オンライン旅行業界の国際会議「WIT Japan 2016」で、毎年人気となっている日本OTAのセッション。今年は楽天、ヤフー、リクルートライフスタイル(じゃらん)、一休、i.JTBの5社が登壇。一問一答のテンポ良い進行で、各社の業界展望から方針、戦略に迫った。テーマは各社の現状や競合、マーケティングから、民泊や新テクノロジーなどさまざまだ。また、楽天やヤフー、リクルートに用意された個別の質問にも注目したい。
登壇者(順不同)
楽天 トラベル事業部 マネージングディレクター代理 高野芳行氏
ヤフー ショッピングカンパニー 予約事業本部 トラベルサービスマネージャー 西田裕志氏
リクルートライフスタイル 執行役員 宮本賢一郎氏
一休 代表取締役社長 榊淳氏
i.JTB 執行役員販売本部副本部長 山口健一氏
モデレーター
WIT創設者 イェオ・シュウ・フーン氏
ベンチャーリパブリック 代表取締役社長 柴田啓氏
世界と比較した日本OTAの規模と市場展望
パネルディスカッションは各社の現状と市場認識に関する質問からスタート。まずはアジアのオンライントラベル市場における日本の規模について。2002年に43%を占め、アジアでシェア1位だった日本は、2016年には24%まで縮小する見込み。この状況のなか、「
Q:今後3年間の日本市場の推移」を問うと、「同じくらい」(楽天)との回答もあったが、その他3社は「下がる」。シェアは上がらないというのが共通認識だ。
また、時価総額の自己評価と世界との事業規模の比較にも注目。アジア太平洋地区におけるOTAの予約取扱額と時価総額(右のスライド)に対する「Q:自社の予約取扱額と時価総額(およそ)」については、時価総額は「おそらくプライスラインとエクスペディアの間あたり」(ヤフー)、「1000億円でヤフーに買収されたので10億円くらいか。チューナーより少ないくらい」(一休)との回答。予約総額については「チューナーくらい」(じゃらん)、「チューナーくらいに入れればいいと思っている」(楽天)、「チューナーの下の4社くらい」(ヤフー)。i.JTBは「非上場なので想像にお任せします」との回答だった。
今後の展望では、「
Q:2年後の自社サービスの顧客流入元の想定は?検索/SNS/それ以外、の比率で回答」で、各社の戦略の違いが鮮明に表れた。ヤフー(3/1/6)、楽天(3/0/7)は似ており、「それ以外」については「アプリを想定」(ヤフー)、「ダイレクトトラフィックが増える」(楽天)と直接予約の増加を予想。「事業者としてはダイレクトを伸ばしていく。そのためにロイヤリティをどう高めていくかがポイント」(楽天・高野氏)という。
一方、一休は「10/0/0」。「ヤフーの検索のパワーはものすごいことが分かった。これでグーグルに対抗したい」(一休・榊氏)と、ヤフーグループの強みを活かす考え。i.JTBは「4/2/4」で、「それ以外」は「店舗」。「ウェブと店舗を持っているのはJTBのみ。オムニチャネル戦略を掲げており、店舗とウェブは同じくらいと想定」(i.JTB・山口氏)が理由だ。
民泊やテクノロジーへの対応は?
一問一答では、旅行市場に影響する“新たな波”に対する考え方や取り組みについても質問。「
Q:民泊には参入するか。自社の戦略を一言で」では、前向きな回答は、一休が「高級に特化して参入したい」と明言したのみ。ただし、ヤフーは「トラベル事業としては決まっていないが、会社としてはイベント民泊を始めており、コンテンツとしては魅力的」と意欲を示した。
楽天は「状況を見守っている。法整備が前提」との立場を表明。「ホテル・旅館とビジネスをしている関係性から、法整備の平等性が重要」との考えだ。じゃらんは「今は予定していない」が、リクルートは「シェアリングエコノミーの観点では新しい需要が喚起される可能性があるので注目している」と期待感も示した。i.JTBは「i.JTBでは決まっていないが、JTBとしては修学旅行で民泊を行なっている」の回答に留まった。
「
Q :今後3年間でもっとも注力したいことは何か。5択(AI人工知能/ビッグデータ/カスタマーサービス/インバウンド/プライベートアコモデーション)から回答」では、ヤフー、じゃらん、楽天が「ビッグデータ」を選択。一休は「ビッグデータ」に加え「AI」を、i.JTBは「カスタマーサービス」と回答。
また、「
Q:自分が観光庁長官となって100億円の予算があった場合、何をするか」については、「とがった観光資源の発掘・創出」(ヤフー)、「観光地の受入整備」(じゃらん)、「ネット(Wi-Fi)環境の整備」(楽天)、「世界に対しての旅館ブランドの浸透」(一休)など、各社の方向性を垣間見ることができた。i.JTBの山口氏は「交通費を下げる。移動費が安くなれば市場活性化につながる」と、旅行市場の拡大を意識した発言だ。
このほか、「
Q:今後の競合として脅威のところは?」では「ブッキングドットコム」(ヤフー、楽天)、「グーグル」(じゃらん、一休)、「ヤフー」(i.JTB)と回答。「
Q:自分が海外のトラベルブランドに仕事を変えるとしたらどこか?」では、楽天と一休が「トリップアドバイザー」をあげた。「バリューチェーンが広がり、タビマエの予約からタビアトのシェアまですべてを抑えている。優位なポジションにある」(一休・榊氏)が理由だ。「ブッキングドットコム」と答えたヤフー・西田氏は、「すべてのリソースを宿泊だけに投下している」と、その“本気度”への評価を示した。
ヤフー、楽天、リクルートにはさらに深い追及も
「本当は単体のセッションを作りたかった」(モデレーターの柴田氏)というヤフーに対しては、一休をはじめスカイスキャナーやダイナテックなど、この20か月のうちに行なった旅行分野への投資額とその回収について踏み込んだ。
西田氏によると、「投資額は約1000億円で、ほぼ一休」。ヤフーとして1000億円の規模を一つの分野に投じるのは、おそらく初めてだという。「ヤフージャパンは多くのジャンルのある横軸のサービスと、決済やポイント、有料会員などの縦軸のサービスを有し、日本一のインターネット広告会社でもある。今回の投資先はこれまでヤフーになかったコンテンツ会社なので、これらを掛け合わせると無限に広がる」と、旅行以外の活用の可能性も示した。
リクルートに対しては、ベトナムやシンガポール、インドネシアなどアジアで行なっていたOTA事業をこの1年で子会社化し、方針を変えたグローバル戦略について。宮本氏によると、「100%ではないが、基本的にメジャー化してより踏み込んで経営をすることを決めた。学んだことはローカライズの重要性。各地域の商習慣の違いがあり、現地スタッフが現地にあわせて磨く方が、効果がよいことが分かった」という。
楽天に対しては、モデレーターの柴田氏が、「日本の旅行会社が海外に出ないといけないときに、楽天はその代名詞のような会社」と期待を示した上で、今年に入ってシンガポール、マレーシア、インドネシアのEコマース関係のオペレーションを閉鎖した理由を質問。高野氏は「選択と集中の方針」と回答した。
高野氏によると、楽天では2020年に売上高1.7兆円、営業利益3000億円を目指す中期経営計画に向け、戦略的分野への投資を進めているところ。例えばグローバル戦略では台湾は対象に入っており、今後は楽天カード台湾や楽天市場台湾とコラボした展開など、トラベルとしても海外で精力的に活動していくという。
さらに柴田氏は、楽天が昨年、アクティビティ予約の「Voyagin (ボヤジン)」を買収したことに触れ、「次の一手は?」と質問。これに対しては高野氏は、今年アクティビティのバックエンドサービスを提供する「Xola(ゾーラ)」にマイノリティ出資したことを説明し、「BtoCだけではなく、事業者がスムーズに事業が行なえるためのサービスをインターネットで提供していく」と、BtoBを含めた構想であることを示した。
取材:山田紀子(旅行ジャーナリスト)