新潟県妙高市は、「新型コロナウイルス感染症を克服する新たな日本の観光地域づくり」と題したシンポジウムを主催した。同市は、観光地地域づくり法人(DMO)の妙高ツーリズムマネージメントを中心に、行政と地域医療との連携を組み込んだ市民主体のウィズコロナ時代の観光戦略を策定。その取り組みを「妙高モデル」として発信し、国内旅行市場、そして将来のインバウンド市場で選ばれる観光地を目指している。
地域医療機関との連携で安心安全の観光地に
シンポジウム開催に先立ち挨拶に立った妙高市の入村明市長は、「妙高は観光で大きな恩恵を受けてきたが、コロナ禍で大打撃を受けている。地域経済をなんとか立ち直らせ、次世代につなげていくことが私達の大きな役割。安心して選ばれる観光地づくりを進め、まず国内需要を喚起し、次にインバウンドの取り込みを図り、リピーター拡大を進めていく」と話し、安心安全を中心に据えた妙高モデルの意義を強調した。
妙高市では、「妙高モデル」構築のために、4つの基本アクションを定めている。まず、行政が中心となり、国が定めたガイドラインの徹底を進める。そのうえで、市民の命を守る3つの行動として、1.接触確認アプリ「COCOA」の全市民への加入、2.免疫力を高める食と運動の推進、3.感染者への誹謗中傷の防止に力を入れ、市民の感染防止意識を高める。
市民の感染防止策を進めながら、安心安全の観光地づくりに向けて、妙高ツーリズムマネージメントが地域医療機関と連携。独自のガイドラインを策定し、観光事業者に対する感染対策の実施状況を調査するとももに、その取り組みの徹底を促していく。パネルディカッションに参加した「けいなん総合病院」病院長の政二文明氏は「選ばれる観光地になるためには、安心してアクセスできる医療機関があることは大切なこと」と明言。観光振興に医療機関がステークホルダー加わる意義を強調した。
また、妙高ツーリズムマネージメントは、ガイドラインを遵守している施設や店舗に認定書と合格マークステッカーを配布し、市民と観光客の安心を担保する。
さらに、市内の観光従事者への感染防止対策強化として、定期的にPCR検査や抗原検査を受けられる体制を構築する。
コロナ禍では、非日常体験よりも感染リスクを選択基準として重視すると見られることから、妙高市では「誘客につなげるためには、安心安全の見える化」を進めていくことに注力していく。
妙高モデルを日本のスタンダードに
今後の観光地形成に向けては、妙高ツーリズムマネージメントが5段階で観光戦略を進めていく計画。ステップ1は、現在取り組んでいる「安心安全の見える化」。ステップ2は「安心安全の旅の提供」。ステップ3は「国内向けのプロモーション展開」。ステップ4は、入国制限解除後、国と県と連携した「海外向けキャンペーンの展開」。そして、ステップ5として「妙高モデルを日本の新たなスタンダードモデル」にしていく。
妙高市では、他地域と同様にコロナ禍で大きな打撃を受けている。特に、主要マーケットのひとつである夏の合宿の中止が相次いだ。インバウンド市場については、ウインタースポーツ目的の旅行者が2011年度から2018年度にかけて4倍に増加。しかし、今シーズンはほぼゼロを見込む。そのような厳しい減少の中、妙高ツーリズムマネージメント副会長の鴨井茂人氏は、パネルディスカッションで「この妙高モデルを全国に発信し、日本のスタンダードモデルとして、国内、そして海外からの旅行者を呼び込んでいく」と将来を見据えた。
接触確認アプリの普及と観光従事者への検査でリスク低減
シンポジウムでは、筑波大学ビジネス科学研究群の倉橋節也教授が「コロナウイルス感染拡大のリスクを軽減するための観光地モデルについて」というテーマで基調講演を行った。倉橋教授は、観光地の人口合成データを利用して、PCR検査や濃厚接触者の追跡調査による感染拡大リスクの軽減について研究・提言を行っている。
倉橋教授は、研究テーマの目的について、「これまで新型コロナウイルス感染予防のために、手洗い、マスク、3密回避、テレワーク、時差出勤などさまざまな取り組みが行われてきたが、数字的根拠がなったことから、そのリスク軽減を可視化すること」と説明した。
研究の主眼は、人ひとりを新型コロナウイルスのエージェントとして模擬し、コンピューター上で移動させることで、各種予防効果を比較すること。中程度の粒度モデルで、個人や社会の動きを再現して、具体的な予防策を探っていく。
観光地モデルとしての研究では、人口3200人の架空の町を実際の観光地としてシミュレーション。この町に毎週1人の割合で感染者が含まれていたと仮定し、重症者の数がどうなるかを試算したところ、対策を全くとらなかった場合、観光客が来なかったときと比べて、重症者の数は2.12倍。一方、感染対策をとったうえで、濃厚接触者を80%追跡した場合、1.27倍に抑えることができる。さらに、接触確認アプリの活用が進めば、濃厚接触者の追跡が進むことから、その倍率は1.06倍にまで低減可能。つまり、的確に追跡できれば、観光客が入らない場合と同じ環境が保てることが分かったという。
そのうえで、倉橋教授は今回、上越市中郷区を含めた「妙高モデル」として、6000人分の世帯、年齢など人口構成、産業別の就業者数、学校、高齢者の活動サークルなどをベースに、さまざまな感染対策を加えて、人の移動について数千回シミレーションを行った。
その結果として、妙高市では複合予防策として、接触確認アプリを市民で80%、来訪者で100%普及させ、高齢者との接触機会(高齢者間も含めて)を25%まで低減することができれば、観光従事者への定期検査は2週間ごとに半数の人への検査だけで大きな効果を得ることができると説明した。
このモデルは、毎週1人の感染者が妙高市を訪れ、また、観光従事者のなかでも感染者と接触するリスクが高い人を検査することが前提。そのうえで、倉橋教授は「シミュレーションでは正確さを追求するが、未来は常に不確定なもの。カギは、来訪地域の感染状況と、検査すべき観光従事者がどれくらい感染リスクが高いのかを考慮しながら、対策を柔軟に修正していくこと」と強調した。