世界的な観光大国であるスペイン。2023年にスペインを訪れた海外からの観光客は約8500万人と、コロナ前の水準に回復し、フランスに次ぐ第2位の市場を維持した。この数はスペインの人口約4500万人のほぼ2倍に当たる。日本の海外旅行市場の回復が遅れるとともに、欧州旅行にさまざまな外的ハードルがあるなか、スペインへの日本人旅行者は回復を見せているという。
一方で、主要観光地のバルセロナでオーバーツーリズムがクローズアップされるなど新たな課題も顕在化している。スペインにおける日本市場の現状、課題解決に向けた取り組みなど、スペイン政府観光局局長のハイメ・アレハンドレ氏とカタルーニャ州政府観光局アジア・パシフィック・ディレクターのラウル・ゲラ氏に聞いた。
日本人旅行者数、2024年末にはコロナ前の水準に
コロナ前のスペインへの日本人旅行者数は年間68万3000人。アジアでは中国の約70万人に次ぐ市場規模だ。アレハンドレ氏は「数字的には拮抗しているが、日中の人口差を考えると、スペインにとって日本市場は非常に大きく、また現地消費額を比べても、その重要度は高い」と評価する。
2023年の日本人旅行者数は約31万人で、コロナ前の55%にとどまったが、日本でコロナが5類に移行した5月が本格的な海外旅行解禁と位置づけると、12月までの8ヶ月でこのレベルまで戻ったのは「非常にいい結果」(アレハンドレ氏)。2024年は、6、7月とも62%まで回復。アレハンドレ氏は「2024年末までには100%に戻るのではないか」と期待する。
また、2023年の日本人旅行者の支出額は1日平均約500ユーロ(8万円)で、オーストラリアに次いで第2位。平均滞在日数は8日間で、英国やドイツとほぼ同じ状況だ。
一方で、日本から欧州への旅行にはハードルが多いのも事実である。アレハンドレ氏は、円安などの経済的要因、ロシア上空の飛行禁止による長時間・高コストのフライトなどに加え、日欧間の航空インフラの再構築が遅れていることを挙げた。その中で、欧州から日本へのインバウンドが増加。日本発の航空座席に余裕がないのも回復の遅れにつながっていると見ている。
ただ、そうした足枷があり、また直行便がないにも関わらず、昨年31万人もスペインを訪れた事実は、「スペインが日本人にとって魅力のあるデスティネーションであることを表している」と自信を示した。
変化する旅行スタイル、大都市郊外での宿泊も
コロナを経て、スペイン旅行のスタイルにも変化が現れているという。その特徴的な傾向として「スローツーリズム」を挙げた。アレハンドレ氏は、「日本人旅行者も含めて、観光客が集中しないところでの特別な体験を求めるニーズが高まっている」と明かす。
カタルーニャ州政府観光局のゲラ氏も、バロセロナを訪れた後、郊外に日帰りだけではなく、1泊するようなツアーも増えてきたという。例えば、バルセロナに3泊して、同じカタルーニャのタラゴナで1泊する旅程などを紹介したうえで、「特に日本人旅行者は、大都市以外で周遊をするツアーに関心を示している」と話す。
また、アレハンドレ氏は日本人旅行者の特徴として、「気に入ったデスティネーションを何回も繰り返して訪れる」ことを挙げた。欧州観光委員会(ETC)の調査では、日本人旅行者の53%が同じ海外デスティネーションをリピートするとの結果が出ており、その傾向は欧州の旅行者には見られない傾向だという。
バルセロナ、オーバーツーリズム対策として「責任ある観光」政策を推進
一方で、バルセロナはオーバーツーリズム問題で報道される機会が増えている。2024年8月には、水鉄砲を振り回す反観光客デモがニュースとなった。
ゲラ氏は「デモが発生したのは事実」としたうえで、「デモに参加した人たちは限定的。観光客に対する嫌がらせなどはない」と、これまで通り安全に旅行を楽しむことができることを強調した。
問題の根源は、同じ場所に同じ時間に観光客が集中することで起きる地元住民との軋轢。ゲラ氏は「コロナ禍で旅行が制限された時、地元の人たちは地元の良さや美しさに気づいた。コロナ後、海外からの観光客が一気に押し寄せたことで、地元の環境が脅かされることに危機感を持ったことも背景にある」と説明する。
そのうえで、ゲラ氏は、カタルーニャ州政府が「責任ある観光」政策を進めていることに触れた。ゲラ氏によると、戦略の優先事項は、「観光政策の中心に地元住民を据えること」。また、マーケティング戦略として、「オーバーツーリズムに敏感な旅行者や、必要であればこれまでの慣習を変えることができる旅行者をターゲットにする。こちらから積極的に誘客するPRではなく、カタルーニャの文化や食などに関心が高い層にアプローチしていく」ことを挙げ、旅行者の量より質を重視する方向性を示した。
その取り組みが評価され、9月に開催された世界最大級の観光見本市である「ツーリズムEXPOジャパン(TEJ)2024」のメインイベントのひとつである第8回「ジャパン・ツーリズム・アワード」で、カタルーニャ州政府観光局は「観光庁長官賞」を受賞した。
2028年以降、バルセロナで民泊規制
このほか、バルセロナでは、欧州の他の主要都市と同様に、家賃の高騰など住宅問題も顕在化している。その要因として挙げられているのが、観光客向けの短期宿泊レンタル、いわゆる民泊の増加だ。しかし、ゲラ氏は、バルセロナでの民泊施設の割合は住宅総数の2%に過ぎないため、「民泊が家賃高騰をまねいているのかどうか、もっと精査する必要がある」との考えを示した。
ただ、住民の反発が強まっているのも事実。バルセロナ市は2028年以降、新たな民泊のライセンスは付与せず、既存のライセンスの更新も行わないことを決めた。マドリード市は2024年4月に新規ライセンスの発行を一時凍結している。
アレハンドレ氏は、スペインにおいて観光はGDPの13%を占め、直接雇用も全人口の13%を占めていることに触れたうえで、「スペインにとって観光は非常に重要な産業。観光客を受け入れることが国民の幸せにつながるということを理解している」と強調した。
※ユーロ円換算は1ユーロ160円でトラベルボイス編集部が算出
トラベルジャーナリスト 山田友樹