少子高齢化が進む地方都市を、GPS(位置情報)ゲームとIoTでテーマパーク化する――。そんなプロジェクトが、群馬県東部の桐生市で進行している。斬新な発想だが、これは政府の地方創生加速化交付金を受けた、いわば国のお墨付きを得た事業である。先日レポートしたGPSゲーム開発による観光振興は、この事業の一部。市や民間企業、NPOなどとの連携体制で、繊維産業で栄えた伝統の街をIoTによるスマートシティとし、地域活性を図る街づくりに取り組んでいる。
構想を考案し、核となるのは、同市出身のゲームクリエイターの殿岡康永氏。「ポケモンGO」や「イングレス」などに代表されるスマートフォンのGPSゲームが、バーチャルからリアルの世界に人を動かす力を持つことは知られているところだが、こうしたゲームの開発実績を有し、仕組みを知る同氏が狙う地域活性とは? 同氏を含むプロジェクト担当者に話を聞いてきた。
伝統産業の街をゲームを核とするスマートシティに
大手IT企業を経て京都で起業し、GPSを活用した参加型体験ゲームのクリエイターとして活躍してきた殿岡氏。この20年、帰郷のたびに変わっていく街の姿に「子どもの頃の賑わいを取り戻したい」との思いを強くしていた。
「これまで培ってきた経験を活かして故郷に貢献したい」(殿岡氏)。その答えが、今回の地方創生加速化交付金活用事業。GPSゲームの「リアルな現場体験」と「バーチャルなインターネットコンテンツ」を、新たなエンターテイメントのジャンル「GPSエンターテイメント」として確立し、桐生市を舞台に展開するための基盤整備を行なう。このプラットフォームを観光誘客や地域の産業振興といった地域活性や街づくりに繋げるというのが、殿岡氏の構想だ。
では具体的に、GPSエンターテイメントが地域活性にどのように寄与するのか。これは大きく3段構えの事業となる。
まずは、(1)センサーを活用したGPSエンターテイメント事業。その先陣をきったプロジェクトが、桐生市初のスマートフォンを活用したGPS街探索型観光ゲーム「2116 feel and color」のリリースだ。このゲーム展開で、人を呼び込む観光面の効果を得るのはもちろん、ゲームに必要なインフラを街中に整備するために(2)IoT環境の構築も行なう。
同ゲームでは市内に計96個のセンサー(ビーコン)を設置したが、桐生市でこの規模のビーコンが設置されるのは初めてのこと。同ゲームは2017年3月で一区切りとなるが、センサーは今後も活用。さらに整備を推進し、仕組みを公開して、さまざまなGPSゲームが行なわれることが、殿岡氏が語る「街のテーマパーク化」の状態だ。
また、(2)IoT環境の構築で整備したインフラは、各種情報発信やセキュリティといった住民生活の向上のために利用したり、街づくりの課題解決や地域ビジネスの振興、経済循環などに活用できるビッグデータの蓄積を行なう。そしてデータ活用のために(3)IoT特化型システムの構築も行なう。
この一連の事業を推進することで、観光誘致やインフラ整備だけではなく、ゲーム関連など新しい産業やIT人材を街に呼び込むきっかけとなり、住民の利便性向上や新ビジネスの創出、雇用拡大に繋がるというのが事業全体の狙い。「桐生をIT人材やクリエイターなどが集まる先進都市とし、GPSエンターテイメントを核にしたスマートシティのモデル地区にしたい」という殿岡氏は「世界に通用する桐生発の企業の創出」を将来のビジョンとして掲げている。
若者に魅力のある街づくりとして期待
桐生市産業経済部産業政策課課長補佐の石原智貴氏によると、桐生市が今回の先進的な取り組みに着手したのは、殿岡氏のUターン起業がきっかけ。「殿岡氏のモデルが、街づくりとしての桐生市の課題に合致する」と判断した。
群馬県内でも有数の少子高齢化都市となった桐生市は、地域経済の活性化と若者の定住促進が重要課題。ただし、衰退したとはいえ今も繊維産業が根付き、産業遺産や街並みが残り、地方都市ながら多様な文化が集積するなど、街に多くの魅力がある。だから「何かのきっかけさえあれば若者が魅力を感じ、定住する街づくりができる。それには既存産業の振興とともに、新しい産業の創出が必要と考えていた」という。
IoTが爆発的に普及するなか、地方ではまだ大きな産業となっている例は少ない。殿岡氏の構想で桐生市が先駆的な取り組みを行ない、IoTを新しい産業として呼び込み、若い人材が入り込んでくる仕組みを作ることにメリットがあると考えた。
そこで、新たな人の流れと創業促進につながる事業として市の政策を複合的に連携させ、地方創生加速化交付金を申請。2016年3月に対象事業として採択され、8000万円の交付が決定した。事業の正式名称は、「IoT技術を有効活用した『新たなしごと、人の流れ』の創成、および地方創生重点施策を加速化させる環境整備事業」。
実施主体は殿岡氏が同市で創業したニュートロンスターを中核に、市や商工会議所、商店街、NPO法人など、官民一体で推進。街ぐるみの取り組みだが、先駆的な事業に対する受け止め方は様々で、ビーコンの設置を不審に思う店舗も少なくなかった。「説明に時間がかかったところもあるが、今回のGPSゲームで若者がスマホを持って商店街を歩く姿が増えれば、もっと理解が深まっていくと思う」(石原氏)と、今後の展開に期待を示す。
また、事業の実施にNPO法人の役割も大きい。参画するのは若者や子育て世代の暮らしを支援し、地域経済の活性化を目指すキッズバレイ。同事業は市の施策を複合的に連携させたため、市の組織体制では管轄部署が異なる各関係者を、有機的に連携させる存在となっている。
代表理事の星野麻美氏は、「事業構想はすごく大きいもの。そこから地域の方に具体的な成果を手にしてもらえるように、各所のコーディネートをする必要がある。これは市外から来ていただく方も同じ。桐生市での体験がより良いものになるように取り組んでいく」とし、事業のゴールを「地域がより良い未来を開くこと」と語る。
交付金の支給は単年度のみで、2017年度からは民間による事業の自立が求められる。殿岡氏は今後、旅行会社など各種事業者との連携や実施エリアの拡大を含め、「横の展開を広げていく」と、パワーアップを図る考え。
テーマパーク化が実現し、街中でさまざまなゲームが行なわれるようになっても、変わるのは街の賑わいとセンサーの数だけ。街本来の良さを壊すことなく、多様な世界観を繰り広げられるのが、バーチャルコンテンツで展開するGPSエンターテイメントの利点だ。今後の同事業の発展に期待していきたい。
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取材:山田紀子(旅行ジャーナリスト)