Google(グーグル)は、グーグルマップ日本版が2015年7月に10周年を迎えたのにあわせ、記念イベントを開催した。今や、デジタル地図で世界をリードするグーグルマップだが、第1弾の米国版の公開は2005年2月のこと。すでに市場には多くのデジタル地図が存在していた。
しかし、グーグル・プロダクトマネージャーの河合敬一氏は、「グーグルマップが大きく違うのは、新しい技術を使ってこれまでとは違う新しい使い方を伝えたこと」と強調。この発想で、今ではすっかり定番となった新サービスが次々と生まれ、グーグルマップは単なる場所を示すツールから、その役割を広げていった。
さらにこの先は、どう進化していくのか。旅行に欠かせない地図、そして旅行の未来を、グーグルマップのこれまでの軌跡と活用事例から考えてみたい。
日本の発想が世界で発展
河合氏が発表した「10年の歩み」で注目したいのは、グーグルマップの進化に日本が大きく関わっていること。
例えば、今では当たり前になった地図上のランドマークを示すアイコン表示も、通りに名称のない日本の地図を分かりやすく案内するため、日本の開発拠点で作りだしたのだ。
ローカル検索に写真を掲載したのも日本が発祥。ラーメン好きの日本のエンジニアが店選びに便利との発想で開発し、世界に広がったサービスだ。2011年開始の「インドアビュー」も地下鉄や高層ビルが多く、都市が3次元に広がる東京・日本発のアイディアだった。
また、グーグルではガラケーの時代から日本をモバイル先進国として認知し、モバイルで使用されるサービス開発を重視していた。2006年にリリースした経路検索も、実はモバイルから開始されていたのだという。
2007年には現在のモバイルアプリの原型である「iアプリ」を開始。河合氏は、行きたい場所に手のひらの上の地図を見ながら行けるようになったのは、「日本から育ったサービス」だと表現。現在もモバイルマップは東京を中心に開発しているという。
新しい視点、時空を超えたアプローチ
もう1つ、グーグルが重視したのは「新しい視点の地図を作る」こと。その代表例が「ストリートビュー」だ。地図が上から見た平面図であるのに対し、実際は3次元での利用になることから、利用者と同じ視点の地図を作ろうとしたのがきっかけだ。
実はストリートビューも、「日本で多くのことを学んだ」サービスだという。グーグルでは常に新しいものを提供する方針で開発をしてきた。しかし東日本大震災後、被災者からグーグルマップにあった震災以前の街の写真を残してほしいという要望を受け、過去の情報に価値があることを認識。ストリートビューの「タイムマシン機能」が生まれた。地図を4次元に広げたアイディアとサービスも、日本で育ったものだという。
機能の多様化のみならず、地図の提供範囲も広がっている。ストリートビューは従来の撮影車に加え、人が撮影するバックパック型システムの“トレッカー”で、車では行けない場所の撮影も可能になった。
「日本の様々な風景を世界と分かち合える仕事をしていく」とし、観光協会にトレッカーを貸し出すパートナープログラムも開始。10周年記念として、5月に撮影した槍ヶ岳のストリートビューも公開している。
活用事例:データの付加で多様化する機能
記念イベントでは、「デジタル地図の未来」と題したパネルディスカッションも開催。グーグルマップを活用する企業・組織の担当者が、それぞれの事例を紹介した。
特に印象深かったのは、NHKの8Kスーパーハイビジョン×リアルタイムCGの新たなデジタルマップ。8Kとグーグルアースでデータを可視化した映像は高精細で、従来のデジタル地図より没入感がある。映像はデータを可視化したもののため、ニューヨークの街並みからグランドキャニオン、さらに月面(JAXAデータ利用)など、実際には気軽に行けない場所をリアルに映し出すことも可能だ。
「これだけ高精細だと、今まで気づかなかったものが見られる。日々の営みをデータに入れることで、人の生きざまが地図に入り、心が込められるようになる」と、NHK放送技術局制作技術センター番組制作技術の鈴木聡氏。リアルの旅行だからこそ実感できる要素が、地図上にも表現されるようになりそうだ。そのほかの発表事例は以下の通り。
- 統計データと現実を地図上でシームレスに結ぶサイト「都市構造可視化計画」
~福岡県 福岡県都市計画課・赤星健太郎氏
福岡県は都市計画の検討に必要な都市構造の現状を把握できるツールを開設し、一般に公開。人口や産業構造、経済状況、その経年変化などを地図上で可視化することで、地域特性や課題を3次元で直観的に認識でき、多くの人との共有が容易に。
赤星氏は「地方創生といわれる時代、都市の経営には都市構造をしっかりとデータで把握することが必要」と述べ、地域の実情に合わせた効率的な町づくりに取り組んでいる事例として紹介した。
- 市民で作り上げる地図が一般化、ITの“地産池消”の時代へ
~コード・フォー・ジャパン代表理事 関治之氏
コード・フォー・ジャパンでは、市民参加型のコミュニティ運営を通じて、テクノロジーを活用して地域の課題を自分たちで解決を図る「Civic Tech(シビックテック)」に取り組んでいる。
関氏は「地図のデータは使うだけではなく作ることができることもこれからは注目すべき」とし、地域に密接したITの“地産池消”の時代が来ると展望。デジタル地図に関しては、より身近な範囲で市民の手によって深化していく可能性を示唆した。
- テレマティクスと位置情報、グーグルマップで社有車の現在状況を把握
~ブロードリーフ代表取締役社長・大山賢司氏
旅行業界で各種支援システムを提供するブロードリーフ。自動車のアフター市場向けシステムでも60%のシェアを持つ。「車が走るとデータが生じる」とし、テレマティクスと位置情報を活用して社有車の現在位置や走行速度などをリアルタイムに地図上に表示する事例を紹介した。
大山氏はこれを転用し、例えばグーグルマップの到着時間予測機能をもとに、エアコンをつけたり、風呂を沸かすなどIoTへの活用も提案。グーグルマップ機能が日常生活場面にも踏み込んでくる展望を語った。
デジタル地図の未来は
イベント終了後、河合氏に今後のグーグルマップの方向性について聞いてみた。
河合氏はこれまでの10年で「迷わない地図ができた」とし、今後は「発見できる地図になれば」と展望。「毎日の通勤帰宅が普段と違う経験ができるきっかけになるような、日常が豊かになる地図があっていいと思う」という。
旅行に関してもこの10年でグーグルマップは大きく影響してきた。モバイルマップの登場で、個人でも簡単に旅行ができるようになった一方、グーグルアースやストリートビューで、画面上で現地が見えるようになったことで、旅行をしなくても満足してしまうという話も聞かれる。
河合氏は、「ストリートビューでどれだけ写真で伝えたとしても、実際に旅をして得られる発見は何にも代えがたいもの」とし、「旅行体験の代替えではなく、行き先を選ぶ手伝いをしたい。旅に駆り立てられる地図にしていきたい」とも語った。
この10年で、地図の役割を大きく変えたグーグルマップ。その変化に日本の発想が大きく影響している。旅行の長年のパートナーの進化を踏まえ、次の10年は旅行が大きく変わる時期であるように思える。旅行の分野でも日本の発想力に期待したい。
記事:山田紀子