こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。米国、欧州を現地調査した経験をもとに、日本のDMOを支援しています。
2019年も米国のDMO最大の業界団体で、100年以上の歴史を持つディスティネーション・インターナショナル(DI)の年次総会に参加してきました。今回の開催はミズーリ州セントルイスで、7月23日から25日の3日間。テーマは、「進化と向上(EVOLVE AND ELEVATE)」です。
さまざまな分科会の中で、まず、日本が参考にすべきと感じたのは、DMOが地域内の事業者を育成する取り組みです。日本におけるDMOの活動は、対外的なプロモーションに注目しがちな面がありますが、観光地域内で旅行者が良い体験ができるよう整備することも重要な役割といえます。今回のコラムでは、この点で優れる2地域を紹介します。
ニューヨーク市の教育プログラム「Tourism Ready」
DIの分科会で、ニューヨーク市のDMO、NYC アンド・カンパニーのグローバルコミュニケーション部エグゼクティブバイスプレジデントであるクリス・ヘイウッド氏は、2015年に開始した「ツーリズム・レディ(Tourism Ready)」プログラムについて発表しました。
ツーリズム・レディは1年ごとに参加を募るもので、設立以来、150の地元企業が参加しています。プログラムが構築された背景にあるのが、旅行者側に「地元の人と同じような体験したい」という新しいニーズが生まれてきたこと、中心地は混雑しているが郊外にはまだ旅行者が訪れていない場所があること、そして地元の企業が観光による経済的利益を享受できるようにすること。ツーリズム・レディはこれらすべての課題に対応しているプログラムです。
参加企業はこれまで観光に縁があったとは限りません。むしろ、縁がなかった企業が観光商品として成立させるために、強みづくりや旅行事業の特性などを教育し、自分の力で競争力がある観光商品を開発することを目指しています。
ツーリズム・レディは、毎年軌道修正を加えて改善されています。2018年は教育研修7回とマンツーマン支援が行われ、締めくくりとして2019年2月に商談会を兼ねたパーティを開催。一定の水準に達したと認められた50の観光商品が、ツアーオペレーターやMICEオペレーターなど65人の専門家に対してプレゼンテーションされました。ツーリズム・レディを卒業した企業は、市内のブロンクス、ブルックリン、ハーレム(マンハッタン)、クイーンズ、スタテン島といった地元の委員会と共同して開発を続けることもできます。
分科会でヘイウッド氏が紹介した事例に、マンハッタンから地下鉄でも行くことができるロッカウェイビーチがあります。ロッカウェイビーチは、ニューヨークっ子には有名ですが、これまで旅行者が訪れる場所ではありませんでした。ツーリズム・レディによって、1日に3回のサーフィン教室や、カヤック、スタンドアップパドルボード、ジェットスキーのレンタルとツアーなど、旅行者も地元の人も楽しめる観光商品が提供されるようになりました。
ニューヨーク市では、観光分野で年間約7兆2000億円(660億米ドル)の経済的影響が生まれています。ツーリズム・レディプログラムはその波及効果の広がりに貢献しているといえます。
カナダ・アルバータ州の商品開発支援「SHiFT」
次に、カナダ・アルバータ州の事例をご紹介しましょう。アルバータ州は、ウィンタースポーツや大自然を中心とした観光資源が豊富な地域。1988年に冬季オリンピックが開催されたカルガリーのほか、バンフやジャスパーなども有名です。アルバータ州のDMO、トラベルアルバータからは、アナスタシア・マーティン・スティルウェル氏とキャメロン・スペンス氏が、地域の事業者の体験型観光を開発するための教育支援プログラムである「SHiFT」を紹介しました。
SHiFTはトラベルアルバータとアルバータ州政府機関である経済開発貿易観光局が協力して提供しています。受講は有料ですが、プログラムによって商品開発が実現した事業者には受講料の一部が払い戻され、実施的な補助金があるともいえます。
参加事業者は、座学研修を受け、実際に商品開発を行います。商品はこれまで全くなかった切り口であるのがポイント。実際の事例のひとつが、中級から上級レベルのスキーヤーを対象としたSki Big(料金は1人145カナダドル以上)です。スキーガードが地元ならではのコースや景色を紹介するもので、旅行者の能力や希望に応じたカスタマイズもあります。ガイドはカナダのスキーガイド有資格者。リフトの優先搭乗、地元おすすめのレストランの紹介などもあり、本物のカナディアン体験を訴求しました。
開発にあたっては、既存の商品と旅行者ニーズのギャップ分析、収益予測などを実施。そして、コースを一つの山に偏在させないことで既存のスキーヤーへの影響を排除し、旅行者山の特徴を理解してもらうことで、残りの滞在中にスキーヤーの希望に近いコースを楽しめるようにするなど、複眼的な配慮で完成しました。
このアルバータ州の取り組みからは、DMOは体験型商品に必要とされる知識を地元企業に提供し、企業側は新しい気づきを得ながら商品を開発し、結果的に州全体で観光商品が充実するといったステップバイステップの関係があることがわかります。事業者は競争優位がある商品開発ができ、トラベルアルバータにとっても州の観光ブランドと協調した体験型商品を増やせる。これもDMOの役割なのです。
地域を観光によって成長させる大切さ
フランスのパリ市にも観光専門の事業創出を行うインキュベーションプログラム「Welcome City Lab」があります。
DMO自体が観光商品を開発するのではなく、地域事業者の観光商品開発を支援し、地域経済に大きな波及効果を生み出そうというものです。今後、日本でもDMOが地域事業者を支援し、その結果、旅行者、地域の両方で満足度が高くなる商品開発が行われることを期待しています。
来年のDIの年次総会は2020年7月13日~15日シカゴでの開催です。私はDMOの幹部向け資格のCDME(Certified Destination Management Executives)の研修を、日本人で初めて受講しています。来年の年次総会での卒業式に登壇できるよう、それまでに卒業試験と、卒業論文の作成に頑張ります。CDMEについては、追ってコラムでご紹介します。