2013年6月22日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は富士山を世界文化遺産に登録することを決定した。5月のイコモス勧告を受けて以降、今回の世界遺産登録が確実視されるなか、旅行・運輸各社は富士山の世界遺産登録を見据えて、富士山関連の旅行商品を続々投入してきた。富士山の世界文化遺産の指定範囲は2県8市6町3村にまたがっており、バラエティに富んだ商品展開が可能で、各社は消費者の心をつかむ特色を出す工夫を凝らしている。なかでも、近年日本人にも訪日外国人にも人気の「富士登山」は、各社が様々な趣向を凝らして発表しており注目だ。
【富士登山、要望にこたえる様々な商品 】
シニア向けの商品に強いクラブツーリズムでは、シニア向けにステップアップ方式の富士登山ツアーを実施している。これは、体力に自信のないシニアや初心者が毎月体力づくりの登山をすることで富士登山という最終目標に向かうもの。旅行者が体力と知識を少しづつ向上させて、学びながら富士登山にチャレンジするというクラブツーリズムらしい商品だ。
一方、HISは通常の富士登山ツアーでは利用されることが少ないプリンスルートを登り「剣ヶ峰」に到達するツアーを発売した。剣ヶ峰は、日本最高地点の3776メートルのポンイト。一般的なツアーが集中するために発生する登山渋滞に巻き込まれず、宝永火口を見ることができるのが売りだ。また、ゴミ拾いをしながら登頂するという、環境保全活動に貢献する機会を提供している。
また、女性に配慮したツアーも様々だ。富士登山は、山小屋で仮眠をとる日程が多く組まれるが、山小屋では男女相部屋で個人のベットや寝具が用意されていることは通常はない。そうした状況は、これまで女性登山者は山小屋の宿泊が快適であったとはいえない状況だった。
こうした状況に配慮して、ANAセールスは、「富士山に登ろう!3・4日間」を発売。このツアーは、五合目の休憩所で女性専用更衣室を用意。さらに、女性のみのグループの参加者は、バス車内や山小屋で隣が必ず女性となるよう配慮するという。また、ジャルパックは、「JALで行く 登山ガイドと登る富士登山」で、仮眠をとる山小屋は、2009年にリニューアルした東洋館を利用、通常の男女混合の相部屋コースだけでなく、女性のみの相部屋コースを設定した。
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【訪日外国人向けの商品】
富士山に登る要望は、日本人に限ったことではない。日本を象徴する富士山は訪日外国人にも人気であり、登山をする外国人も年々増加傾向だ。また、政府の観光立国推進の政策に対する期待感もあり、各社は訪日観光客向けの商品を投入している。
JTBロイヤルロード銀座は、訪日外国人向けに「プライベート富士登山ツアー」を発売。装備一式のレンタルサービスを付け、専用車・専用ガイドが同行して英語ガイドを基本に多言語ガイドの要望にもこたえるという至れり尽くせりツアーで富裕層を狙う。一方、ウィラートラベルは、英語を話す添乗員同行の富士登山ツアーを発売。富士登山専任ガイドと英語で通訳ができる添乗員が登山開始から下山まで同行するツアーで価格を15900円~と低価格に抑えた。また、こうしたツアーに参加せず個人で富士山を訪れる外国人旅行者を対象に、JR東日本は「Mt.Fuji Round Trip Ticket」を発売。これは、東京都区内からフリーエリアまでの往復は中央本線の特急列車を利用、富士急行線と富士登山バスをフリーエリアとして2日間乗り降り自由なチケット。利用すれば、新宿駅から富士山五合目まで往復する場合、通常運賃の約半額になるという。
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【世界遺産を維持するための環境整備】
これまで述べてきたように、旅行、運輸各社は世界文化遺産に登録される富士山への登山需要にこたえるアイディアを形にして販売している。楽天トラベルは5月末に同社の宿泊予約が世界遺産登録の勧告で宿泊予約が驚異的な伸びを示していると発表しており、正式登録を機に、さらなる需要が拡大することだろう。
一方、富士山の世界文化遺産を心待ちにしてきた静岡県、山梨県は、知事の連名で日本旅行業協会(JATA)に対して富士登山に関する要望書を提出している。これは、「弾丸登山」といわれる休息が不十分な夜通し登山に対する自粛要請。富士山への年間の登山者35~40万人のうち約30%を超えた登山者が「弾丸」であると推計されており、安全な登山環境の確保のため「放置できない状況」としてしている。先に紹介したツアーは、これに当たらないが、こうした実態の把握も大事なことだろう。
こうした問題提起は一例で、世界文化遺産に正式に登録されれば、現在様々な議論が行われている入山料の設定や入山数の制限などが実施されるはずだ。世界遺産としての富士山を維持するための環境整備と、旅行者の送客を増やしていくことは、旅行・観光ビジネスに携わる人々の課題といえる。これまで紹介してきた特色あるツアーを生み出した各社の次のアイディアが待たれる。
(トラベルボイス編集部)