2018年 米フォーカスライト・カンファレンス報告【その2】
前回の記事では、「Power Paradox(力のパラドックス)」という米「フォーカスライト・カンファレンス」(The Phocuswright Conference)のテーマについて、大手OTAがその革新速度や成長速度が落ちていくが同時に買収を続けながら成長をしている状況を説明した。そして、業界のデジタル変革で革新速度を決めるのは、次々と生まれてくるスタートアップ企業群である。これがPower Paradoxのもう一方の要素となっている。The Phocuswright Conferenceの初日11月13日は「イノベーションデー」ということで、20社ほどのスタートアップ企業が自社のサービスについてベンチャーキャピタルの幹部や旅行関連企業の投資や事業開発部門の幹部に向けてピッチをおこなう「Summit」と、既存企業も含めて新しいサービスを発表する「Launch」がおこなわれた。
2000人弱の参加者の中には経営レベルや事業開発部門の担当者も多いことから、スタートアップ企業や新規サービスを公開する企業にとって、サービスお披露目の非常にいい場所である。
40以上のスタートアップや企業が、自社の新規サービスを紹介したが、多くは今までの業務をAI導入によってより効率的な業務をおこなうか、あるいは自動化を推し進めるものと、今までおこなっていた業務を全く新しいビジネスモデルにすることで付加価値を生んでいるサービスが多く感じられた。その中で先進性が感じられたものを4社紹介したい。
【Sleepbox】
ホテルの運営の仕方を変革させようとしているのがSleepboxである。空港やコンベンションセンター、商業施設、オフィススペースなどの空き空間を簡易ホテルにしてしまうための機器を販売している。
すでに米ワシントンDCのワシントン・ダレス国際空港で、この冬の開設のための設置が進んでおり、下図のアプリを使って予約ができる形である。
初期投資が一部屋あたり初期投資25000ドルで、4ヶ月ほどで立ち上げることが可能。一泊100ドル、空港だと1時間35ドルの収益を予想している。ライセンスフィーとしてその15%をSleepbox側に支払う必要があるが、粗利40%、内部利益率が60-100%になるという試算も提供し、大きな金額の投資を必要とせず収益があげられることを説明した。
同社は、トラベルイノベーション賞と参加者の投票による賞に選ばれたが、同時にベンチャーキャピタルGeneral Catalystの賞も手にし、10万ドルを受け取った。
【TripStack】
Kiwi.comが、提携をしていないLCCなどの航空路線を組み合わせて安いチケットを発行する「バーチャルインターリンキング」という概念を紹介してから現在業界で広がりつつあるが、AIを使ってさらに効率よく組み合わせる検索テクノロジーをOTAに提供するのがTripStackだ。すでに100以上のLCCを含めているが、これを2019年中に300まで増やしていくという。
例えば、米シアトルから仏パリへ11月23日に行きの便だけを取り、「一ヶ所のみ乗り換え」という条件で検索すると、Kiwiのような今までのサービスに比べて、172ドルも安い路線が見つけられる。さらに2ヶ所の乗り換えなど、条件を変えてさらに安い路線がないかなど見ることも可能である。
現在、世界では毎年50のLCCが誕生しており、LCC利用客は年間10億人を超えている。OTAや旅行会社にとってみれば、安い航空チケットを提供することもメリットであるが、さらに高い利益率を得ることも可能になるという。すでにFlightNetwork、FlyFar、Sky-toursなどにサービスを提供しており、これらに加えて10社との業務を始めていると説明した。
【Connexpay】
旅行代理店ではビジネスリスクが高いと考えられているため、銀行やカード発行会社からのカード決済などのフィーが割高になりがちなことを、ビジネスモデルの変革で抑えようという企業がConnexpayである。
通常、旅行代理店はクレジットカード支払いを受けるために事前に口座にある程度の残高を必要としたり、ホテル、航空などのサプライヤーの代理店として振る舞う場合はこれらのサプライヤーが旅行客のクレジットカードへ直接課金し、60-90日後に旅行代理店にコミッションを支払うという形が一般的である。
それに対して同社では、旅行客からのカード支払いの決済とサプライヤーへのカード支払いを両方おこない、連携させることで、サプライヤーへの支払いリスクを削減し、これによりカードのフィーを下げている。また、同社はAIを利用し、旅行客の詐欺を未然に防ぐようにしていることから、支払い取り消しのリスクを削減できるという。旅行代理店は旅行客からのカード請求が実施され次第、サプライヤーへの支払いがおこない、2-3日でConnexpayからコミッション部分も手にできる。
Connexpayの現在の顧客は年間260万回、13億ドルの取引があり、顧客によってはフィーを半分にできているところもあり、現在は旅行業界へ営業攻勢をかけているが、この先にEコマース業界をターゲットにしていくという。
【AirHelp】
最後に紹介するのがAIによる航空料金の返金を自動化しているAirHelpである。
航空会社は、便の遅延やキャンセル、オーバーブッキングで乗れない場合などに、料金の少なくとも一部返金が義務付けられていて、この申請の代行する企業が出てきている。だが、申請数の増加に対応するために担当エージェントを増やしていかざるを得ないのが一般的であった。
同社はここで3つの業務をするAIエージェントを開発した。「Aga」は申請を受け取るAIエージェントで、天候、ルート、書類の充実度などの情報や、どの地域からの旅行客の申請か、により申請内容の品質を見定めるもの。そして「Lara」は法務対応のAIエージェントで、申請内容が返金に対して法的に適格であるかを評価し、「Herman」は実際にどこに対して申請をするかを決めるAIエージェントである。これらの3つのAIエージェントを組み合わせることで、人間が20分で1件の申請ができるかできないかという業務を、23ミリ秒で1200件以上を処理しているという。
現在までに700万以上の旅行客の対応をしており、7億ドルが返金されたが、スタッフの人数を増やすことなしに、2020年にはAIが10倍の処理をしていく予定であると語っている。
全体的には、Phocuswrightが旅行業界幹部向けに選んだスタートアップ企業群で、現状の業務の延長でAIやビジネスモデルの変革を活用しており、ものすごく飛び抜けたアイデアがある訳ではなかった。だが、どの会社もすでに顧客を持ちビジネスモデルをしっかり確立していることからも、これから成長が着実に予測されるものばかりであった。
そして、この2-3年でAIの普及がかなり進む予感をさせるプレゼンテーションが多く、業界での自動化施策が一気に進んでいくのではないかと考えさせられた。