性への意識が強まっている」とも指摘する。
WITのスタイルにも注目
世界のオンライン旅行市場を知る国際会議としては、アジアの「WIT」と北米の「フォーカスライト」が知られる。2人によると、「フォーカスライト」は調査会社が中心の会議とういこともあり、データ色の強い会議であるのが特徴だ。
一方、「WIT」の特徴は、「ネットワークドリブン」だと浅生氏。カンファレンスではビジネスでの葛藤や苦労も語られることも多く、「お互いのビジネスに愛着が出て、より深く関わりたくなってくる。ただの名刺交換で終わらない、裏側もシェアしていくカンファレンス」という。また、消費者に焦点を当てていることも強調。どうしても提供者側の論理が展開されることが多いが、実行委員として会議の中心にいる浅生氏でさえも「毎回、消費者が今どうあるのかを見せつけられる」という。
このWITの特徴は、主催者であるイェオ・シュウ・フーン氏の人柄によるところも大きいようだ。東日本大震災のあった2011年のWIT Singaporeのカクテルイベントでは、「すごい Japan!」として日本テーマのイベントを実施。もともと日本に対しては有力な市場として高い興味を持っていたが、「震災があっても日本の市場があるということを見せたかった」というシュウ・フーン氏の強い思いで実現した。そんな彼女のパワーとエンターテイメント性、温かさがいい意味で影響しているという。
2人にWITの本国と日本開催との違いを聞いてみると、「日本は席に座って話を聞く参加者が多い」と笑顔で答える。海外のカンファレンスではキーパーソンの集まるその場を「商談の場」としても重視しており、会議中にアポを入れて別室で会談する人たちが多いのだという。
日本ではカンファレンスで商談をする意識が少ないのが大きな理由だが、「プログラムが面白い」という意見も多い。柴田氏はその年が明けると、毎月のペースでシュウ・フーン氏とのミーティングをシンガポールで行なっているといい、世界の最新トレンドと日本の独自性を掛け合わせたテーマは開催期間の2日間では足りないくらい多くあるという。今回、割愛となった内容についても、各セッションのなかでは触れられることもあるはず。登壇者の言葉の端々から捉えてみたい。
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取材:山田紀子(旅行ジャーナリスト)