2016年5月末、ドイツ・ベルリンでThe IATA NDC Hackathon 2016というイベントが開催されました。今回はこのハッカソンから「テクノロジーの進展」を核とした事業効率化とサービス向上について読み解きます。(執筆:JTB総合研究所 客員研究員 野村尚司)
若手IT技術者の登竜門「ハッカソン」
2016年5月末、ドイツ・ベルリンで「The IATA NDC Hackathon 2016」というイベントが開催されました。Hackathon(以下、ハッカソン)とは、hackとmarathonを結び付けた造語で、若手システム開発者が中心となってその技を競う研究イベントとなっています。
今回は「業務出張手配」のテーマが示され3日間のイベント最終日に優秀者が決定。奨励金支給と共にスイス・ジュネーブやドバイで開催される航空産業の国際会議の場で数百社にのぼる企業バイヤーに対するプレゼンの機会が提供される副賞も贈呈されます。つまり本イベントは航空流通ビジネスのインキュベーションの場でもあるのです。
航空企業の業界団体がこうしたイベントを開催する意義とはどんなところに存在するのでしょうか??まずはその背景を知る必要があります。
従来の航空券販売では1枚の航空券を購入すると、「2地点間の航空輸送」のみならず、「機内食」「飲み物」「預託手荷物」「座席指定」など航空輸送に付随サービスもパッケージされてきました。しかしながら、近年登場した格安航空会社(以下LCC)では2地点間輸送を基本運賃とし、その他の付随サービスは必要に応じて個別販売するアカラルト販売手法を実施し、こうした合理性が消費者に受け入れられ定着してきたことから、既存航空会社でもアラカルト販売の必要性が高まってきました。
これまでの航空券販売は旅行会社によるパッケージ販売が主流であり、任意の1区間ごとに1枚の航空券を販売すればよく、販売流通上の通信規格は極めて単純な構造でした。そのため、アラカルト販売の実現にあたっては航空会社・旅行業者間をつなぐ既存の通信フォーマットでは対応が困難で、その解決が喫緊の課題となってきたのです。
こうした状況下、IATAでは次世代の販売流通通信規格を発表しました。それがNDCです。
航空券販売の変化に対応するための新通信規格:NDC
NDCとはNew Distribution Capabilityの頭文字をとった略語で、航空便の予約・発券・決済といった従来の機能に加え、その他の航空に関わる諸サービスの個別販売、さらには航空分野とは異なったさまざまな商品販売に対応する通信規格となっています。IATAではNDCの意義を下記のように説明しています。
- 業務旅行手配担当者にとって圧倒的に使いやすく・パワーアップしたシステム。
- 商品のクロスセリング、ならびに(安価な運賃検索による)ダウンセリングの実現。
- 個人のニーズに対するキメ細やかな対応。
- すべての航空会社のすべての運賃を比較し、最良の条件の航空券を提示するための開発を可能とする規格であり、それは「amazon.com」でのショッピング体験にも似た使いやすさを目指している。
以上を要約すれば、NDCは顧客との距離を近づけまた利用しやすさを追求すると同時に、旅行業者・企業サイドでの業務合理化へ向けたサポートも実現させる規格である、といえるでしょう。
ハッカソンでの開発課題とその背景
今回のハッカソン・イベントは世界の航空会社が加盟する業界団体、IATA(国際航空運送協会)が主催しています。本イベントの目的は、IATAが開発・公開しているNDC APIを使用し、ビジネストラベル領域でのより使いやすいシステムを開発することが目的となっています。
これまでの航空券流通システムを開発・運用してきたのは大手GDSを中心とした既存IT企業でしたが、今後はさらに航空領域ビジネスへの参入を促進する意味で、インターネット領域を得意分野とする新興IT企業(ならびにその技術者)を対象としたハッカソンが開催されるに至ったのです。
参加者に与えられた開発課題は2つのカテゴリー(「ビジネストラベル」と「旅行データ」)が設定され、全体で5つのチャレンジ(開発テーマ)のうちから選択するようになっています。(下図参照)
これらの開発課題から見て取れるのは、業務旅行のユーザーの利便性・操作性向上や企業の出張担当者ならびに業務代行企業の業務効率化を目指している点です。
仮にこの開発が現実化すると、航空企業などのサービス提供者による商品流通の合理化(販売費用削減ならびに直接販売機会の増大など)へ直結する可能性が高くなります。航空会社や出張を実施する顧客企業にとっては「朗報」であるのと同時に、出張業務をサポートする旅行企業などの中間業者にとっては、その事業意義が失われかねない危険性も孕んでいます。
航空商品流通の主戦場はテクノロジー領域へ
航空会社にとって、多様化する商品の効率的な流通とコスト削減は喫緊の課題です。間接販売から直接販売へのシフトは販売コスト削減や旅客(消費者)のロイヤリティ維持・向上、また経営の安定につながります。消費行動分析やプロモーション活動の効果的実施を目的としたシステム開発はその重要性を増しています。
消費者は情報化社会の進展によりスマートフォンなどモバイル機器の定着による「利便性」「操作容易性」「即時性」を求めるようになってきました。
また旅行企業側でもテクノロジーを軸とした経営戦略構築が見られるようになってきました。ExpediaやPricelineなどの大手OTAは、M&Aを積極的に推進し、被買収企業が有する個別のテクノロジーを取り込みながら、自社サイトの機能強化も併せて行っています。
(注:Expediaでは、航空券販売のOrbitz、Travelocity、旅行メタサーチエンジンのTrivago、豪州OTA最大手Wotif、民泊大手Homeaway、など。またPricelineでも宿泊予約大手Booking.com、agoda.com、旅行メタサーチエンジン大手Kayak、飲食予約大手Opentableなど)
こうしたオンライン旅行企業の状況を意識し、旅行企業でもテクノロジー企業のM&Aに踏み出し始めています。(注:欧州最大手、TUIは航空・旅行企業にサービスを提供しているドイツのソフトウエア企業、Peakworkの株式15.4%を取得)
Amazon型の快適なショッピング経験が生活の一部となり始めている消費者が増える中、販売流通費用の削減・販売機会の増加ならびにエンドユーザーとの距離を縮めたい航空企業と、業務旅行・レジャー旅行などで事業を展開する旅行企業は、今後こうした「テクノロジーの進展」を核としながら事業効率化と顧客サービスの向上を目指すのではないでしょうか。
※この解説コラム記事は、JTB総合研究所に初出掲載されたもので