まちづくり事業の資金問題をファンド活用で解決、空き店舗を観光交流拠点に再生、歴史ある兵庫・龍野の取り組みを取材した

国土交通省所管の一般財団法人「民間都市開発推進機構」(MINTO機構)と西兵庫信用金庫(本店・兵庫県宍粟市)は2024年3月、民間のまちづくり事業を支援する「にししんまちづくりファンド」を設立した。民間事業者の社債の取得を通じて、姫路市やたつの市、宍粟市の対象エリアでおこなわれる歴史的建造物や空き家、空き店舗を活用した飲食店や宿泊施設といった観光交流拠点の整備をサポートする。同年5月、対象エリアの一つ、たつの市の龍野地区で、どのようなまちづくりが進められているのかを取材した。

※冒頭写真:「にししんまちづくりファンド」の対象地区の一つ、たつの市龍野地区。城下町の風情が残る

揖保川舟運の拠点として栄えた、3地区を支援

国土交通省とMINTO機構は、地域の金融機関と連携して2017年から、全国各地で民間のまちづくり事業を支援する「マネジメント型まちづくりファンド支援事業」に取り組んでいる。地域で組成したファンドからの資金支援を通じて一定のエリアでおこなわれる複数の事業を連鎖的に進め、まち全体の魅力を高めて地域の課題解決に貢献するのが狙いで、2024年3月までに「にししんまちづくりファンド」を含む32件のファンドが設立された。

にししんまちづくりファンドは総額7000万円。MINTO機構と西兵庫信用金庫がそれぞれ3500万円ずつ出資した。ファンドの運用期間は2044年1月末までの20年。原則として建物のリノベーションなど施設整備事業を支援する。ファンドによる社債取得の限度額は総事業費の3分の2までで、回収期間は最長10年をめどとする。

ファンドの対象エリアは、姫路市網干地区、たつの市龍野地区、宍粟市山崎地区。これらの地域には、古くから揖保川舟運の拠点として産業が発展し、まちが形成されていったという共通点がある。例えば、たつの市は、しょうゆや素麺の産地として有名だが、生産されたしょうゆは、高瀬舟で揖保川を下って網干港まで運ばれ、そこで帆船に積み替えて大阪まで海上輸送されていた。また高瀬舟は宍粟産の木材の流通も支えていた。

しかし、現在は少子高齢化や人口減少で空き家や空き店舗が増加し、歴史的な町並みの保全や歴史的建造物を生かした観光客・交流人口の増加が課題となっている。これらの課題解決に、ファンドを活用して貢献していく。

龍野地区でのまちづくりについて協議する関係者ら

2015年以降、地区内で約40店舗が新規出店

JR姫路駅から龍野地区の最寄り駅である本竜野駅までは電車で約20分。「播磨の小京都」と呼ばれる龍野は中世以降、城下町として発展した。現在も、町家や寺院、しょうゆ蔵、武家屋敷などが往時の風情を残している。2019年には、龍野地区の一部が国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定された。それをきっかけに住民や地域の団体、有識者らでつくる検討委員会で協議がおこなわれ、たつの市は2022年に2036年度までの「龍野地区まちづくりビジョン」を策定。「ほどよく賑(にぎ)わいがあり生活と観光が共存するまち龍野」をテーマにまちづくりを進めている。

龍野地区では以前から、少子高齢化や地区外の大型量販店オープンなどによるエリアの空洞化が課題となっていた。同市の市民出資のまちづくり会社「緑葉社」の代表取締役、畑本康介さんは「まちの人たちからは物件を売りたい、処分したい、貸したいと聞きますが、誰にでも売りたいわけではありません。(物件が店舗などに使われて)まちが盛り上がればいいという総論に賛成でも、隣の家に変わった人が来たら嫌だという状況でした」と話す。

ファンドを活用したリノベーションが検討されている町家の内観

同市の隣の相生市出身の畑本さんは、NPO法人「ひとまちあーと」などで地区の活性化に取り組むうちに地区への出店を希望する人たちから相談を受けるようになった。2013年ごろからは出店希望者と物件所有者とのマッチングを開始。そして、まちで売りに出されていた銭湯の跡地を活用できなかった経験からまちづくりのための不動産会社の設立を決意。出資者を募る中で、地区の不動産を扱う緑葉社の経営者と出会い、2015年に事業を承継した。

緑葉社は古民家を買い取ってリノベーションし、投資家に販売。さらにその物件を借り上げて出店希望者らに転貸するという方法で、町並みの保存や地域の活性化に取り組んできた。2015年以降、地区では飲食店など約40店舗が新たに出店。現在、同社が管理する物件は70件以上に上る。

しかし、古民家は築年数の古さなどから担保取得が難しく、金融機関からの融資が受けにくい。畑本さんはMINTO機構のまちづくりファンド支援事業のことを知り、活用できないかと考えていた。また、2022年の「龍野地区まちづくりビジョン」策定をきっかけに、それぞれで活動していたまちづくりの団体同士をつなぐ組織を作ろうと、同年、「龍野みらい舎」が設立された。みらい舎の代表には龍野地区連合自治会会長の真田忠敏さんが就任し、2023年末に株式会社化。住民らが連携してまちづくりに取り組む体制ができていっていた。

その一方で、姫路市でもMINTO機構の事業によるまちづくりの機運が高まり、揖保川舟運に関わる宍粟市も加えて西兵庫信用金庫が機構とファンドを設立することとなった。同信用金庫事業支援部部長の有末徹さんは言う。「地域の金融機関として、普通の融資とは違った資金繰りの支援の方法として、ファンドも一つの手ではないかと考えました」。

ファンドを活用したリノベーションが検討されている町家。(左から)西兵庫信用金庫龍野支店支店長の辰己豊さん、みらい舎の真田さん、同信用金庫事業支援部部長の有末徹さん

「姫路城からの誘客が肝」、西播磨で連携し周遊観光促進を

畑本さんはファンドのメリットについてこう話す。

「古民家をリノベーションする際に金融機関から融資をしてもらおうとすると、まず審査のハードルが相当高いですし、借りられたとしても、すぐに返済が始まります。ファンドに私募債を引き受けてもらえば、元本分の返済を最長10年遅らせることができます。その間に、事業を回せるのは大きなメリットがある。最終的に返さなければいけないのは同じですが、返済計画が楽になります」。

畑本さんらは現在、いくつかの物件でファンドを活用してリノベーションすることを考えている。そのうちの1軒が、古いしょうゆ蔵を再生した複合施設「クラテラスたつの」や龍野城に続く通りの角地にある町家だ。重伝建の伝統的な建造物(特定物件)にも登録されている戦前の建物で、商店として使われていた。この建物をみらい舎の投資物件として、テナント2区画、宿泊施設1区画の複合店舗として整備することを検討している。

龍野地区で生まれ育ち、長年小学校の教員をしていたみらい舎代表の真田さんは、少子高齢化で地区に空き家が増えていることに危機感を抱いていた。「みらい舎の事業が動き出し、プレッシャーと期待を感じています。たつのにはさまざまなスキルを持った方がいますので、そういった方々や金融機関の協力を得ながら事業を進めていきたい」と意気込む。

また、畑本さんらは明治時代に創業し、数年前に事業譲渡されたしょうゆメーカー「カネヰ醤油」の跡地を、地元の交通事業者や観光事業者などを巻き込んで観光拠点として整備する計画も進めている。こうした取り組みにもファンドを活用していくつもりだ。

緑葉社代表取締役の畑本康介さん(左)と龍野みらい舎代表の真田忠敏さん。「カネヰ醤油」の跡地で

西兵庫信用金庫の有末さんは「姫路市に隣接するたつの市は、西播磨の観光の拠点になってくると思うが、良い物件があるにもかかわらず泊まれるところが少ない。宿泊施設を含むいろいろな施設が整備されていってほしい」と、龍野地区で進むまちづくりに期待する。ファンドの他の対象地区の事業者とも協議し、地域同士の連携も模索していく。

姫路市によると、2023年度の国宝・姫路城の入場者数のうち、外国人は45万2300人とコロナ禍以前の水準を超えた。しかし、たつの市を訪れる外国人はほとんどおらず、同市の資料によると、2019年度は1936人。畑本さんは「姫路城に多くの外国人が訪れながら、姫路に宿泊する人が少ないという課題もある。解決するには周遊観光しかないでしょう。こちらにとっても、姫路からどれだけ誘客できるのかが肝になります」と話す。

「日本に何度も訪れ、観光客向けの多言語対応が充実しているところよりも、ぎりぎり英語が通じるかなという、天然の日本っぽいまちを面白いと思う外国人も増えてきている。私は西播磨が、もっとディープな、日本に溶け込んだ旅をしたいという外国人の期待に応えられると思います。観光地っぽくないまちほどチャンスで、仕掛け方次第で化けると思いますが、そのボトルネックになるのが資金調達です。各地域が単独で整備するのもハードルが高いので、広域ネットワークで合同誘客をしていければいいと考えています」(畑本さん)。

龍野地区には、城下町の面影が残る町並みに、現在の人々の暮らしが溶け込んでいるという良さがある。ファンドの資金も活用して、この良さを多くの人に知ってもらいたい。

取材・記事 ライター 南文枝

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