世界をリードするカナダの「先住民観光」、その取り組みから観光素材、認証制度、多様な旅行商品まで取材した

先住民観光は、旅行者に多様な文化に触れる機会を与え、先住民コミュニティに経済的自立や文化保護、持続可能な発展を提供する。世界的にも注目が高まるなか、カナダはそのリーダー的な存在感を増している。2024年5月に開催された旅行商談会「ランデブーカナダ(RVC)」で、カナダの先住民観光の多様なブロダクト、関係者が目指す観光のカタチを取材し、日本市場で提供する際に配慮すべき点を考えた。

冒頭写真:オーロラ・ボレアリス先住民村(C)Aurora Borealis Indigenous Village

2030年目標達成に向け「オリジナル・オリジナル」拡大へ

カナダでは公式行事のオープニングで「ランド・アクノレッジメント(土地の承認)」という先住民族の土地への謝意が述べられ、土地の長老(エルダー)が祈りやメッセージを伝えるしきたりをおこなう文化が広がっている。今回のRVCでも、レセプションでの挨拶から記者会見まで、さまざまな場面で「ランド・アクノレッジメント」を聞く機会があった。メッセージとともに実演された先住民によるチャント(詠唱)や演奏、踊りも、観光的な要素だけでなく、カナダの文化を披露する場で欠かせないものとなっている。

RVC2024のウェルカムセレモニーではイノック・クリー・ネーションの長老ロレイン・マコーキス氏が挨拶(C)Destination Canada 

カナダ先住民観光協会(ITAC)は、2030年までに「カナダが先住民観光の世界的リーダーになる」という目標を掲げている。GDPへの貢献や雇用者数の水準をピーク時だった2019年に戻したうえで、2030年までにGDP貢献度60億カナダドル(約6862億円、2019年19億カナダドル・2185億円)、先住民雇用者数6万人(同3万9000人)、先住民観光業者数2700社(同1900社)とすることを目指す。 

この指標の達成のためには、ITACの会員の増加と観光プロダクトの成長が欠かせない。このため、ITACは2022年に運用開始した認証プログラム「オリジナル・オリジナル」の拡大を図る方針だ。

ITACコミュニケーション・マネージャーのライアン・ロジャー氏によると、同プログラムに認証されるためには、地元先住民の雇用、利益の還元、ストーリー共有の許可取得などが求められる。本物の先住民プロダクトであること、さらに国際的な品質を満たしているかなどが審査のポイントだ。基準を満たさない場合も、各種プログラムで取得をサポートし、資金調達の支援もおこなうという。現在、すでに235事業者が認証されているが、特にこの1年間半で勢いを増した。

RVC会場内の先住民観光のセクション

「オリジナル・オリジナル」を取得する事業者は、宿泊施設からツアー会社、博物館や自然遺産まで多岐にわたるが、その中でロジャー氏は3件の代表例を挙げた。

ひとつが先住民メイティの重要な施設であるアルバータ州エドモントン郊外のメイティ・クロッシング。放牧されるバイソンを間近で見たり、カヌーなどのアクティビティを通して先住民メイティの文化に親しめる。ふたつめは、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー島西海岸トフィーノのアハウス・アドベンチャーズのツアー。アハウサット族が治癒に使う原生林の温泉、ホットスプリングケーブへと船で向かう途中に鯨や熊を見るチャンスがある。

そして、ケベック・シティ郊外のワンダケにあるヒューロン・ウェンダット族が運営するホテルミュゼ・プレミアズ・ネーションズ。博物館を併設し、伝統的住居のロングハウスでのストーリーテリング、レストランではミシュラン星獲得シェフが先住民の伝統を取り入れたメニューを提供する。

毛皮貿易で生まれたメイティについて知る(メイティ・クロッシング)

プロダクトは目的や時間に応じて多様化

カナダでは、先住民観光が勢いを増すにつれてプロダクトも多種多様となっている。自分で訪れることができる博物館から極北での滞在、ガイドツアーも都市部だけでなく森や公園で植物の使い方について聞くメディスンウォークも増えている。ウェルネスや食をテーマにしたものも登場している。

ケベック州北部のイヌイット居住地域ヌナビクで、氷の家イグルーに泊まったり、ヌナブト準州でイヌイットの長老に話を聞いたりという体験は、極限の地ならでは。また、伝統的な移動式住居 「ティーピー」に宿泊できるプログラムもあり、サスカチュワン州サスカトゥーン近郊のワヌスケウィンでは小グループで滞在も可能だ。アルバータ州北東のバーチマウンテンにあるオーロラ・ボレアリス先住民村は1年中オーロラが見られるエリアでティーピー滞在施設もある。また、サスカチュワン州で先住民シェフと6日間にわたって、各所で話を聞き、釣りや収穫を体験、料理を味わう「Field to Shield」は、食から先住民の暮らしを体感するツアーも注目されているプロダクトのひとつだ。

ティーピーに泊まってオーロラが見られるオーロラ・ボレアリス先住民村(C)Aurora Borealis Indigenous Village

ウェルネスの需要にも対応するのが、ニューブランズウィック州のラ・ベル・キャバンLa Belle Cabane。森の中にスパと宿泊施設があり、ここにストーリーテリングや食、メディスンウォーク、ワークショップ、カヌーや釣りなど近隣の事業者のプロダクトを組み合わせることができるという。アルバータ州エドモントンから西に車で1時間半ほどにあるザ・ウッズは森の中に薪で焚くホットタブとサウナがあり、ティーピーやキャビンの宿泊施設も備わるヒーリング施設となっている。

北米初のユネスコ世界ジオパークとなったニューファンドランド・ラブラドール州ストーンハンマーでも10億年前の地質遺産に先住民のストーリーがあったり、ブリティッシュ・コロンビア州が展開していく観光回廊の「Rainforest to Rockies」のように、単独のプロダクトでなく広域ルートやエリアのなかに先住民のストーリーを盛り込む例もある。

アークティック・チャー(北極イワナ)を乾燥させるヌナブト準州の先住民(C)Maye Malliki

日本での商品化に向けて

州や各地域の観光局によると、先住民観光は、知的好奇心が高く、経済的に余裕があり文化的な経験を望む層と相性が良い。実際に、RVCにバイヤーとして参加していたベルギーの旅行会社スタッフは「コロナ禍を経て人々はより深い体験を求めるようになった」と文化体験を求める顧客に先住民プロダクトは合うと話した。日本市場向けには、メイティ・クロッシングに宿泊する教育旅行の企画や、一般ツアーの商品化が動き出している。

カナダの先住民観光のプログラムは、自然のなかで五感に訴えかける体験が豊富だ。ノースウエスト準州観光局の田中映子氏によると、先住民はオーロラの音を聞き、その情景から何かを読み解くスピリチュアルな力を持っているという。ティーピーでオーロラの出現を待つ時間に、先住民の話を聞いたり、伝統的な太鼓の音に癒される など付加価値体験とすることもできる。

一方で、メイティ・クロッシングCEOのホワニータ・マロワ氏は、カナダの先住民に先入観を持つ人、メイティのことを知らない人も多く「カナダの先住民に対する認識を変えるためにも、先住民のメイティと会話する機会を設けている」と話す。こういったコミュニケーションを重視し、日本からの訪問者に「対話」の時間を有意義にしてもらうためには、ガイドや通訳、あるいは事前に北米の歴史を知ってもらうなどの工夫も必要だろう。

 アクティビティを通してメイティ文化を知る(メイティ・クロッシング)

カナダには600以上のファーストネーションコミュニティがあり、それぞれ文化は多様だが、土地への敬意と、長老に対する尊敬、口頭伝承はどの部族にも共通するものだ。メイティとしてアルバータ州でガイドツアーを行っているトーキング・ロック・ツアーズのキース・ディアキウ氏は、先住民の視点を知ることで歴史の全体像を学び、「共有する知識のうち、心に響いたことを少しでも共有してもらい、それが広がっていくことを願う」と話した。メイティ・クロッシングの先住民ナレッジ・キーパーはこう話していた。「私たちはみなひとつの人間であることに立ち戻らなければならない。私たちが耳にすることは好ましいことばかりではないかもしれないけれど、過去に起こったことから未来へと前進するためには、学び、理解する必要がある」。

アルバータ州でガイド付きのツアーを提供するトーキング・ロック・ツアーのキース氏

文化の復興や伝承、コミュニティ維持のために、さらには和解のために先住民観光を推進するカナダ政府は、先住民観光への投資にも力を入れている。2022年には2000万ドルを投じて先住民観光の小規模事業者を支援する先住民族観光基金(ITF)も立ち上げ、すでに145プロジェクトが進行。2024年度予算ではITACに250万カナダドル(約2.8億円)を投じている。さらに、先住民観光の問題点として挙げられる、地方や遠隔地へのアクセス向上と人材確保も講じる方針だ。

※カナダドル/円換算は1カナダドル115円でトラベルボイス編集部が算出

取材・記事 平山喜代江

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