LGBT観光客を誘致するためできることは? 米国の先進的DMOが取組む専門部署の設置からスポーツイベントまで【コラム】

こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。本場米国での研修や調査経験をもとに、日本のDMOを支援しています。

2018年夏、米国のDMO最大の業界団体であるディスティネーション・インターナショナル(DI)の年次総会に出席した際の話題をまとめている本コラム。今回は、米国にとってもまだ新しい分野であるLGBTについて、先進的なDMOの取り組みをレポートします。

「LGBT」から「LGBTQ+」へ

最近、日本でも取り上げられることが増えたLGBT。レスビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)の頭文字で、性的少数者(セクシャルマイノリティ)を表す言葉の一つとして使われています。

米国では、LGBTの旅行者をターゲットとして誘致する取り組みが徐々に広がっています。DIの年次総会では、2017年にLGBTを取り上げた分科会は1つだけでしたが、2018年は5つまでに増えました。

分科会のパネルディスカッションやモデレーターを務めたのは、LGBTの消費に関する調査を25年以上続けているコンサルティング会社のCommunity Marketing, Inc.(CMI社)。同社が行った自社のLGBTのモニターを対象とした調査では、LGBTには年収が10万ドル(約1100万円)以上ある人が39%いるとか。つまり、一般より収入が高い層が多く、性的志向、性別認識という属性だけではない、消費の仕方についても他の旅行者ターゲットとは異なる特徴があると推測されます。

LGBTをテーマにした分科会の一つに参加したところ、初耳だったのが、近年は「LGBT」から「LGBTQ+」に概念を広げて表記しているという話です。「Q+」の「Q」は、「クエスチョニング(Questioning)」あるいは「クィア(Queer)」で、自らがLGBTのいずれかにあてはまるかわからない、あるいはLGBTには入らない性的志向、性別認識があるものを意味し、「+」は一つひとつ挙げきれない多様性を表します。本コラムでも、「LGBTQ」や「LGBT+」など表現が混在ししていますが、LGBT概念の発展や多様的なあり方と関連していると理解ください。

米国では、観光地域全体でLGBTに取り組む先進的な地域がいくつかあります。代表的な地域は、カリフォルニア州サンフランシスコ、ネバダ州ラスベガス、イリノイ州シカゴ、オハイオ州コロンバス、フロリダ州フォートローダーデール郡などです。これらの地域の中からLGBTに対する取り組みをいくつかご紹介します。

LGBT分科会の会場の様子

北米初LGBT+担当副社長を設置

フロリダ州フォートローダーデール郡には、1年間でLGBTの旅行者150万人が訪れ、地域への経済効果として5億ドル(約1650億円)の貢献があるほどになっています。

このフォートローダーデール郡のDMOであるGreater Fort Lauderdale Convention & Visitors Bureauでは、2012年に北米で初めてLGBTを担当する専門の担当者であるLGBT+担当副社長(Vice-President LGBT+)を設置し、リチャード・グレイ氏が就任しました。リチャード氏が就任する5年前のLGBT予算は年間9000ドル(約100万円)だけでしたが、現在は100万ドル(約1.1億円)まで増額し、LGBTを誘致するマーケティング活動を拡大しています。現在、フォートローダーデール郡は、フロリダ州でのLGBTの中心地を標榜しています。

Greater Fort Lauderdale Convention & Visitors Bureau ホームページより

もちろん、最初から今のような素晴らしい取り組みがスタートできたわけではありません。リチャード氏はDIの分科会で、「当時『ゲイ』という単語も地域の人には刺激が強すぎたので、LGBTを象徴するレインボーカラーをプロモーションに使い、『わかる人にはわかる』メッセージの発信から始めた」と発表していました。なお、様々な色が含まれるレインボーカラーは、多様性を表すことからLGBTのシンボルになっています。

リチャード氏はここから5年かけて、ターゲットをGBT、LGBT、LGBTQ、LGBTQ+へと徐々に拡大していきました。フォートローダーデール郡のDMOは、DMOの公式ページでLGBTのランディングページを作り、LGBTQをターゲットにすると公式に発表した初めてのDMOになったそうです。リチャード氏によると、LGBTへの取り組みは、実施すればすぐに、経済的に目に見える効果が観光地域全体に表れるそうです。

スポーツイベントの高いニーズ

オハイオ州コロンバスのDMO、エクスペリエンス・コロンバス(Experience Columbus)は、LGBT団体の会議だけでなく、LGBTを対象としたスポーツイベントも積極的に誘致しています。LGBTによるスポーツイベントはかなり多く、言われてみれば確かに、LGBTの人の中には、従来型のスポーツイベントには参加しにくい人もいるでしょうから、そのニーズは確実にあるわけです。

エクスペリエンス・コロンバスのLGBTQ関連ページより

コロンバスが誘致した大会には、北米ゲイバレーボール協会、北米ゲイアマチュアアスレチック連盟のソフトボール世界大会などがあります。この新しいニーズにいち早く気づき、まだ他の観光地域が取り組んでいないイベントを積極的に受け入れることができれば、地域としての競争力は確実に高まるはずです。

コロンバスでは、LGBTにフレンドリーな都市であることを旅行者にアピールするため、特に旅行者にとっての玄関口となる空港と協力し、LGBTの人が使いやすいトイレの整備などの対応を行っています。イベントなどの情報提供をするため、4半期に1回LGBTニュースレターもEメールで無料配信しています。

また、LGBTのページは、エクスペリエンス・コロンバスのホームページからはやや深い階層にありますが、検索エンジンで「Columbus LGBT」と検索すると検索結果のほぼトップに表示されます。コロンバスへの旅行者には、LGBTに特段関心がない人も多いので、こういった形で、ターゲットに必要な情報を届け分ける工夫がされています。

LGBTの受け入れは誇りあること

分科会はパネルディスカッション形式で行われたのですが、その中で特に印象に残ったのは、LGBTフレンドリー取り組んでいる地域が、LGBTの旅行者の受け入れを人権問題として扱い、他地域に先駆けて人権を守るという意識を持っているということです。そのため、DMOはLGBTの人が旅行者として滞在中、街のどこにいても差別的に扱われることなく、快適に、安全に過せるよう、地域内のステークホルダーに協力を働きかけています。LGBTを単なる旅行者の一つのターゲットとして、プロモーションの対象にしているだけではないのです。

フォートローデンレール郡では、郡の行政機関が多くのLGBTを受け入れていることを誇りにしています。この点について、LGBT+担当副社長のリチャードさんは、さらに踏み込んで、観光地域としては、LGBTに限らず、すべての旅行者を宗教の違いなども関係なく、心を開いて受け入れるべきであると話しています。コロンバスも、市の行政機関は誇りをもってLGBTを支援し、旅行者に限らず、積極的に移住も促進しています。

米国の取り組みは一枚岩ではない

とはいえ、米国のすべての地域がLGBTに好意的とは限りません。昨年のDIの年次総会で話題になったテーマにノースカロライナ州の通称「トイレ法」がありました。これは、2016年にノースカロライナ州で、本人が認識している自分の性別に合わせたトイレの使用を禁じ、出生証明書に記載された性別に合わせたトイレ使用を義務付ける州法が成立したものです。

このため、LGBTへの人権侵害だとして、プロバスケットボールリーグ(NBA)によるオールスターゲーム、全米大学体育協会(NCAA)などが、同州で予定していた試合会場を州外に変更するといった事態に発展しました。スポーツイベントが盛んで、観客も多く見込める米国では、これが大きな経済的損失につながりました。いろいろな議論がありましたが、最終的に2017年にトイレ法は撤回されました。

こういったことが起こるくらいですから、同じ米国でも保守的な地域では、LGBTが必ずしも快く受け入れられているとはいえない場合があります。しかし、だからこそ、LGBTへの取り組みをすれば、観光地域として競争力を持つ状況にあります。

最初に何から始めるべきか

では、これからLGBTに取り組む場合、最初に何をすべきか。また、保守層が多く地域住民の反対が予想される場合はどう対応すればよいのでしょうか。

先進地域からは、地域内のLGBTの人に意見を聞くべきという回答がありました。多くの地域ではコミュニティの中にゲイバーなどがあるはずで、まずはその人たちに意見を求めるということです。また、国際的なホテルチェーンも、グローバルレベルでの対応ノウハウを持っていることから、中心的存在になるとの話もありました。

これらは日本でも参考にできるはずです。日本では、宿泊施設や観光施設などで個別にLGBTへの取り組みが進みつつあるものの、観光地域全体としてLGBTフレンドリーといえる地域はまだないと思われます。すべての地域が同じ水準でスタートラインを切るということは難しいとは思いますが、ビジネスチャンスの意味でも価値があります。

いかがでしょうか。LGBTへの取り組みは、米国だけではなく、カナダや欧州でも始まっています。日本では、インバウンド旅行者に力を入れていますが、その観点からも世界が競合であり、DMOは世界的な動向も把握し続けておく必要があるでしょう。

丸山芳子(まるやま よしこ)

丸山芳子(まるやま よしこ)

ワールド・ビジネス・アソシエイツ チーフ・コンサルタント、中小企業診断士。UNWTO(国連世界観光機関)や海外のDMOの調査、国内での地域支援など、観光に関して豊富な実績を有する海外DMOに関する専門家。特に米国のDMOの活動等に関し、米国、欧州各地のDMOと幅広いネットワークを持つ。DMO業界団体であるDestination International主催のDMO幹部向け資格「CDME(Certified Destination Management Executive)」の取得者。企業勤務時代は、調査・分析、プロモーションなどの分野でも活躍。

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