沖縄県宮古島市の来間島を拠点にネイチャーガイドを務める池田昇さん。専門分野は「スターゲイジング(星空観察)」だ。2000年にハワイに渡り、2004年からはNOBBY池田としてハワイ島でネイチャーガイドに。帰国後、2020年に来間島のリゾート「シーウッドホテル」に入社した。ハワイのガイド事情を熟知する池田さんは、日本のガイドの現状をどのように見ているのだろうか。話を聞いてみた。
ハワイでの経験、責任ある仕事で収入も安定
池田さんは、現役ガイドとしては異色の経歴の持ち主だ。大学卒業後、日本の大手音楽コンテンツ事業会社に入社。独立後、番組制作会社を立ち上げ、ラジオ番組などの制作を担当した。ハワイに移り住んだのは2000年のこと。ホノルルで現地法人STUDIO RIMを設立し、日本のFM局にハワイの最新情報や音楽などを配信した。そして、2004年にはハワイ島コナに移住。「キラウエア火山」や「マウナケアツアー」などのネイチャーガイドとなった。
「ネイチャーガイドというものに憧れがあり、昔からやりたいと思っていて、そのタイミングを狙っていました」と池田さん。ハワイ島で念願が叶った。
ハワイ島ではガイドのライセンスを取得し、現地ツアー会社に入社。「それまでも、ハワイの自然に関するある程度の知識はありましたが、まだまだ浅かった。オアフ島とハワイ島では生物にも植物にも違いがあります。先輩ガイドからいろいろ教えていただき、実地のトレーニングを積みました。独り立ちには1年以上かかりました」と振り返る。
ガイドに必要なのは、知識だけではない。池田さんは、「いわゆる救急救命のライセンスも必要になります」と明かす。ガイドは、ツアーの引率だけではない。ツアーのリスク管理も必要になるという。
「大型のバンにお客さんを乗せてガイドをしながら運転することもありましたが、長ければ1日500キロくらい走る。ツアー時間が10時間から12時間になることもあります。安全に気をつけながら、ツアーを管理するには体力的にも精神的にも強さが求められると思います。責任を負うことも仕事の一つですね」。
その一方で、その責任とスキルと知識に対する対価が求められるが、池田さんは「ハワイ島では給料も良かった」と明かす。正規の給料に加えて、チップも貰えたから、「ガイドの仕事だけでも十分に生活は成り立ちました」という。
その分、また責任も増し、参加者の満足度を高めていくために、新たな知識を取得し、ガイディングスキルを磨く。そうすると、「リピートしてくれるという好循環が生まれてきた」。池田さんは、ハワイ島のガイド・オブ・ザ・イヤーにも選ばれ、スターガイドの一人となった。
ガイドの地位とスキルを向上させる仕組みを
池田さんは現在、シーウッドホテルが提供している星空観測ツアーでガイドを務めている。来間島は、北緯24度という緯度と、星の輝きを邪魔する都市の灯りが少ないという好条件から、⾮常に美しい星空を観ることができる場所。ハワイ州の北部と同緯度のため、ハワイの夜空とほぼ同じ星空を観察することができる。
ハワイと日本の両方のガイド事情を知る池田さんは、日本のガイドについて、「とにかくステータスが低い」と嘆く。それを高めていくためには、知識を高めたり、ガイディングのスキルなどを学べる仕組みが必要なのではないかとの考えだ。
例えば、ハワイのネイチャーガイドは、山や森の「パークレンジャー」、海の「ウォーターマン」から、さまざまなことを学ぶ機会も多いという。パークレンジャーは国立公園などでの自然保護、ウォーターマンはライフガードがメインの役割だが、それぞれ旅行者との接点も持つことから、安全なツアーの催行や最新知識の習得などで、ネイチャーガイドにとっては重要な存在になっている。
日本では、アドベンチャーツーリズムの高まりを受けて、ツアーを一貫して管理するスルーガイド人材が求められているが、育成がなかなか進まない。一方、ハワイでは、自然の保護と安全な観光が体系的につながり、ネイチャーガイドが育ち、スキルが高まる素地がある。
また、ガイド育成を妨げるものとして、池田さんは「地元の観光に対する無関心さもあるのではないか」と指摘する。例えば、「地元の人たちに『来間島は星空観測の聖地』と繰り返し訴えても響かない。地元の人たちにとっては当たり前のことだからでしょう。でも、その素晴らしさを再認識すれば、それを旅行者に伝えたいと思う人がガイドになることもあり得るでしょう」と話す。
さらに、インバウンド旅行者が増加しているなかでも、ガイドが生業として成り立つのが難しく、個人任せの日本では、「企業なり、団体なりが、もっとガイドをバックアップして、ハワイのようにスターガイドを次々と生み出していく必要があるのでは」と提言する。
池田さんにはハワイ島で忘れられない思い出がある。あるグループの中に聴覚障害者の旅行者がいた。その人は、ずっと池田さんの口元を見て、そのガイドの内容を読唇術で追いかけていたという。「こちらが冗談を言ったら、笑ってくれました。あー、通じてると思って、嬉しくなりました。その方は、その後もリピートしてくれました。ガイド冥利に尽きます」。
ガイドは、その国の、その地域の入口になる存在。池田さんは「本当に日本でもガイドの地位が上がることを願ってます」と、改めて、最後に付け加えた。
トラベルジャーナリスト 山田友樹