大前研一氏が学長を務めるビジネス・ブレークスルー大学(BBT大学)で、グローバルビジネスを学ぶBBT大学生や卒業生を対象に、「IT分野で急成長中のエストニアにもっと多くの日本人を誘致するために、あなたならどうするか?」をテーマとしたビジネスアイデアコンテストが行なわれた。
エストニアは旅行分野では、世界遺産に登録された中世の街・首都タリンをはじめ、歴史文化的な印象が強いが、世界的にはIT利活用による世界最先端の電子国家として多くの国から注目を浴びている。旧ソ連からの独立後、人口約130万人の小国が先進国に並ぶため、IT政策への資本集中を決定。「学校の屋根の修理よりもPC導入を優先した」ともいわれ、現在では人口の9割に電子IDカードを発行し、電子署名、電子納税、電子閣議も実施。医療や社会保障など政府機関や企業のデータベースを繋ぐシステムも導入している。
今回のビジネスコンテストは従来の観光的魅力のみならず、IT立国としてのエストニアの側面も捉えたアイディアが期待されているのがポイント。BBT大学も、新しいグローバルビジネス展開のヒントを得ようとエストニアに関心を寄せており、新規事業を積極展開するスーパーアプリ、元大関把瑠都のカイド・ホーベルソン氏が運営するバルトツアーズとともに共同開催した。
▼エストニアの観光素地とITをどう活かす?
2015年3月8日には予選を勝ち抜いた5名の最終プレゼン・選考が実施された。アイディアに「ITの活用」は条件ではなかったが、審査員の一人、スーパーアプリの小森努ガブリエル氏によると、応募総数35件にはアプリなどITを用いた企画が多かったという。
その中で優勝したのは、河本一郎氏の「孫が成長するエストニア IT Study Tour in Estonia」。意識の高い家庭の祖父母をターゲットに、「孫とともにエストニアと日本を繋ぐ」をコンセプトとする孫との旅行を提案したもの。中高生世代の孫はIT先進国で「稼ぐ力」を身に付ける研修ツアーとして、ITスクールでの学習やホームステイに加え、優秀者にはインターンなども用意する。
一方、祖父母にはタリンやフィンランドへの観光を交えつつ、人生経験を活かした日本文化や日本語レクチャーなどで国際交流への貢献意識を感じてもらう。今後は孫側からは学校単位の連携や、祖父母側からはクチコミ効果による旅行先としてのエストニアの認知向上などの波及効果が期待できるとアピールした。
このほかコンテストでは、全土にWi-Fiが配備されているITインフラを活かし、AISASモデルに基づく旅マエ、旅ナカ、旅アトを抑えた旅行計画・実行支援アプリの開発や、著名俳優を起用したテレビCMと雑誌、カフェなどのリアル店舗、SNSなどメディアミックスによる波及効果での誘致策なども発表された。BBT大学副学長で経営学部教授の伊藤泰史氏は、「接戦だったが、優勝企画は提案者自身の世代を抜かし、親と孫に対象を絞ったところがユニークだった」と選考理由を説明した。
なお、発表者の4名(1人は体調不良によりスカイプでプレゼンを実施)はいずれも旅行業勤務の経験はない。海外旅行をする経験は多いものの、旅行会社のツアーを使わず、自己手配の個人旅行が多いという。
▼IT活用のデータ解析で旅行ビジネスの構造が変わる?
エストニア観光局・日本支局長の山口功作氏によると、2014年の日本人宿泊者数は前年比61%増の1万7303人と大幅に増加し、外国人訪問者の伸び率でトップとなった。定番のバルト三国ツアーは落ち着き始めたなか、ポーランドやハンザ都市との組み合わせや北欧との周遊ツアーが増えてきた。FITの30・40代女性も伸びており、北欧デザインやスパなどが人気。
さらに、電子政府関係を中心に業務視察が年間50~60件に増加しており、大グループも月に1、2回実施されている。今後は、歴史都市での文化観光やスパなどの美容観光を含むシティブレイク、自然観光、業務視察を重点項目としてプロモーションを行なう方針だ。
また、エストニアでは統計でのビッグデータの活用も開始しており、渡航者数ではエストニアで電源が入ったSIMカードの発行国を識別し、データを取っている。SIMカードでは、宿泊者数(2万4232人)のみならず渡航者数(7万9111人)も把握が可能。フィンランドから空路で25分、フェリーで2時間という近さのため日帰り客も多いが、シェンゲン協定に入ってからはカウントできなかった数値だという。
ITを使ったデータ解析はその他でも進んでおり、例えば世界中のSNSの写真データを収集し、アイテナリーの傾向をビジュアル化するソフトは大学生が開発したもの。SIMカードのデータ解析なども含め、「今後はエストニア内のオペレーターもこの分野に進出して情報を提供するようになる。そうすれば業界の構造が変わる可能性もある」とも展望する。エストニア観光局としては2015年のアクションプランの一つに、「情報提供の観光局機能から旅行会社と一緒にプロダクトを作る共同制作パートナーへの転換」を掲げており、こうした動きをうまく取り入れられるよう、日本の旅行業界に伝えていきたい考えだ。
▼世界のスタートアップが集まるマーケット
先ごろエストニアでは、非エストニア在住者のIDカード「e-resident」を開始。これにより、非在住者がネットでエストニア国内に会社設立ができるようにするなど、世界中からの誘致を強化している。山口氏はエストニアがe-residentを推進する理由として、(1)スケールメリットの享受、(2)シリコンバレー化(スタートアップを集めることによる隆盛)への期待、(3)ビジネス集中による国家安全保障の強化、と説明する。
コンテストの主催者の一人、スーパーアプリの小森氏は日本人で初めて「e-resident」を申請し、IDカードを取得。2014年7月に初訪問して以降、これまでに計5回・40日以上を出張とプライベートで滞在し、エストニアの人々の熱心さと透明性に魅かれた。e-residentでエストニアに会社を立ち上げ、4月からはエストニアに常駐するという。
今後、e-residentは在外大使館での申請手続きを開始する予定で、実現すれば国内にいながらIDカードを取得することが可能になる。小森氏はこの状況について、「e-residentが便利になれば海外からのスタートアップが集まりやすくなる。特に欧州やロシアへ展開するためのハブ拠点としても利用しやすく、ニーズが高い」と説明。「ビジネスが増えればエストニアへの注目が高まり、さらにビジネスや交流が増える」と語り、新たな潮流が起こるビジネスマーケットとしても注目を促した。
取材・文:山田紀子