新型コロナウイルスの流行は、観光需要に大きな影響を及ぼした。いまだ収束が見えない状況だが、それでも一定の旅行需要はあり、その需要は徐々に増加している。人々は、緊急事態宣言やウィズコロナ時代の新たな生活様式を踏まえ、どこに出かけ、何をして楽しんでいるのか。その傾向を掴むヒントとなる一つが、移動時に使用するナビゲーションサービスの目的地検索データだ。
トラベルボイスとナビタイムジャパンが開催したオンラインセミナー「トラベルボイスLIVE特別編」では、ナビタイムジャパンのインバウンド事業部部長・藤澤政志氏が、緊急事態宣言中からその後の同社の目的地検索データをもとに実施した深掘り調査の結果を発表。そこから、コロナ禍で台頭しつつある新しい観光スタイルが見えてきた。 ※写真は車中泊スポット予約「カーステイ」プレスリリースより
コロナで変化した移動手段と観光の志向
まず藤澤氏はコロナ禍のなかで、自転車の移動が増えていることを指摘。コロナの影響が少なかった2月3日時点と緊急事態宣言の発出前後の時期を比べると、車や公共交通での検索数は前年を下回ったが、自転車は増加。緊急事態宣言の解除後には前年の約2倍まで伸びた。
この検索数には、コロナ禍で急増した自転車での宅配サービスが含まれていることも考えられる。しかし、藤澤氏は、1回あたりの走行距離が増加していることから、自転車で長距離を移動する観光も増えていると分析する。
では、自転車でどこに出かけていたのか。ゴールデンウィーク前後における目的地検索の上位30位を見ると、21か所は海や山などの自然が感じられる場所。そのうち14か所は、山や公園、牧場など、「グリーンツーリズム」の場所で、藤澤氏は「比較的人が少なく、緑の多い場所に、向かっていた」と見る。
さらに藤澤氏は、グリーンツーリズム以外の観光スポットにも、同様の傾向があると指摘。例えば30位に入った「犬山城」には、地元のポタリングクラブが作成した総距離62.7キロのコースがあり、「食事や買い物をしながら回れば、1日かけてこのエリアをサイクリングで観光していることになる」と藤澤氏。目的地として観光スポットを検索しても、「実際は観光スポットがあるエリア全体を、プライベート空間で観光している」と、今の時代に好まれる観光のスタイルを分析する。
宿泊先も「プライベート空間」「グリーンツーリズム」志向に
この「プライベート空間」と「グリーンツーリズム」を好む傾向は、緊急事態宣言の解除後の6月も続き、宿泊施設の検索にも大きな影響を与えた。上位20位のうち、14か所を休暇村や山荘、ロッジなどの自然豊かな場所にある宿泊施設が占めた(検索結果は、自転車だけでなく、全体の移動手段によるもの)。
藤澤氏は3位に入った、休暇村の「越前三国」にヒアリングを実施。すると、キャンプ場を併設する休暇村の中でも、同施設は緊急事態宣言中に、いち早く県内在住者のみキャンプの利用を可能とする施策を打ち出していたことが分かった。
しかも、同施設特有の特徴も、コロナ禍で注目を集めた理由のようだ。
同施設では、区画サイトに独立した炊事場と電源を設置しており、他の利用客と接触する機会が少ない。近隣にはビーチや公園、アスレチックなど、子供向けの施設もあり、同施設では「家族連れの外出先を探していたなかで、プライベート空間が保たれていて安心感があることが、注目された理由ではないか」と話していたという。
こうした結果から、藤澤氏は「感染防止対策や密の回避を考慮して旅行先を探す人に、グリーンツーリズムが注目されている」とし、キャンプ需要に着目。その動向を深掘りした結果を共有した。
月間280万人が利用する国内最大級のキャンプ場予約サイト「なっぷ」の公表データによると、同サイトのユーザーの63%が世帯年収600万円以上で、62%が持ち家戸建てに居住。96%がマイカー所有者だ。藤澤氏は、「比較的裕福な層がキャンプのユーザー。こういう層の人たちが、次の旅行先でキャンプを検討する傾向が強まったのではないか」と分析。ただし、「なっぷ」のアクセス数は前年を下回る推移となっており、キャンプ場も宿泊業界と同様に厳しい状況にあり、好況ではないことも強調した。
キャンプ場と車中泊の可能性
とはいえ、藤澤氏はこの追い風を受けて、新たな企画や販促に力を入れるキャンプ場の事例を紹介した。
そのうちの一つ、埼玉県の「O Parkおごせ」では、ウェブサイトのトップページで「三密回避の安心ステイ」を謳い、感染症対策をアピール。先ごろには、ヘリコプター移動とグランピングを組み合わせたプランを設定し、密を避ける新しい観光スタイルを提案した。
藤澤氏によると、同施設は2019年8月にリニューアルオープンした施設だが、それ以前は年間1000万円の赤字が続く、町の負の遺産だった。しかし、2019年は売上高が2億3000万円となり、黒字を達成。今年の夏休みは、前年を上回る稼働が予想されているという。
藤澤氏は「キャンプは個人で行くイメージが強いが、今後は入浴施設との連携やバーベキュー用の地元農産品の販売連携、アクセスなどを含めたパッケージ造成が見直されるのではないか」と、旅行商品としての可能性を示した。
さらに藤澤氏は、ドライブ観光とキャンプの延長線上にある観光として、車中泊にも注目。車中泊スポットの予約サイト「カーステイ」にヒアリングを実施した。すると、最近はコロナの影響で民泊需要が減少するなかで、駐車場のある民泊施設が車中泊スペースとして売り出す例が増加。ドライブ観光の拠点として民泊を選ぶニーズが高まっているという。
こうした状況の中、今年6月にはホテルであるかんぽの宿が、9施設で車中泊を開始。駐車場での車中泊と温泉などの館内施設を利用できるスペースとしてカーステイに登録した。このほか、島原城などの観光スポットやスーパーマーケットでも、営業時間後の駐車場を利用した車中泊スペースの販売を開始しており、藤澤氏は「早いところでは取り組みが始まっている」と、宿泊の多様化が加速している例を紹介した。
トラベルボイス鶴本は、キャンプ場や車中泊の台頭に「ホテルがないことが、地域観光ができない理由にはならない時代になってきた」と指摘。藤澤氏も同意した上で、キャンプと車中泊スペースで誘致する場合の条件を提示した。
キャンプについては、テントの設営・撤収時間を考慮すると、2泊3日以上で観光の時間がとれるようになると説明。「それを踏まえた新しい着地型ツアーや体験プランなど、キャンプを巻き込んだ地域活性の可能性が増えると思う」と話した。車中泊の場合は、トイレや水場があり、ごみ捨てができ、近隣に温浴施設があることが必須。「今後はドライブで訪れる人を受け入れていく観光施策が重要になる」とアドバイスした。
ウィズコロナ時代の観光客は目的地を厳選
このほか藤澤氏は、検索される目的地の特徴として、6月以降は場が開けたスポットが増えてきていることを説明。例えば、ドライブの目的地では「富士急ハイランド」や「鴨川シーワールド」「サファリパーク」などで、7月には寺社仏閣やあじさいなどの花の名所が増えてきた。「地域のランドマークになりえるオープンな場所が目的地となり、グリーンツーリズムの延長にあるようなエリアの観光が増えている」という。
もう一つ、直近の傾向として、コロナ禍の誘客で注目されているマイクロツーリズムも、実際の需要がデータに表れるようになった。例えば、熊本県のスポット検索ランキングでは、トップ20の中に「阿蘇ファームランド」や「草千里ヶ浜」など、地元の人にとって「近くて遠い観光地」と言われる場所が含まれるようになった。これまで行かなかった場所に「もう一度行ってみよう」という需要が増えてきたとしている。
最後にトラベルボイス鶴本は藤澤氏に、未来の観光のヒントとなる提言を求めた。藤澤氏はこれまでのデータから、コロナ下で観光客は、従来以上に目的地を厳選していることを指摘した上で、観光振興は「地域が意思を示し、呼びたい人を選ぶ時代がやってきた」と指摘。
以前、コロナ禍の中で人々が向かった都市近郊の観光地で「渋滞が発生してごみが増え、困っている」というニュースが報じられた。こうした例を踏まえ、藤澤氏は「来てほしいのか、遠慮してほしいのかを地域がアピールしなければ、観光客は良かれと思って探した場所に行く。これからの誘客は、単に人を呼び込むだけではなく、観光客にどのように来てほしいのか、移動手段をセットにした戦略が求められているのでは」と提言した。
さらに藤澤氏は、今回発表した観光需要の傾向について、「海外でも同様のニーズがあるはず」と述べ、来たる国際旅行の再開時にも活用すべきとの見方を示した。