
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)はこのほど、経済調査会社オックスフォード・エコノミクスと共同で実施したツーリズムの経済的影響に関する経済影響調査(EIR)の発表にともない、オンライン記者会見を実施した。WTTCのジュリア・シンプソン会長兼CEOが調査概要と今後の展望、地域別の分析、最新トレンドを解説。その内容をレポートする。 ※冒頭写真:WTTCのジュリア・シンプソン会長兼CEO
観光産業の経済貢献、2035年には16.5兆ドルへ
WTTCの経済予測によると、2025年の世界経済における観光産業による貢献額は11兆7000億ドル(約1708兆円、世界GDPの10.3%)に達する。観光産業の雇用は1400万人増加し、世界全体では3億7100万人になる見込みだ。
シンプソン会長兼CEOは、特に注目すべき内容として「国際観光客(国境を超える旅行者)の支出の回復」をあげた。2025年には過去最高の2兆1000億(約307兆円)ドルに達し、パンデミック前である2019年1兆9000億ドル(約279兆円)を上回る金額となる。「この分野はパンデミック以降、回復に時間がかかったが、その傾向は変わりつつある。生活費上昇や経済的不確実性にもかかわらず、旅行者はこれまで以上に多くを支出している」と指摘した。ただし、回復には地域差があり、米国、中国、ドイツなどの主要市場ではパンデミック前の水準に完全には戻っていない。
2025年の経済影響予測(発表資料より)
長期予測では、2035年までに観光産業の経済貢献は16兆5000億ドル(約2409兆円、世界経済の11.5%)に拡大。世界経済の平均成長率2.5%を上回る年率3.5%で成長し、4億6000万人(世界の8人に1人)の雇用を支えると予測されている。海外旅行支出額は年平均成長率(CAGR)3.4%で2兆9000億ドル(約423兆4000億円)に、国内旅行支出額も同様に3.3%で7兆7000億ドル(約481兆8000円)に達する見込みだ。
2035年の経済影響予測(発表資料より)
シンプソン会長兼CEOは、アメリカや中国などの主要国の旅行・観光経済は完全には回復しておらず、観光産業の回復が不均一である現状を踏まえ、政府が観光産業の経済的重要性を認識する必要性を強調した。最新調査によれば、観光産業は世界各国の税収に3兆ドル(約438兆円)以上貢献しているという。
「政府が観光産業の成長を支援するために最も重要なのは、不要な規制や過剰な税金を見直すこと」と指摘。例として、中国の簡易ビザ制度や有効期間延長を評価する一方、イギリスのETA導入や値上げには懸念を示した。「旅行に対する感情が世界的にややネガティブになっている今、障壁を取り除くことを目指すべき」と述べた。
関税問題と中国の影響力、アジアと中東が成長を牽引
会見の質疑応答で、シンプソン会長兼CEOは関税や貿易戦争が観光産業に与える影響についても言及。「現在は非常に不確実な時期であり、今年の予測を大きく変更することは適切ではない」と説明し、その理由として、今年の予測にはすでに確定済みの予約が多数含まれている点を挙げた。現状は短期的なものであり、市場が再び上昇した後、再度下がる可能性もあると指摘。また、もしアメリカと他国との間で貿易協定が結ばれ始めた場合、状況が落ち着く可能性があるが、それには大きな疑問符がついているとした。
関税問題が中国に与える影響については、「貿易戦争の問題は不確定要素が多く、どこでどのように落ち着くかは分からない。最終的に中国の観光市場は米国を追い抜き、最大の観光市場となると予測している」と述べた。
地域別にみると、アジア太平洋地域の好調の背景には、AIや新技術の活用があるとみている。シンプソン会長兼CEOは「スマートフォンひとつで個人の旅行ニーズを把握し、ワンタッチで取引が完了できるようになる。テクノロジーを受け入れない政府は確実に取り残される」と警告した。
中東では、特にサウジアラビアが8000億ドル(約116兆8000億円)以上を観光に投資し、ギガプロジェクトなど注目すべき取り組みを展開していることに触れ、「高学歴の若年層人口を抱える注目すべき国」と評価した。ドバイも現在、記録的な数字を達成して順調に進んでいる。インドも経済成長が著しく、タタグループが運営するエア・インディアが優れた成果を上げているなど、インフラ整備の進展により観光へも大きな可能性を秘めているという。
2024年の地域別、観光産業のGDP貢献(発表資料より)
2024年の地域別、観光産業の雇用数 (発表資料より)
重要なトレンドは、「ラグジュアリー」「ウェルネス」「女性ひとり旅」
シンプソン会長兼CEOは観光産業の未来における重要なトレンドにも言及。ビジネストラベルは予想よりも早く回復した。困難な時期でも会議や取引を進めようとする人々が飛び回ったことで、順調に推移しているという。
注目すべきトレンドはラグジュアリー部門で、特にヨーロッパや中国では既存の中級ホテルが高級化する傾向がある。以前は3〜4つ星だった物件が、パンデミック期間に投資してラグジュアリーへと転換した物件が多く見られる。
ウェルビーイングへの関心の高まりも注目すべき点だ。特に「長寿」の概念が重要視されており、自然との調和を求める人々が増えている。これはパンデミック後に始まったトレンドであり、今後も続くと見込まれる。自然も大きなキーワードで、人々はデバイスやスマートフォンに依存する日常から離れた自然の中で、地元の人々や文化と触れ合いと考えており、本物の体験を求める傾向が強まっている。
また、3世代での家族旅行が増え、非常に人気となっている。さらに、64歳以上の独身女性が一人で旅行する傾向も高まっているという。
AIの進化により観光産業にも変革が訪れている。観光産業は、AIの影響を受ける職種の一つで、バックオフィス業務が置き換えられる一方、フロントラインで直接人々を迎え、グリーティングするなどの接客サービスの価値も高まっている。「Z世代は完全自動化を好む層もいるが、多くの人は旅行中の人との触れ合いを望んでいる」と指摘。AIの台頭によって多くの仕事が失われるのではないかと心配する向きもあるが、WTTCの報告書では、今後10年間で観光産業におよそ1億人の新たな雇用が創出されると予測しているとし、観光の経済への貢献を力説した。
最後に、シンプソン会長兼CEOは、観光産業の80%を占める中小企業の重要性を強調。WTTCはこれらの企業支援のためにデジタルプラットフォーム「Together in Travel」を立ち上げており、将来的には金融サービスやトレーニングなどの有料サービスも提供する計画だと述べた。
※「海外旅行」の表現は、海を渡る国境越えだけでなく、欧州のように陸続きでの場合も含め、日本語としての国境を超える旅行の通念的な表現として用いています。
※ドル円換算は1ドル146円でトラベルボイス編集部が算出