星野リゾートが第4のブランドとして2018年にオープンした「OMO(おも)」は、高級路線の同リゾートが初めて展開するカジュアル志向の「都市型観光ホテル」。観光目的のビジネスホテル需要に注目し、「観光客を取り戻す」(星野リゾート代表:星野佳路氏)として徹底的に調査し、開発したホテルだ。ブランド誕生から1年。都市部で、競争力ある価格と旅の楽しみの創出を両立させた同社の新たな挑戦を、「OMO5東京大塚」で体験してきた。
OMOのねらい
OMOは都市部に訪れる観光客をターゲットに、ビジネスホテルの価格帯からの宿泊料金でサービスを提供するホテル。競争力のある価格を出しながら、コンセプトの「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をどう実現するのか。その答えの一つが「ホテルの拠点をOMOの視点で捉え、街全体をリゾートとして出していく」(OMO5東京大塚の総支配人・磯川涼子氏)こと。
従来のように、バラエティに富んだ食事やエンターテイメントなどの総合的なサービスを提供すると、特に都市部のホテルは価格面でビジネスホテルに負けてしまう。しかし、観光目的でのビジネスホテルの利用では、「宿泊は十分だが、観光の気分は下がる」との印象を宿泊客が抱くことが、星野リゾートの調査で明らかになった。ここに活路を見出し、ホテルで用意しきれない部分は街の持つ機能を活用して、ホテルと街の新たな魅力にしていくという考えだ。
そこで行なっているのが、(1)徒歩圏内の散策を提案する地図「Go-KINJO MAP(ご近所マップ)」の紹介と、(2)ご近所ガイドOMOレンジャーによるガイドツアー。
「ご近所マップではお客様が周辺地域に興味を持ち、散策したいと思っていだけるよう、実際に足を運んだスポットを自分たちの視点で切り取り、発信しています。ガイドツアーは、『この地域に住む友だちがいたら、どんな店に連れていくか』がコンセプト。初めての大塚散策やグルメツアーなど5つのテーマを用意しつつも、行き先はその日に担当するOMOレンジャーのお勧めで、マニュアルのないツアーなのが特徴です」(磯川氏)。
街歩きでホテル滞在が変わる
そうはいうものの、ホテル周辺に徒歩散策で楽しめる要素が都合よくあるだろうか。特に、今回滞在したOMO5東京大塚の最寄りであるJR大塚駅は、巨大駅・池袋駅の隣にありながら乗降者数は山手線内の駅のなかで下から数えた方が早く、東京の在住者や通勤通学者でも用がなければ訪れることは少ない。観光で楽しめるという印象が薄いエリアだ。
そんな疑念をぶつけてみると、「私たちも最初は何があるのかわからなかったので、リサーチから始めました」と磯川さん。開業半年前から、各スタッフが実際に街歩きをして魅力を探した。すると、「路面電車の走る街並み以外にも、花街だった歴史や商店街が7つもある庶民の生活感など、大塚ならではの魅力の原石がありました。7つの商店街はいずれも活発で、個人商店の団結がある地域なんですよ」。
今回の取材では、チェックイン当日の夜にOMOレンジャーレッドの「はしご酒ツアー」を、翌朝にOMOグリーンの「まちなかさんぽツアー」に参加。
「はしご酒ツアー」では、その日のOMOレンジャーレッドが決めた3軒のお店を約2時間で飲み歩く。磯川氏の話やご近所マップで街の概要を予習していたが、実際に歩いてみると個人商店の多い大塚は、店舗の看板やネオンが大きな都市とは違う雰囲気を作り出し、興味深い。
さらに翌朝の「まちなかさんぽツアー」では、夜には見えなかった街の全容が把握でき、印象ががらりと変わる。商店街が手入れをしているという線路沿いのバラの花を見ながら街の歴史を聞き、開店準備を終えたばかりのお店を覗く。店の女将さんとOMOレンジャーの井戸端会議のような会話を聞くだけでも、街の仲間に加わったような気分になってくる。
どちらのツアーも参加して得られるのは、街や店がぐんと近くに感じられること。地域住人の利用が多く、店と客との気ごころの知れた付き合いの多い大塚の商店では、観光客である自分との距離を感じてしまう人もいるかもしれない。しかし、すっかり馴染みとなったOMOレンジャーが導き、店も当たり前のように迎え入れてくれる。気後れすることもなく、おのずと会話も増えていく。
「赴任した当初は全く知らない街でしたが、探索し、お客様を案内して地域の人と知り合っていくうちに、この街が好きになりました。オフの日にプライベートの友人と飲むときも、大塚で集合したりしますよ」。
そう話すOMOレンジャーに連れられて街を巡るうちに、気が付けば筆者もたった1晩の滞在だというのに、大塚の街を好きになっていた。訪れる前は全く印象のなかった大塚の街が、ガイドによって色づけされていく。そして、OMO5東京大塚の滞在経験を振り返ると、散策で出会った風景や地域の人懐こさなど、街の印象が紐づいて思い出される。
ホテルが宿泊客を街に出し、OMOレンジャーが街との媒介になるということ。それは、想像以上に街と宿泊客、そしてホテルの関係を結び付ける存在であるのだ。
地域の観光的魅力を発掘する効果
地域にとっても、「新しい風になっている」(サンモール商店街・肉のハヤシ)、「街のカンフル剤」(矢嶋園)と期待の声が大きい。「星野リゾートがこの街に来ると聞いたとき、みんなザワザワしながら喜んでいたんです」(肉のハヤシ店主・林氏)といい、否定的な見方はなかったという。
もともと大塚は、バラ祭りやビアガーデンといった月ごとのイベントなどで地域需要の賑わい創出に注力しており、7つの商店街が元気に営業している地域。しかし、建物の老朽化やデジタル化による店頭での商品購入の減少など時代の変化に伴う課題はある。「今後も今のような活性を維持していきたい」と、若手経営者を中心に大塚ブランドの発信など新たな取り組みにも着手しており、突破口になる起爆剤の登場は期待されるものだったのだ。
実はOMOが街の魅力探索を始めたころ、店舗に挨拶をして取材協力などを交渉すると、歓迎しながらも、多くの店舗に「自分たちの街には(観光的要素は)何もないのに、なんでここでオープンするの?」と聞かれたという。大塚にはこれまでも、ビジネスホテルやシティホテルなどの宿泊特化型ホテルが多く建っているが、これらの宿泊客と地域がリンクすることはなかったのだ。
しかし今では、「もともと地元客が多いけれど、国内外の観光客が来てくれるようになった。遠方からのお客さんが『今年2回目です』とリピーターにもなってくれるなんて、うれしいですよ」(林氏)と笑顔を見せる。自分たちの日常が観光客に魅力的に映ることを地域が認識することは、何よりも街の活性化を加速する原動力になるはずだ。
星野リゾートらしいブランド
星野リゾートとして新タイプのホテルであるOMO。サービス開発や運営手法に戸惑いはなかったか、磯川氏に聞いてみたところ、「当社ではこれまでも旅の地域性にこだわり、地域の文化や伝統、食事をいかした体験の提供に注力してきました。OMOでもこのノウハウが活かすことができます」と胸を張る。
磯川氏によると、地方部のリゾート地に多い星野リゾートの各ブランドでは、地域の魅力を敷地や館内に取り込んできた。これに対しOMOでは、ホテルのすぐそばにある街に出て体験できるようにしているのが違い。街にあるものを一歩踏み込んで面白く、魅力的に見せていく点では新しい作業が必要だが、そのキモは、観光客が旅の地域性に求めるものを理解している同リゾートだからこそ、引き出せる部分なのだという。
実はOMOは、星野リゾートのリピーターにも利用されている。最初は感想が気になったが、リピーターの「常にラグジュアリーな旅をしたいわけではない」との言葉に、旅行者が旅の使い分けをされていることを実感。
「星野リゾートは私たちが意図する以上に高級なイメージになってしまいましたが、もっと日常的に楽しんでいただき、価格ではない体験価値を感じていただきたいと思っています。制服を着た格式あるサービスというよりも、お客様に寄り添うおもてなし。一緒に街を巡って時間を過ごす距離感の近いサービススタイルは、当社の基本と同じだと思います」(磯川氏)。
OMO5東京大塚の営業を始めて、「都市型観光ホテルに新たな需要があることにも気が付いた」と磯川氏。都市部に住む人々が女子会をしたり、東京観光でわざわざ滞在するケースも増えているのだ。OMOのもう一つのポイントである、価格設定に配慮しながらデザインと快適性を追求したホテルの館内は、19平米の部屋に最大3人が利用しても窮屈さを感じさせず、親密さを深める距離感に仕上がっている。「ビジネスホテルから客を取り戻す」どころか、新マーケットの開拓も期待できそうだ。
OMOは、付帯設備やサービスの幅を立地によって変えるのも特徴で、その程度をホテル名に付す数字で示す。大塚のは「5」、OMOの1軒目で、もともとは婚礼やMICEにも対応していた都市ホテルをリブランドした「OMO7 旭川」は「7」だ。今後、大阪・新今宮などで、新たな開業計画も発表されている。どんな新しいOMOが都市観光のマーケットを作り出していくのか、今後の展開に注目したい。
取材:山田紀子