国連の持続可能な開発目標(SDGs)の社会的なムーブメントの高まりに合わせて、観光産業でもサステナブルツーリズムへの関心がさらに高まっている。コロナ前からその取り組みは各所で胎動していたが、コロナ禍で加速、アフターコロナに向けて拡大している。日本でも活動が活発化。その最先端を行くのが、4年連続で持続可能な観光地の国際的な認証団体 「グリーン・デスティネーションズ」の持続可能な観光地100選に選出され、日本で唯一「ブロンズ賞」を受賞している岩手県釜石市だ。
サステナブルツーリズムの本質とは何か?同市でサステナブルツーリズムを牽引する地域DMO「かまいしDMC」の活動から探ってみた。
観光振興ビジョンでGSTC認証取得を目標に
釜石市は2017年、観光振興ビジョン「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」を策定。そのなかで、施策の柱のひとつとして「サステナブルツーリズム」を掲げた。かまいしDMC代表取締役の河東英宜氏は、そのビジョンについて「東日本大震災からの復興の総仕上げ」と説明する。
具体的な目標として、日本で最初に世界持続可能観光協議会(GSTC)の観光地認証を取得することを明記した。かまいしDMCリージョナル・コーデイネーターの久保竜太氏は「ありのままの観光資源で稼ぐマーケティングと、その資源を保全していく取り組みのバランスを取っていく。そのための具体的な手段がGSTC認証の取得」と話す。
GSTC(Global Sustainable Tourism Council: グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)とは、持続可能な観光の推進と持続可能な観光の国際基準を作ることを目的に2007年に発足した国際非営利団体。そのサステナブルツーリズム指標は、世界観光機関(UNWTO)のもとで開発された世界的な認証制度として位置付けられている。日本でも、観光庁がGSTC指標をベースに「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を開発している。
そのGSTC認証を取得する機関として認定されているのが、オランダの「グリーン・デスティネーションズ」だ。毎年、顕著なサステナブルツーリズムの取り組みを行なっている地域を「トップ100選」として選出。2021年は日本から釜石市をはじめ12地域が選ばれた。
しかし、トップ100選に選ばれても、GSTCの認証が認められたわけではない。それは、あくまで「よくがんばりました」という表彰にしかすぎない。言い換えれば、GSTC認証取得に向けたモチベーションを高めるもの。最終ゴールまでの道のりは長く、これまでにGSTC認証を受けたのは世界でも米コロラド州のヴェイルとブレッケンリッジ、オランダのハウウェン=ドイフェラントの3地域だけというハードルの高さだ。
グリーン・デスティネーションズの評価基準とは
グリーン・デスティネーションズ認証には合計100項目の評価基準が設定されている。久保氏はその和訳など基礎資料を整備し、その仕組みを啓蒙するなど日本で先駆的な役割を果たしてきた。
評価基準は細かく分類されており、大枠として「観光地マネージメント」「自然と景観」「環境と気候変動」「文化と伝統」「社会福祉」「ビジネスとホスピタリティ」に分けられ、それぞれにサブ項目が設けら、さらに具体的な基準が枝分かれする。
例えば、「観光地マネージメント」では、「責任と組織」「計画と開発」などのサブ項目があり、さらに「責任と組織」では「サステナビリティ・コーディネーターの設置」「運営体制」「ビジョン」などの基準に枝分かれしている。
トップ100選については、1年目は、100項目中のコア項目である30項目のうち15項目の審査で60%を満たすと1次審査を通過。2次審査でGood practice story(優良事例)を提出し、それにパスするとその年のトップ100選に選ばれる。
トップ100選の次の段階が本編の認証プログラム。基準のクリア度合いによって「ブロンズ」「シルバー」「プラチナ」が設けられており、ブロンズは100項目中の60%クリアで取得。その後、それぞれ10%ずつ上乗せされ、90%クリアのプラチナの先にようやくGSTC認証にたどり着く。
釜石市は2019年に「ブロンズ賞」を受賞。2021年はわずかに「シルバー賞」には届かなかった。審査は2年に1回のため、今後順調に段階をクリアしてもGSTC認証取得まで最低8年はかかる計算だ。
持続可能な観光地経営とは、マーケティングとマネージメント
久保氏は「サステナブルツーリズムやSDGsと言っておけば、これから勝てると思っている地域があるが、そうではない」と話す。
ハイキングやサイクリングをサステナブルツーリズムと位置付けたり、ペットボトルを使わないツアーを打ち出したりしても、持続可能な観光地にはならない。久保氏は「それは単にアプリケーションの話」と明快だ。
持続可能な観光地経営のためには、マーケティングを支えるマネージメント力が必要になる。GSTC認証も、マーケティングのツールではなく、デスティネーションマネージメント力を高めていくためのものだ。久保氏は、サステナビリティ・コーディネーターとして日本各地のDMOのコンサルティングも行うが、「その誤解を解くことから、サステナブルツーリズムの話を始める必要がある」という。
マーケティングで稼いでいくための戦略、資金調達、プロダクト開発、ステークホルダーとの関係性などのマネージメント力の質を上げていくことで、「稼ぐ力」が増し、利益の純度が高まり、さらに旅行者の満足度も上がる。久保氏は「マーケティングとマネージメントを両輪として回していくことで、持続可能な観光地経営が可能になる」と強調する。DMOの「M」は「Marketing」であり、「Management」であること今一度考えるべきということだ。
震災復興からサステナブルツーリズムへ
なぜ、釜石市が日本のサステナブルツーリズムで先頭を走ることが可能になったのだろうか。観光振興ビジョンのなかでGSTC認証取得を掲げた理由はどこにあるのだろうか。
「それは震災ですべてがリセットされたから」と久保氏は話す。釜石市も東日本大震災で壊滅的な被害を受け、町や暮らしが喪失した。震災後、町づくりを進めていくうえで、ただ元に戻すのではなく、新しい町のあり方を考えていくなかで、「サステナブルツーリズム」にたどり着いた。
釜石出身の久保氏は、震災後、釜石市の復興・まちづくりを支援する団体「釜援隊」に参加。観光コーディーネーターとして活動するなかで、将来に向けて持続可能な釜石の町をつくり上げていくためのサステナブルツーリズムに着目したという。その考えを持ちながら、観光振興ビジョン「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」の策定にも加わった。
釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想とは、文字通り釜石全体を博物館と捉える考え方。河東氏は「観光の目玉となるものがない釜石で、製鉄をはじめとする歴史、復興の過程からの防災学習、そのなかでの人々の生き様、未来に向けた活動などを展示物として捉えている」と説明する。
人が中心のサステナブルツーリズム
その構想の核となるは「人」だ。
久保氏は「釜石市民が観光に関わることが、町の持続可能な成長には大切」と力説する。市民が観光に関わることで、市民が元気になり、観光に対して肯定的になり、釜石に愛着が生まれてくる。かまいしDMCのKPIは「釜石市民が釜石に住むことに誇りを持つこと。釜石に人を呼び込みたいと思う割合を増やすこと」だ。
釜石との「つながり人口」が増えれば、町が魅力的になり、町に引き寄せられる「つながり人口」も増える。この循環を作り出していくことが、かまいしDMCの成功の定義だという。
その交流の土台は震災直後から作られていた。災害ボランティアの存在だ。釜石の復興を支援したボランティアは、繰り返し釜石を訪れ、地域の人を支援するだけでなく、交流も深めた。町として貴重な存在だっただけでなく、ボランティアも釜石から何かしらのエネルギーをもらって帰っていく。釜石には、そういった与え、与えられる原体験がある。
久保氏は「ボランティアは、理想的なレスポンシブル・トラベラー」と話す。ボランティア活動がなくても、釜石に継続して訪れ、地域の重要なプレイヤーになる。「それがサステナブルな成長につながる」(久保氏)。かまいしDMC社員22人のうち、実に11人が他地域からのIターンだ。
かまいしDMCでは、その流れを受け継ぎ、修学旅行や企業研修の受け入れを積極的に進めている。企業研修では地域の課題を解決する機会を設けることもあるという。「それが、コロナ禍ではワーケーションという形に発展している」と河東氏は話し、「釜石の支援のつもりが、何か新しいことに気づき、逆に学びを得て帰ることも多いようだ」と明かす。
久保氏によると、GSTC認証を取得した米国のヴェイルは、取得による最大の効果はスタッフの質が上がったことと話しているという。かまいしDMCでも、GSTC認証の取得に向けた活動を進めていくなかで、スタッフはJSTS-D などを活用してトレーニングを重ね、サステナブルツーリズムの適切な知識で各事業を展開できるようになった。久保氏も「マネージメントの質が上がっている」と手応えを示す。
津波で壊滅した鵜住居町に建てられた「釜石祈りのパーク」のモニュメントには、ある言葉が刻まれている。『子どもたちに、自然と共に在るすべての人に、災害から学んだ生き抜く知恵を、語り継ぐ』。「サステナビリティは、この言葉に集約されているような気がする」と久保氏。語り継ぐことは可能性を持続していくこと。釜石でサステナブルツーリズムが果たす役割は大きい。
トラベルジャーナリスト 山田友樹