ANAとソニーのデジタルマーケティング戦略、狙うのは顧客とのコミュニケーション進化 -アドビ・シンポジウム

テクノロジーの進化、社会や生活のデジタル化で、企業の商品やサービスはもちろんのこと、マーケティング戦略にも変化が生じている。

アドビシステムズが先ごろ開催した「アドビ・デジタル・マーケティング・シンポジウム2015」では「デジタル変革」をテーマに、基調講演や分科会、展示ブースを展開。基調講演ではデジタルマーケティングで成功するソニーマーケティングとANA(全日空)が登壇し、各社の戦略と事例について発表した。

ソニーマーケティング: 

テクノロジーの変化で“伝えるもの”が変化、

リアルとの連動が不可欠に

ソニーマーケティング・河野弘氏

数量の拡大から高付加価値へ。成熟市場に移った日本において、ソニーの主力商品は4Kテレビやデジタル一眼レフカメラ、ウォークマンなど付加価値の高いデジタル製品となっている。これらの商品価値を訴求するためには、「従来のスペック中心から“体験価値”を伝えることが重要。弊社のマーケティング手法も大きな転換点を迎えている」と、ソニーマーケティング代表取締役執行役員社長の河野弘氏は話す。

そのために重視するポイントは「デジタルマーケティングの最大活用」と「リアルとの連動」の2つ。「付加価値の高いエレクトロニクス製品は、“見る”“聞く”“触って”いただくことが大切。デジタルマーケティングのPDCAサイクル構築が極めて重要となる」として、3つのマーケティングサイクルを説明した。

具体的には(1)購入前、(2)購入時点、(3)購入後の3つのプロセス。

(1)購入前では、デジタルを主体に速報系メディアやSNSを活用して商品情報を拡散し、プロモーションサイトへの流入を図る。最近注力しているのは行動履歴ベースの情報提供で、閲覧履歴から判別した消費者の興味のあるものに関するオファーメールを送るようにしたところ、開封率は55%、クリック率(サイト誘引率)は22%で、購入に至るコンバージョンは6%となった。これは「ポジティブな結果」と評価する。

(2)購入時点は「エクスペリエンス・ステージ」で、体験価値を得られるリアル(店頭)へと誘導することが目的。美しい映像やハイレゾな音質を体験することで、興味を購買意欲に引き上げることができる。ハイレゾのウォークマン購入者の51%が、店頭で音質を確認してから購入しているという。

(3)購入後は、「最も大切なパート」と河野氏。「リレーションシップ」をキーワードに、購入後3か月間に3回以上のコンタクトをとると決め、サポートを徹底する。「購入直後にたくさん使ってもらうことで、商品の満足度が上がる」からだ。

コンタクトの方法は、メールのほか、体験会や講習などのイベント開催。これにより、周辺商品の購入や上質な商品などクロスセルやアップセルに繋げる。河野氏によると、購入時点を1とすると、メールで3.85倍、体験会で5.24倍となり、例えば10万円のカメラを購入した客の場合、最終的に約53万円の購入をしてもらえる可能性があるという。

「デジタルの強みを生かし、顧客とのコミュニケーションをリアルよりも深く回数を重ねることで、より強いライフスタイルバリューを与えることができる」と河野氏。2014年の出稿額に占めるデジタルメディアの割合は41%で、2009年の11%から大きく拡大。Eメールなどを含めると、その割合は広がるという。

ANA: 

宣伝部とウェブ販売部を統合し、

客をデジタル領域に誘導

全日空・冨満康之氏

全日本空輸(全日空)のウェブサイト「ANA SKY WEB」は1991年に開設。1997年にネット予約を開始し、現在は訪問者数1日55万人、ページビュー1日600万PVで、国内線個人旅客のネット利用率9割と、直接販売のEコマースサイトとして成長している。

この要因について全日空マーケティング室マーケットコミュニケーション部デジタルマーケティングチームリーダーの冨満康之氏は、データで処理する航空券とデジタルとの親和性の良さを提示。ブロードバンド化やモバイルの発達などでネット利用者が増加する中で、マーケティング部門とIT部門が連携して消費者向けの機能を作り続けてきた成果だと説明する。

しかし冨満氏は「これは昔話」と過去の実績であることを強調。今後は「お客様をANA SKY WEBのデジタル領域に連れてくることが最大の目的」と、方針の変化を説明する。そのため、特にこの数年は消費者とのコミュニケーションのあり方を再検討し、組織的には2012年春に、宣伝部とウェブ販売部を統合。ペイドメディア、オウンドメディア、アーンドメディアのトリプルメディアでコミュニケーションができる「マーケットコミュニケーション部」を立ち上げた。

この特徴は、CMや紙媒体、リアル広告を含めそれぞれのメディア担当と一緒に企画し、コミュニケーションを行なうことができること。「Eコマースサイトとして築いたウェブの基盤に、トリプルメディアでの総合的なコミュニケーションを加え、もう一段上の顧客マーケティングに取り組みたい」と考えている。

狙うところは、顧客軸でのコミュニケーション。それを実現するキーワードは、「Right Person」「Right Time」「Right Channel」「Right Contents」の「4つのR」だ。そのため、その実行部隊として、ウェブやSNS、メールマーケティングなど、デジタルマーケティングの全ての領域を集約してPDCAサイクルを回す「デジタルマーケティングチーム」を発足。業務プロセス改善の再構築も進めている。

冨満氏によると、全日空にはANAマイレージバンクやウェブ訪問者など、たくさんの顧客がおり、マーケティングに活用できるデータや環境が備わっていた。しかし、データマーケティングを実行できるようになったのは、取りまとめるプラットフォームの存在があったからこそ。「どんなに概念や理想を重ねても、具体的な方法論がなければできなかった」と振り返る。ちなみに、全日空ではアドビのマーケティングクラウドを導入しており、「そこと組み合わせることで、データマーケティングができる環境になった」と強調する。

「活動はまだ始まったばかりだが、着実に改革を進めていく」と冨満氏。「トータルサービスとしてライフスタイルに入り込む顧客軸のコミュニケーションを実現させることは、全日空の事業発展につながる取り組みだと信じている」と力を込めた。

以前、無形商品である旅行の販売は、いかに価値を伝えるかが重要なテーマだった。しかし、テクノロジーの進化と成熟市場での高付加価値を求める風潮のなか、有形商品を売るソニーでも、「スペックから体験価値」が重視されているのは興味深く、共感できる部分がある。

一方、航空券は旅行同様に無形商品であるものの、サービス内容がある程度定まっており、消費者の期待も旅行とは異なる。そのため、マーケティングで個人客をデジタル領域に取り込もうとする動きは当然のことだろう。両社の共通点と相違点から旅行に当てはまる部分に注目すれば、旅行分野のマーケティングにも大いに参考になりそうだ。

取材:山田紀子

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