今年のオンライン旅行を「観光×IT」有識者6人が展望、民泊からマイナンバーまで -トラベルボイス座談会

2015年後半から始まった「民泊」で規制論議は、どういう決着を見るのか。オンラインの流通はさらに変化と進化を遂げるのか。世界的な業界再編は、日本のオンライン旅行事業にも影響を与えるのか――?

「観光×IT」に関わる企業・団体の有識者が集結して行った座談会、後編は2016年について展望について。座談会では示唆に富む業界俯瞰が飛び交った。

前回記事はこちら>>> トラベルボイス座談会、「観光×IT」有識者6人が今年のオンライン旅行を振り返る

参加者(順不同):

  • グーグル 旅行業界担当インダストリーアナリスト 香川美菜氏
  • ヤフー トラベルサービスマネージャー 西田裕志氏
  • エクスペディア・ジャパン マーケティングディレクター 木村奈津子氏
  • エストニア政府観光局 日本支局長 山口功作氏
  • エボラブルアジア 取締役CMO 松濤徹氏
  • ベンチャーリパブリック 取締役 西村博行氏

進行:トラベルボイス編集部 山岡薫

*以下、敬称略

どうなる民泊、既存事業者圧迫?パイ拡大?

山岡 トラベルボイスの2015年閲覧ランランキングでも、いわゆる「民泊」をキーワードとする記事が上位に多く入りました。宿泊施設の不足が懸念されているなか、現在そのあり方について議論が進められています。エクスペディアも「ホームアウェイ」を買収しました。シェアリングエコノミーという新しいビジネスモデルは日本ではどう展開していくと思われますか。

木村 これまでは同業他社であるOTAを買収し、新たな供給商品の拡大というよりも、それぞれのブランドに流入している顧客獲得を主目的とした傾向にありましたが、今回のホームアウェイに関しては、新しい形の買収であると思います。

山口 民泊については行政からも業界からもものすごく問い合わせが多くなっている。市場のなかで、ビジネスの機会は均等であるべきだと思うんですが、旅館業法はなんのための法律かを考えたとき、それは消費者を保護するためのものじゃないですか。その意味では、保険の整備が優先されるべきではないですかねえ。

それから、シェアリングで本格的に稼ぐ人は少ない。小遣い稼ぎ程度だと思うんですけど、それでも納税の仕組みも整備もしないと、既存の事業者と公平な立場にならない。そのためには市場参入の要件として、プラットフォーム事業者はホストにマイナンバーを登録してもらうことも考えるべきだと思います。

西村 マンションの場合には管理組合との関係も問題になってますよね。実態の方が先に進んでいるから、それをどのようにバルブ調整していくか。個人的には、2016年はバルブが開きつつも五輪前までバタバタする気がするんです。その後、大手も含めて一気に流れ出す。

山口 この流れはもう戻せないでしょう。プラットフォーム側も、事業拡大のためには成長の障壁となりうるものに対して積極的に対策を講じていくべき。既存の事業者は、事業モデルで分からない部分がまだ多いために危機感があるでしょうね。

松濤 日本の首相が、この案件について言及したということは、ほかの案件に比べると早いスピードで進むんじゃないですか。

香川 シェアリングエコノミーは、パイを広げることはあっても、既存の事業を害するとは思えないですよ。OTAとしてはシェアリングをどう見ているんですか?

木村 エクスペディアは実際に取り込みましたから。マーケットを広げるという意味での買収だと思いますよ。

西田 不動産会社が空き部屋を活用するのと、いわゆる民泊とはジャンルが違うのでは。民泊は体験のひとつだと思うんです。Airbnbなどは、現地体験ができるから、旅行の楽しさが広がる。Yahoo! トラベルとしても、部屋不足の中で、きちんと法整備されてから、泊まれる在庫のひとつとして検討してきたいですね。

ヤフーでは、今年震災復興支援のサイクリングイベント「ツール・ド・東北」で、3年目にして初めて民泊を有償で提供しました。

西村 民泊ではホストがその土地のガイド役にもなりうることを考えれば、ベンチャーリパブリックの「たびねす」では、その人にブロガーになって記事を書いてもらい、そこから予約につなげるモデルもありえるかな。

木村 民泊に限らず、個人が情報を発信できる環境が整ってきましたよね。ある分野にすごく詳しい個人が値段をつけて、外国人観光客をその分野で案内する新しいサービスも出てきました。例えば、美術館に詳しい人が東京の主要な美術館を巡り案内するなど。日本の家庭料理を一般宅で提供するようなこともあるようですよ。個人がサービスを提供するビジネスが確実に増えていますよね。

山口 エストニアの場合、調理師免許は日本ほど厳しくないので、主婦がプラットフォームに登録して、パーティーなどで料理を提供するケータリングサービスもあります。

2016年を予想、オンライン旅行事業に何が起こる?

山岡 2016年に注目していることを教えて下さい。

香川 まずはインバウンド。外国人がゴールデンルート以外にどのような関心を持つか、その動向を引き続き注視してきたいですね。例えば2015年の札幌雪まつり、軍艦島などは検索数が非常に上がりました。こうした外国人の関心が高まるイベントや観光地が日本全国に出てくるんじゃないでしょうか。

日本人の検索では、「暮らすように旅をする」ように、旅の多様化が現れ始めたので、それが今年も注目ですね。日本国内では、OTAのブランド検索が多くなっています。旅行の目的が細分化されているなか、検索キーワードも細分化されてきている。たとえば、はじめからホテルや航空会社のブランド名を検索し、さらにそのホームページのなかで必要な情報を検索する傾向が強くなっています。この傾向はますます加速するのではないかと予想しています。

西田 同じようにアプリシフトも進んでいますよね。これもブランドのアプリをダウンロードしておいて、そこで検索する手法ですよね。

香川 モバイルアプリとモバイルブラウザーでどういう住み分けがされるのか議論がありますけど、グーグルとしては、アプリ検索は増え、ブラウザーからの検索も継続するだろうと見ています。旅行は比較する商材が多いので、ひとつのブランドのアプリですべてが完結することはないのではないかと。

木村 エクスペディアとしては、モバイルシフトへのトレンドを受け、マルチディバイスの対応を引き続き強化していきます。モバイルで検索、PCでの予約が中心になっているなかで、そこのシームレス化をさらに進めていく予定です。

また、簡単に多くのサイトの価格比較が出来るメタサーチのサイトが強くなっているなか、エクスペディアをダイレクトに指名してくれるロイヤリティ顧客をどのように増やしていくかも課題ですね。それには価格以上の付加価値をつけていかなければならないと思っています。

西田 Yahoo! トラベルはPCのヤフーから来ている人がほとんどで、Yahoo!トラベルを利用しているという意識が低かったんですが、Tポイントを含めてリニューアルを進めた結果、認知度も上がってきた。今後はさらにその認知を高めて、スマホでの利用を増やしていきたいですね。メタサーチ的な部分については、さらに見やすくしていく必要があると思っています。

それから、ユニークな在庫や価格も引き続きいろいろな手法で充実させていきたいですね。気になるのは春節など中国の休み期間。特に花見シーズンですね。インバウンドはやっていませんが、日中両方の旅行会社経由で中国人旅行者からの予約もあるので注意深く見ていきたいと思っています。

山口 私は、法整備も含めて日本のデータ利用がどうなっていくかに関心があります。エストニアはシェンゲン協定国なので、入国のデータは宿泊施設からの情報に頼らざるを得ず、実際の統計が取れないんですが、新しい試みとして、携帯電話の電源が入ると、それがどこの国で発行されたSIMカードかの統計を取り始めたんです。この方法を使えば、さらにはイベントなどでも、その前後の人の動きもビジュアル化できるので、それにもとづいてバスの本数や警察官の配置なども決めることができる。

レイヤーによっては、個人情報はもうあってないようなものだと言ってもいい。政府よりも "ネット" のほうが個人のことをよく知っていますよ。

西村 ベンチャーリパブリックはメタサーチがベースですが、現在コンテンツに軸足を置いています。とはいえ、メタサーチの機能アップは欠かせない。予約が取れない宿泊施設が増えているなか、「取れるメタサーチ」にならなければいけないと思っています。コンテンツでは、そこに行きたいを思わせるエッジの効いたものを提供していきたいと思っています。

航空関連について言うと、各空港のコンセッションに合わせて着陸料の見直しも起こるかもしれない。そうなると、LCCよりさらに進んだVLCC(Very Low Cost Carrier)が出てくるかもしれない。また、エア・アジア・ジャパンの動きも気になります。楽天がからんでいるので、ダイナミックパッケージなど何かしらの動きも出てくるのではないかと想像しています。地方空港では訪日旅行者が増えて、その都市の宿不足が進むことで、民泊などへの動きにも影響が出てくるかもしれません。

また、支払いの部分でフィンテック(金融テクノロジー)の活用にも注目しています。ブッキングの際、クレジットギャランティーだけでノーショーを防ぐためにはどうしたらいいのか。日本の慣習が続くのか、打ち破られるのか。2016年はフィンテック元年になるのではないかと考えています。為替も気になりますね。2016年は円高リスクが高くなるかもしれません。

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松濤 国内線の航空券を提供しているOTAとしては、国内航空の強い需要に期待しています。大きなイベントも多いですので、移動は増えると思いますし、その人の移動を便利にするなかで、事業を大きくしていきたいと思っています。

それから、2016年はテクノロジー分野への投資が確実に増えていくでしょう。私たちのアジアのエンジニアリソースを日本だけでなく世界の企業に提供していく。これをさらに加速していく考えです。

山口 エージェントは自社の顧客データはあるものの、全体を把握しようとする解析ツールやオペレーターからの情報などまだ普及が進んでいないように思えます。

松濤 ヤフーはデータアナリストを抱えて、広告事業に生かしているし、ニーズがあればそれをクライアントに提供する事業をしているし、グーグルはアナリティクスというサービスもある。そうしたツールの利用がさらにすすむといいですね。弊社は、開発をしたい人にエンジニアを送ってシステムをつくるチームをつくる。それのデータを分析するところをリソースとして提供しているのは少ない。

香川 グーグルアナリティクス(ウェブ解析ツール)を提供しているが、使いこなせる人はまだ少ない。やりたいけどやれない。デジタルに親しんでいない場合、マインドセットを変えるのが難しいのではないか。

松濤 現場ではマインドセットの変化は徐々に起きていて、何かを決める時、しっかりとA/Bテストを行い、改善していく傾向が出ている。外資OTAの成功例を見ながら。

香川 変われた人と変われない人の差が大きい。その人たちの間にはいるサービスの提供もありかな。

山口 テクノロジーで言うと、電子署名も注目ですね。これが使えるようになると、OTAはクレジットカードの入金でOKにするのではなく、契約書へのサインも求めていくようになるのではないかと思っています。

また、日本政府が外国人向けのIDカードを発行して、ジャパンロイヤルティーカード的にして、ポイントなどを付けてリピーターを促す仕組みが五輪前あたりには出てくるかもしれません。

西村 オンライン旅行全体で言うと、これまではグーグルさんが脅威だった。何か新しいことをやってくるのではないかと。しかし、2015年はプライスラインが、買収の成功によって、大きな存在になってきたと思うんです。

松濤 その成功事例を見ていると、日本のオンライン旅行事業でもそういった再編が起こってもおかしくないかもしれませんよ。

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座談会の話題は尽きないものの、今回はここまで。観光とITが交差するオンライン旅行の分野は、今年も変化と進化のスピードが加速していくことだろう。ICT技術の進化で変化する旅行者の行動にも注目だ。こうしたトレンドに注目することは、旅行・観光ビジネスの推進で欠かせない時代を迎えている。


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