静岡県中部地域で、訪日旅行の高付加価値商品となる「静岡茶体験ツアー」が2024年10月から本格的に始まった。米国サンディエゴにあるセレクトティーショップ「PARU」の顧客をターゲットにしたもの。2月に、米国の旅行会社、ツーリズムマーケティング会社、そしてPARUオーナーのエイミー・トゥオンさんを対象にした視察ツアー後に商品化がすすめられた。
この「ショップオーナーと訪れる日本茶の旅 ―するが5泊」を仕掛けたのは、するが企画観光局だ。企画から商品準備、地域の生産者や事業者の関わりなど、地域連携DMOとしてどのように支援してきたのか。その過程を深掘りしてみた。
視察ツアー後に地元DMCにバトンタッチ
「静岡茶体験ツアー」第一弾は、2024年10月1日〜6日の5泊6日で、PARUオーナーのエイミーさんをはじめ同社の顧客ら4人が参加した。同年2月にエイミーさんが視察で訪問した「たむらのうえん」「森内茶農園」「清照由苑」「グリーンエイト」などの茶農家を訪れ、緑茶・和紅茶・ほうじ茶・発酵茶など異なる日本茶の飲み比べや、和菓子作り体験を楽しんだ。また、「ふじのくに茶の都ミュージアム」「志戸呂焼工房」「匠宿」などでは、お茶に因んだ静岡の工芸や文化に触れた。
販売価格は、ツインルーム利用で一人約4000ドル(約60万円)。着地型ツアーなので、航空券代は含まれない。ツアー中、参加者はコアなお茶ファンであることから、訪れた場所で各種静岡茶や工芸品も数多く購入。人数は少ないものの、地域消費にも貢献した。
するが企画観光局事業推進本部長(CMO)の岩崎昌登氏は「参加者には満足していただいているようだ。本当にするが地域を自慢できるツアーになった。看板商品として、今後もしっかりと販売していきたい」と期待感を表す。
地域産品を海外で販売する一つの手段としてインバウンド観光に力を入れる地域は多いが、するが地域(静岡県中部)の場合、すでに海外で人気の日本茶が起点となってインバウンド誘致につながった。以前から続いていたエイミーさんと森内茶農園との関係性から、するが企画観光局が間に入り、発展させたものだ。
するが企画観光局は、ネットワークを築いていた地元の生産者や事業者とエイミーさんを結び、点から面に広げることで、ツアー化に向けた地ならしを支援した。
視察ツアー後は、送客側の米国の旅行会社「Travel Answers(トラベルアンサーズ)」、受け手側の静岡市のDMC「FIEJA(フィージャ)」、そしてエイミーさんも交えて旅程や内容を詰め、約8ヶ月で催行につなげた。
同観光局マーケティング部主幹の石田太一郎氏は、「DMCにバトンタッチするまでがDMOの仕事。正直なところ、どの時点でバトンを渡すのか迷ったところはあるが、3者の関係性が良かったことから、2月の視察後にフィージャに受け渡した」と明かす。ビジネスのきっかけ作りも含めて地元事業者が稼げる体制を構築していくのもDMOの仕事の一つとの認識だ。
コンセプトのストーリー化で稼げる地域に
視察から企画、造成、販売、そして催行に至るまでの過程では色々な気づきもあったようだ。フィージャCEOの永松典子氏は「お茶というストーリーが一貫していることで、ツアーが充実したものになり、参加者の感動も大きくなることに改めて気づいた」と話す。
「大切なのはストーリーテリング。これはこれ、あれはあれとコンテンツを分断するのはもったいない」と永松氏。ある特定のコンセプトをストーリー化すれば、強力なコンテンツになる。それは、相手が訪日外国人であれ、日本人であれ変わらない。
「その意味では、お茶というしっかりとしたコンセプトがある、するが地域にチャンスは多い」と力を込めた。
石田氏はDMOとしての課題も口にする。「生産者である茶農家だけでなく、茶商との接点も作っていき、茶業界全体と観光を結びつけていく必要がある。するが地域では街中のお茶カフェなどを展開している茶商も多いため、茶農家とは違ったコンテンツも増やせると思う」と話す。
また、体験提供側である茶農家には「値上げをしましょう」と呼びかけているという。国内向けとインバウンド向けには二重価格もありえるとの考え。インバウンド向けには、通訳も含めた手取り足取りの対応になるため、料金が高くなるのは、ある意味当然だ。
さらに、旅行会社向けに卸値を設定することも提案しているという。「そうしなければ、旅行会社の儲けどころがなくなってしまう。たとえば、旅行会社が入ることで、外国人旅行者との面倒なやり取りは全部なくなるなど、体験提供者にとってもメリットは大きいはず」と続けた。ビジネスのエコシステムが構築できれば、地域で経済が自走していくようになる。
今回のツアーを受け入れた茶農家「グリーンエイト」社長の北條広樹氏は、するが企画観光局への期待を口にする。「地域連携DMOのような組織でなければできないことは多いと思う。うまく現場と行政をつなぐ役割をお願いしたい」と話す一方、「逆に、民間ほど自由にできないこともあると思う。そこは、どんどん民間に割り振ってほしい」と付け加え、パートナーシップの重要性を強調した。
欧米を中心に広がる「するが茶体験ツアー」の可能性
するが企画観光局の仕掛けは、広がりを見せ始めている。生産者と直接つながる「PARU」とのコラボは、アトランタのティーショップ・オーナーの目に留まり、するが企画観光局に直接問い合わせが来た。来春にも現地視察の機会を提供する準備を進めているという。「PARU」オーナーのエイミーさんは、米国の茶業界で、するが地域のアンバサダー的存在になりつつある。
来春には、サンディエゴの「PARU」で、今回の「するが茶体験ツアー」の報告会をおこなう予定。「PARU」の顧客向けに、静岡茶の認知度を高めていくとともに、次の販売につなげていきたい考えだ。
今後は、米国の現地旅行会社と、一般向けに行程をシンプルにしたよりリーズナブルなお茶体験ツアーの造成も検討していくという。
また、するが企画観光局は2024年7月にパリで現地旅行会社向けに「するが旅行セミナー」を単独で開催した。日本文化好きのフランスでは、日本茶への関心も高く、参加企業の中から6社を11月下旬から12月上旬にかけて、視察ツアーに招聘することになった。JALパリ支店の協力も取り付けているという。
さらに、今年の国際観光イベント「ITBベルリン」をきっかけに、静岡茶にフォーカスしたツアー化を検討する旅行会社も招聘することが決まった。今後は、新しいマーケットとして北欧にも注目。「ファーストタイマーが多いことから、ゴールデンルートの途中で立ち寄る、あるいは東京からの日帰りで楽しむお茶体験を訴求していく」(石田氏)。
するが企画観光局は、欧米に加えて、シンガポール、タイ、マレーシアの東南アジアもターゲット市場と位置付けている。カスタマイズで仕上げる手配旅行に加えて、法人のインセンティブ団体(報奨旅行)の取り込みを狙う。石田氏は「インセンティブは10人や20人など小グループ化しているので、勝負できる」と意欲を示した。
「ターゲティングの方向性は間違えていない」
地方を訪れるインバウンド旅行者は確実に増えているが、依然として三大都市圏のシェアも伸び率も大きい。そんな中、するが地域5市2町でのインバウンド滞在者数は、2024年1〜7月で約8.7万人。通年で2019年と同水準の14万人強に達する見込みだという。
するが企画観光局のデータによると、特にターゲットとする北米、欧州、東南アジアからの旅行者が伸びており、例えば、2019年を1とした場合、するが地域での欧州からの旅行者は1.3で、全国平均の1.2を上回っている。
するが企画観光局マーケティング部調査戦略担当主任の瀬戸脇創太氏は、このデータから「ターゲティングの方向性は間違えていないことの裏付けになっている」と手応えを示す。
「PARU」のエイミーさん、米国の旅行会社「トラベルアンサーズ」、地域連携DMOのするが企画観光局、DMCのフィージャ、そして茶農家が一気通貫でつながった究極のお茶ツアー。静岡茶がインバウンド向けの強力なコンテンツとなり、インバウンドが訪れることで、静岡茶が世界に広がっていく。するが地域のサステナブルツーリズムは今後、とのような展開を見せるのだろうか。
※ドル円換算は1ドル150円でトラベルボイス編集部が算出
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記事:トラベルボイス企画部