サービス・ツーリズム産業労働組合連合会(サービス連合)の「観光政策フォーラム」で、日本総合研究所理事長の寺島実郎氏が「観光立国の実現にむけ『産』『官』『学』が行うべきこと」をテーマに基調講演を行ない、観光業に対して意識変革を促した。
講演では、数字を示しながら観光が産業として高度化する必要性を説明。その実現のために、米国経済の基盤となっている「IoT(Internet of Things)」(=ビッグデータの進化)に触れ、事例を交えながら「IoTがこれからの観光にどうしても必要になる」と呼びかけた。「Uber(ウーバー)やAirbnb(エアビーアンドビー)は観光のIoTである」ともいう。
「観光立国」、「IoT」、「シェアリングエコノミー」、「ビッグデータ」など、時代のキーワードの本質を“いまさら聞けない”と思う人には、特に理解しやすい講演だった。1時間の講演内容をまとめてみた。
観光業を高度化させる理由
寺島氏が観光業を高度化させる理由として示したのは次の3点。
1つが、日本の経済力の視点。モノづくり産業で栄えた日本のGDP(一人当たり)は3.6万ドルで、今やアジア4位に陥落(2014年)。製造・建築業(第2次産業)からサービス産業(第3次産業)へ移行するなかで就労者の所得は大幅に減少し、可処分所得は1990年代から年間60万円以上も下がって中間層が弱体化してしまった。そのため、就労人口が増えるサービス産業を押し上げなくては日本は上がれない」とし、「そのリーディングヒッターとして主軸となるべき産業が観光」との見方だ。
2つ目が、国策でもあるインバウンド誘致の視点。寺島氏は、「1人当たりGDPが5000~1万ドルになるときに海外旅行の志向が働き、2万~2万5000ドルに入ると団体旅行からFITへと観光の質が変わる傾向がある」と指摘。訪日客の大きなウェイトを占めるアジア諸国のGDPはちょうどこの転換期にあり、中国が0.8万ドル、台湾が2.2万ドル、韓国が2.8万ドル、香港が4.2万ドル、シンガポールは5.3万ドル(2015年予測)などとなっている。
そのため、“爆買い”など消費効果が注目されているなか、寺島氏は「今の流れでいいわけがない」とし、「2泊3日で3万円のツアー客を3000万人増やしても観光は産業にならない。ハイエンドのリピーターを引き寄せることが大きなポイント」と主張した。これは、「フランスやスイス、シンガポールなど、人口より多くの観光客を受け入れ、観光を産業化して国民の豊かさに繋げている国をモデルに分析した結論だ」と強調する。
3つ目は、日本の少子高齢化での視点。日本の人口は1966年に1億人を超え、ピークアウトした2008年(1億2809万人)までに約3000万人増えた。以降、2048年に1億人を割ると予測されている。しかし、中身を比べると、1966年は65歳以上が7%(700万人)だったのに対し、2048年には人口の4割(4000万人)と激変する。寺島氏は「(観光立国は)人口が3000万人減る分をインバウンドで取り込もうといっているように聞こえるが、その中身は複雑かつ戦略的でなくてはならない」と注意を促す。
高度化のキーポイント、次世代ICT革命の「IoT」
観光を高度化するために「不可欠」としたのが、堅調な経済成長を続ける米国発のIoTだ。寺島氏はIoTを「情報ネットワーク技術革新を取り入れて、経営を変えていこうとするもの」で、「米国経済のあらゆる局面の効率を高め、成長力を支える基盤となっている」と説明。事例としてGEが航空機のエンジンにセンサーをつけ、ビッグデータを分析・解析して最も効率的な航路を見出し、マーケティングに活用していることを紹介した。
さらに「怖いのが、90年代のIT革命でAmazonやGoogleが出たように、無名の会社が世界のフロントラインに飛び出してくる流れを作ること」とし、観光に関わる分野としてUberとAirbnbを提示。「チャリンチャリンと日銭が入って巨万の富を築けるビジネスモデル」とし、「このうねりが日本にも入ってくる。これをどう捉えるかが、観光の高付加価値化に重要になるから視界に入れてほしい」と主張した。
UberやAirbnbなどのシェアリングエコノミーは、経済を所有型から共有型へと移行し、資本主義経済を変えるといわれている。寺島氏はUberのビジネスモデルについて「怖いのは、自動車社会をビッグデータをもとにオンデマンド型に大きく変えようとしていること」と指摘。GPSと連動した双方型ビジネスであるのがポイントで、ドライバーやユーザーの登録者が増える中でさらにビッグデータ化していく。
こうした「シームレスに、ボーダレスに、車手配を柔らかく再設計する仕組み」(寺島氏)で、すでに世界354都市を席巻。“ウーバーは1台のタクシーを持たずに世界最大のタクシー会社になった”と称されていることも紹介した。日本では規制の壁があるものの、「政府も2020年に向けて段階的に入れざるを得ないところに来ている」とも述べ、「Uber、Airbnbは観光分野でのIoT。自分の企業や業界にとってIoT要素は何か、相当な知恵が必要な時代になっている」という。
日本での取り組みは
既に、IoTを取り入れている日本企業も珍しくない。例えば、コスト構造が見えにくかった建設・土木業界においても、マイナンバーをテコに人事データのビッグデータ化から開始。プロジェクト案件ごとに、登録されたスキルやスペックで人材配置を行なっていく取り組みが始まった。
また、セブンイレブン・ジャパンでは90年代のIT革命時に、ITの導入で生鮮食品を流通できる業態を作り上げたが、現在はオムニプロジェクトを進行中。コンビニでは1店舗に2800品目程度しか置けないが、それを300万品目にアクセスできるようにするもの。スマホアプリから、セブンイレブンをはじめ、イトーヨーカドーやロフト、赤ちゃん本舗など、セブンイレブングループ全ての商品を購入できるようにする。これは同社社長の井坂隆一氏に言わせると、「流通業界におけるIoT」なのだという。
こうした実例をあげつつ、寺島氏は「全ての業界が例外なくIoTのなかで戦うステージに入っている」と述べ、この時代のなかでサービス産業の高度化へ展開を図るには「インテグレートする技術基盤と戦略的な視座が重要」と提言した。
観光業は何をすべきか
では観光の戦略的視座とは何か。その一つとして寺島氏は、自身もプロジェクトに関わっている「IR」(統合型リゾート)を例に挙げた。
IRではカジノが議論に乗ることが多いが、「カジノばかりでは薄っぺらな話になる」と断言。シンガポールではカジノやエンターテイメントだけではなく、高度の病院が多く建ち、先進の医療観光で大中華圏の富裕層を引き付けていることを例に出し、「これがハイエンドのツーリズムの一つ」と述べた。その上で、日本でも「京浜臨海部における医療の特区構想」などで「高度医療が受けられるツーリズムをどう埋め込むかも重要だ」と述べた。
このほか、産業観光の可能性として、公害の街から半導体の街へと転身を遂げた「四日市モデル」や、メガソーラーと植物工場を組み合わせた「苫小牧プロジェクト」を紹介。「先端的産業プロジェクトを素材に、ストーリーを束ねてインテグレートする。それが求められる産業観光」と説明する。この視察に年間4000人の経営者がアジアから訪れており、「彼らはビジネスクラスで訪日し、高級ホテルに宿泊。ついでに温泉にも足を伸ばす余裕のあるハイエンドの客」だという。
最後に寺島氏は「モノづくり国家の限界から抜け出さなくてはならない。それがサービス産業の高度化である」と再度強調し、講演を締めくくった。
記事:山田紀子