2018年 米フォーカスライト・カンファレンス報告【その1】
このほど開催された旅行調査の世界大手フォーカスライト社が主催する「フォーカスライト・カンファレンス2018(The Phocuswright Conference)」。世界の旅行・観光業界のトップが集い、最先端の観光トレンドが語られることで知られる米国の国際会議に、今年もトラベルボイス編集部は公式メディアパートナーとして参加し取材した。
今回の現地取材では、特派としてシアトル在住の織田浩一氏に依頼。織田氏はデジタル広告業界では著名な人物で、世界的に話題になった書籍「テレビCM崩壊」の日本語版の翻訳者としても知られる。織田氏の視点でみた国際カンファレンスを、2回にわたってレポートする。
業界の将来を占う3日間、45ヶ国から企業首脳陣ら2000人近くが参加
2018年11月13-15日、米ロサンゼジェルスで「フォーカスライト・カンファレンス2018(The Phocuswright Conference)」がおこなわれた。
フォーカスライト(Phocuswright)は1994年に設立した旅行業界のトレンド、市場規模や動向、ビジネスモデル、業界企業の動向、スタートアップ企業の調査などをおこなう調査会社。日本1人を含めて世界で30人あまりのアナリストを抱え、業界での現状把握や将来の戦略を立案する上で非常に有効なインサイトや調査サービスを提供している。
その年次カンファレンスがThe Phocuswright Conferenceで、25年に渡って続いている。45ヶ国から2000人近くが参加し、その中でC(経営幹部)レベルやVP(副社長)レベルがほぼ半分を占めることから、非常に影響の強いカンファレンスと考えられている。
オンライン旅行会社、いわゆるOTA(Online Travel Agency)が生まれて20年以上経っており、ここ10年でAirbnb(エアビーアンドビー)やUber(ウーバー)など旅行業界に大きな影響を与えるスタートアップが生まれてきているため、近年はデジタルサービス企業の存在感が大きく、また50強ある企業展示ブースのほとんどがデータプロバイダーや解析、ロケーションサービス、マーケティングサポートなどデジタル系のサービスで占められていた。
さらに、Expedia(エクスペディア)やBooking Holdings(ブッキング・ホールディングス)、Airbnbと言った業界のトッププレーヤーのCEOや幹部が会社の現状やこれからの戦略をアナリストの質問に答えながら話をすることから、業界の将来を占う意味でも非常に重要なカンファレンスである。
3日間のカンファレンスの初日は「イノベーションデー」ということで、30あまりのスタートアップ企業が自社サービスのピッチを実施。残りの2日はExpediaやBookings Holdings、TripAdvisor(トリップアドバイザー)のCEOや幹部、Google(グーグル)の旅行部門のVPがステージに上がってアナリストからのインタビューに答えたり、小さな部屋でのセッションで10あまりのスタートアップが自社のサービスや顧客が利用したケーススタディの説明をおこなった。
「恐竜化」した世界3大OTAが抱える課題は?
今年のThe Phocuswright Conferenceのテーマは「Power Paradox(力のパラドックス)」。現在の旅行業界を、恐竜が絶滅し哺乳類の小動物が繁栄していった時代にたとえている。ExpediaとBooking Holdingsという2大OTAと中国OTAのCtrip(シートリップ)の3社で世界のOTA業界のほとんどのシェアを占めているが(下図)、彼らはスタートアップ企業を次々と買収し、さらに力をつけている企業であり、例えで言うと「恐竜」の位置である。
だが同時に、力をつけ規模が拡大すると成長する速度が衰え、これがパラドックスであるというのがPhocuswrightの視点だ。実際に、Expediaは単体では北米市場では一桁パーセントの成長と非常に鈍化しており、これに2017年に46%成長した民泊サービスのHomeAway(ホームアウェイ)を2015年に買収したために、なんとかが株式市場が納得できる成長ができているというアナリストからの指摘があった。
エアビーは「体験・ツアー事業の拡大」を明言、かたやグーグルは――
2019年にはAirbnbやUberが株式上場をおこなうことが予想されているものの、Airbnbも成長が鈍化しており、ブティックホテル向けの管理プラットフォームを提供するサイトマインダー(SiteMinder)と提携し、ホテルの予約に参入した。ExpediaやBooking Holdingsが民泊サービスの拡大に力を入れているところで、民泊側から攻めている形になっている。ただ、アナリストの意見は厳しく、Airbnbが2大OTAに追いつくことは難しいという意見が聞かれた。これに対して、Amazon(アマゾン)でPrimeメンバーシップ事業を拡大させ、この3月にAirbnbのホーム担当プレジデントになったGreg Greeley氏は体験やツアー事業を拡大させていくとステージで答えた。
厳しい質問を投げかけられてもあまり明確な返答をしなかったのがGoogleの旅行製品担当VPのRichard Holden氏だ。同社のフライト・ホテル検索、旅行業界の広告製品、そしてGoogle検索上で目的地や予算を入力することで飛行機やホテルの予約をしたり旅程を作っていくことを簡単にする「Destinations on Google」の製品開発を指揮している。言わば会場にいる企業のほとんどが彼の顧客で、できるだけ荒立てないような返答をすることが彼の役目だったと言えるだろう。
Booking Holdingsでは毎四半期10億ドル以上をGoogleなどで使っていることが知られており、OTAにとっては競合でもありパートナーでもある「フレネミー(Frenemy)」(「友人」であると同時に「敵」である状態、friend+enemyをかけ合わせた造語)」の存在である。
モーガンスタンレーやUBSなどの金融アナリストがステージに立つパネルディスカッションでは、Googleがこれだけ旅行製品開発に力を入れていることから、Googleが購買ファネル上位で自社のサービスにトラフィックを増やしていき、OTAの検索結果が徐々に下がっていくことを予測している。
彼らはGoogleがOTA市場に参入することはないと考えるものの、販売価格を抑えてOTAの利益率を抑え、付加価値を自社内に持ってくることで、旅行分野での売上を2桁パーセントで成長させていくと討論した。
ステージには誰も上がっていないものの、Googleと同様に業界の脅威として挙げられていたのがアマゾン(Amazon)だ。前記の金融アナリストのパネルでは、旅行業界は非常に大きな市場規模で、Amazonが今扱っている多くのEコマース商品と違い、自社で在庫を抱える必要がないので、利益率が高く魅力的な市場に見えるはずであるという分析である。
さらにOTAは顧客獲得に一人10~16ドルをかける必要があるが、Prime会員を持つAmazonは1ドル以下で獲得できるということで非常な競争力を示すことができる。Booking Holdings傘下の旅行メタサーチエンジンKayak(カヤック) CEO Steve Hafner氏は「AmazonはBookingを買収すべきではないか」と冗談がてらほのめかしていたが、どの旅行関係企業がAmazon傘下に入るかは、将来の業界構図を占う上で非常に大きな鍵になっていくだろう。
この記事では、業界の現状を認識するために大手OTAと新興企業Airbnbなどと、Google、Amazonなどの力関係についての欧米の業界の認識について解説した。続く第2回目の記事では、イノベーションデーで紹介されたスタートアップ企業などを紹介し、次の業界の変革について解説してみたい。