「百年構想」を掲げる日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)。その構想のなかには、日本サッカーの発展やサッカーを通じたスポーツの振興に加えて、各クラブのホームタウン活動を核とした地域活性化も含まれている。
2018年5月、設立25周年を迎えたJリーグは、ホームタウン活動の発展型として新たに「シャレン」という仕組みを立ち上げた。「シャレン」は、各クラブをハブとした地域の課題解決という文脈で、都市と地域とを往来する「関係人口」を増やすさまざまな機会を創出している。なぜJリーグは社会的な活動を積極的に進めるのか? Jリーグが生み出す人口交流とは? 「シャレン」で中心的な役割を果たすJリーグ理事の米田惠美さんに聞いてみた。
「シャレン」はJリーグを使う社会連携活動
Jリーグの各クラブは、地域に根ざしたスポーツクラブを目指し、その地域のコミュニティーとして発展していくためにホームタウン活動を積極的に展開している。しかし、米田さんは「世の中的に認知されているかどうかと、マネタイズされ、しっかりと持続可能な活動につながっているのかどうかというところに課題がありました」と話す。
Jリーグは現在J1からJ3まで全55クラブで構成されており、各クラブは年平均370回ほどのホームタウン活動を実施。その総計は年2万回を超える。米田さんは「これ以上求めると、クラブには大変な負担になる。より多くの人と連携すれば、もっと社会性が高く、持続可能な地域活動ができると考えたんです」とシャレン立ち上げの背景を説明する。「シャレン」とは社会連携を略した言葉だ。
そこで、掲げたのが「Jリーグをつかおう!」というフレーズ。Jリーグ以外の人や組織にJリーグのアセットを活用してもらい、地域の社会的課題を解決してもらうという意味が込められている。各クラブはすでにホームタウン活動を通じて、地域とさまざまなパイプを築いている。クラブがハブとなり、地域の企業やコミュニティーがスポークとして広がっているが、「シャレン」では、リーグ・クラブの構造、ホーム&アウェイの構造も活かして、それぞれが抱える社会的課題の解決を目指す。そこには人の流動が生まれ、地域と関わる「関係人口」も必然的に増えていく。
3者以上の連携で価値共創を
シャレンの活動に求められるのは、社会性のあるテーマと3者以上の連携だ。「3者以上としたのは、連携に重点を置いているからです。たとえば、専門家やテクノロジーを入れることで、より課題解決に近づける。2者の価値交換ではなく、3者以上の価値共創にしたい」と米田さん。外に窓を広げることで、三人寄れば文殊の知恵を可能にする環境をつくっている。
具体的には、Jリーグはシャレン活動の提案を募集し、クラブとマッチングさせる場を設けている。地域性からの提案もあるし、テーマ性からの提案もある。また、従来のホームタウン活動をブラッシュアップするような提案もある。
「独創性や持続可能性などの審査は行いますが、クオリティが高い優秀な企画だけが採用されるような仕組みにはしたくないんです。誰でも声が出せる、誰でも提案できるようなものにしたいんです」。
平均して30件のうち6件ほどの提案がクラブとのマッチングの場に進めるが、そこからこぼれたものも、関係者でブラッシュアップし、再提案できるような学びの機会も設けているという。
シャレンではマッチングの機会をキャンプと呼んでいるが、これまで(2019年12月現在)、南関東エリアと中国四国および関西エリアで各クラブが集まるキャンプを行った。社会的課題には地域性があるため、地域ごとのキャンプにしているという。活動の主体はクラブの場合もあるし、提案者の場合もある。米田さんは「熱源があるところに人が集まりますね」と、これまで2回のキャンプを振り返る。
Jリーグを使うことで始まった地域課題の解決
シャレン立ち上げの前から、全国でクラブをハブとしたさまざまなマッチングが行われており、それぞれ「関係人口」を創出している。その実例をいくつか挙げてみよう。
ブラウブリッツ秋田 × 中央大学 × 地元スポーツ教室 = 福+(ふくたす)プロジェクト
秋田県の高齢者率は全国的に高く、また高齢者の健康問題も課題になっていることから、中央大学はブラウブリッツ秋田の試合に合わせて、高齢者向けにさまざまな健康イベントを企画することで、コミュニティー創出の場を提供。東京在住の学生が秋田に通い、交流のなかで地域の高齢者が健康的な生活を送れるようにサポートしている。シャレンの立ち上げ以前の2014年にスタート。年々関係人口の濃度も濃くなっているという。
ヴァンフォーレ甲府 × 明治大学 × 地元企業 = キャリスタ(キャリア✕スタジアム)
明治大学は、ヴァンフォーレ甲府の観戦ツアーとともに、地元企業との就職マッチングを企画し、東京に出た若者がなかなか地元に戻ってこないという社会的課題に取り組んでいる。クラブが多くの地元企業とネットワークを持っているところに着目。サッカーを楽しみながら、地元の企業と出会えるチャンスを創出している。クラブがハブとなり、スポークとして広がる地元企業のニーズにも合致するシャレン活動。第一回を2019年11月10日の対アビスパ福岡戦で実施した。
松本山雅FC × quod × 地元農家 = 松本山雅ジャーニー
東京の事業創生投資会社quodは、松本山雅と事業PRパートナーシップを締結。2019年9月29日のFC東京戦に合わせて松本を訪れたアウェイサポーターに、松本の魅力に触れてもらうプロジェクトを企画し、農業とキャンプを組み合わせたツアー「松本山雅ジャーニー」を開催した。旅行企画は地元のアルピコ長野トラベル。地元農家が育てる青大豆「あやみどり」の収穫作業体験や農場バーベキュー、星空観察、ピザ作り体験などを実施した。スタジアムだけでなく、周辺に足を伸ばすきっかけを作るツアーだ。
人材で地域と東京をマッチング、プロボノの関係人口も創出
このほか、Jリーグが主体となって「丸の内ラボ構想」という実験的な取り組みも始めている。これは、東京から地方へ人の流れを創り出すという構想で、クラブや各クラブのパートナーとなっている地元の有力企業が求める人材と、東京から地方への移動に関心のある人材とをマッチングさせようということが発想の起点。その狙いは、関係人口の創出と地域産業の活性化だ。米田さんは「Jリーグが置き石となることで、新しい化学反応を生み出していきたい」と期待を込める。
その第一回のマッチングが2019年10月18日の松本山雅vs鹿島アントラーズ戦で行われた。丸の内の「3✕3 Lab Future」というビジネス交流スペースに、お互いの地域での仕事に関心がある人が集まった。「東京から地元に戻りたいと思っている人は多く、地方で働きたいと思っている東京の人もいる。しかし、突然地方に行って仕事を見つけるのは難しい。そのニーズをJリーグが受け取れないだろうかと考えたんです。クラブのコミュニティーに入っていくことは、地元のコミュニティーに入っていくことになりますから。働き方改革が進むなかで副業や兼業ニーズも受け取れるのではないかと思った」。
Jリーグでは、「丸の内ラボ構想」を通じて、さまざまな活動のグラデーションを想定している。プロボノ(専門知識やスキルを生かした社会貢献活動)として、シャレンへの参加やボランティア支援、つまりスキルのシェアリングエコノミー。さらに進んでクラブや周辺企業での副業・兼業。その先には定住・移住があるかもしれない。「関係人口の創出は、Jリーグとクラブとの関係性があるからこそできることだと思うんです」。
Jリーグは、25周年の企画として、「もしJリーグがなかったら・・・」で思い浮かぶエピソードを募集した。そのなかで多かったのが「(Jリーグがなかったら)、いろいろな人に出会えなかった」という物語だったという。
「それを見て、気づいたんです。Jリーグの価値とは、同じ価値を共有できる人たちとの出会いの場を創り出すことだと」。
ホーム&アウェイの双方向の人口交流とクラブをハブとした地域と関わる関係人口の創出。定住・移住未満、観光・旅行以上。地域と関係を持つことで移動が生まれ、人が動くことで地域が元気になる。そのために「Jリーグがつかわれている」。
トラベルジャーナリスト 山田友樹