他言語通訳/翻訳サービスを展開するブリックス社が「インバウンド・セミナー」を開催。各方面から有識者を招き、持続可能なインバウンド旅行ビジネスについての議論を深めた。パネルディスカッションでは「日本と世界とのギャップ」をテーマに、パネリストそれぞれの立場から、日本が抱える課題と将来の展望について意見を交換した。
<パネリスト>
- 日本政府観光局(JNTO) 海外プロモーション部部長 平田幸氏
- 東洋大学 国際地域学部国際観光学科准教授 矢ケ崎紀子氏
- 京都市産業観光局 観光MICE推進室 MICE戦略推進担当部長 三重野真代氏
- Uber Japan執行役員社長 髙橋正巳氏
<ファシリテーター>
- トラベルボイス 代表取締役社長CEO 鶴本浩司
ギャップ:日本と世界、観光産業でのギャップは?
2015年の訪日旅行者数は前年比47%増の1974万人と訪日市場は活況を呈しているように見える。そこで、ファシリテーターから「そこにはいろいろなギャップがあるのではないか」と問題提起。昨年の旅行デジタルの国際会議フォーカスライト・カンファレンスで議論となった「unhotel」というキーワードを紹介し、「個人の部屋に泊まる民泊、別荘の貸出、クルーザーでの宿泊などホテル以外の宿泊機会が増え、従来のスタイルとはギャップが生まれている」と市場の変化に言及した。
パネルディスカッションではまず、そうした観光ビジネスの変化のなかで生まれている日本と世界とのギャップについてそれぞれの見解が発表された。
JNTO平田氏
2015年にインバウンドがアウトバウンドを上回ったことについて触れ、「日本も普通の国になった」と指摘する一方、アウトが頭打ちになっている現状に危機感を示し、「それはインにも影響を与え、日本の国際化の衰えにつながりかねない」と発言。現在の世界とのギャップは「日本人の外国人対するメンタリティにある」とした。
京都市 三重野氏
観光ではギャップも魅力としたうえで、「埋めるべきギャップと埋めなくていいギャップの見極めが必要ではないか」と話し、埋めるべきギャップとして地域のDMOを挙げた。
Uber Japan 髙橋氏
ユーザー視点でのギャップに言及。「Airbnbなどは海外では当たり前のサービスになっている。海外で普及しているサービスが日本では広がっていない」と指摘し、言葉の壁を取り払って、シンプルにサービスにアクセスできる環境を整える重要性を強調した。
東洋大学 矢ケ崎氏
「観光先進国と比べて、日本は観光立国に向けて腹がまだすわっていない」として、観光消費や経済波及効果を追いかけている現状から、スイスやオーストラリアのように、官民でベクトルを合わせ、観光による日本のブランド化を進めるべきだと提言した。同時に、MICEの取り込み、FITの受け入れでの課題も指摘した。
シェアリング:需要が高まる民泊には、いい形でルール化を
パネルディスカッションでは、日本でルール化に向けた議論が進む民泊についてもパネリスト各氏の意見を聞いた。
JNTO平田氏
需要から見た民泊について「普及の早さは、便利さと現地交流体験の欲求の高まり」と分析。「日本でもFIT化が進むなか、多くの選択肢が日本には必要ではないか」と話す。
京都市 三重野氏
現在約2,600軒がAirbnbに登録している京都市では現在、実態調査を行っており、まもなく報告を取りまとめる予定。三重野氏は、「一般的に民泊に対する住民の反応はネガティブで、マナー、ゴミ、騒音、消防などで不安は大きい」と説明した。
また、民泊については地域性があるとしたうえで、観光客の数をもっと増やしたい地域では有効なビジネスになりうる一方、「すでに年間5,500万人以上の観光客が訪れる京都では、民泊より5つ星ホテルが増える方がありがたい」と話した。ただ、実際に需要があることから、「難しい問題。新しいビジネスとしていい形でルール化して欲しい」との要望を示した。
Uber 髙橋氏
ライドシェアのプラットフォームであるUberの髙橋氏は、CtoCのシェアリングエコノミーの可能性について、「ユーザーにとってこれまでとは違う体験ができるもの」と説明。一方、供給サイドでは、眠っている財産、能力、資源を有効活用する機会をつくるサービスと説明した。
Uber Japanは現在、ライドシェアは違法性があるため行っておらず、アプリを介したタクシーやハイヤーの配車サービスを展開しているが、「世界的に見るとライドシェアが広がっており、ユーザーの利便性とともに、都市交通が抱えている問題の解決にもつながっている」と紹介した。
東洋大学 矢ケ崎氏
矢ケ崎氏は、「農家民宿が生まれた頃は問題も多かったが、現在ではそれも受け入れられている。交流型の民泊はしっかりやっていくべき」と主張。体験をシェアしたいというマーケットが生まれているなか、「新しいビジネスは新しい客を連れてくる」と話す一方、「ルールは必要。ベストプラクティスとしての実例が欲しい」との見解を示した。
課題:インとアウトが両輪となる強い産業構造を
パネリスト各氏は最後に、今後のインバウンド市場について、課題も含めて発言した。
JNTO平田氏
訪日客の集中と分散について、「すでに香港、台湾、韓国からの訪日客では地方分散が進んでいる」とし、ファーストタイマーのゴールデンルートや都市への集中を受け入れながら、「短期と長期にわけて地方分散を促していくべき」と主張した。
京都市 三重野氏
京都はゴールデンルートにあるため観光客が集中している現状をふまえ、「キャパシティーを考えながら、日本全体で訪日客の量ではなく質を変えていくと、もっと新しい結果が出てくるのではないか」と訪日政策の見直しに言及した。
Uber Japan 髙橋氏
2020年をひとつの目安として、「Uberのサービスが日本全国で利用できるようになれば」と希望を話すとともに、「世界のスタンダードをどのように日本で広めていくか。ルールは必要だが、現行法は時代に合っておらず、ITやモバイルを想定していない。その議論をもっと深めていくべき」との持論を展開した。
東洋大学 矢ケ崎氏
観光に携わる企業が連携を深め、産業体として役割を果たしいくことに期待を示した。そのためには安定した需要が必要だとし、「外的要因で需要が減ってもビジネスとして成り立つボトムラインをつくっていくことが大切」と主張。また、「日本人はもっと海外旅行に行かなければいけない。そのなかでもアジア域内での観光交流は重要」としたうえで、「日本の観光産業は、インとアウトが両輪として動き、それを国内旅行が支える強い構造を持つ必要がある」と強調した。