新型コロナウイルスの感染拡大による影響が続く中、自治体やDMO(地域づくり法人)にはコロナ後を見据えて取り組むべき課題が山積している。今、観光の世界でも注目されるデジタル・トランスフォーメーション(DX)は、こうした地域課題の解決にどのような力を発揮できるのか? 自治体やDMOによる観光地域経営で必要なデジタル化とは、具体的にどのような取り組みなのか?
そのひとつの取り組みとして、地域経営(エリアマネジメント)とマーケティングを「面的」に行う手法がある。
エリアマネジメントを行う団体が、地域の事業者につながり・観光客につながることで、旅マエ・旅ナカ・旅アトの顧客体験価値を高め、リピートなどLTV(Life Time Value=顧客生涯価値)の向上を実現する。地域のお客様に地域にまた来ていただく・地域住民を含む多様なプレイヤーが共通の目的意識を持ち、持続可能な観光地経営を実践する手法を紹介する。
重要なのは、プロモーションと地域内消費の相関関係の明確化
地域としての観光マーケティングは、観光客による地域内消費を把握し、地域のプロモーション活動がその消費活動にどれだけ寄与したかを測ることが基本だ。そして、誘客プロモーションは「やったら終わり」ではなく、観光による地域内の消費が何によって発生したのか、具体的な効果を数字で把握することで、より効果的な次の打ち手、観光商材や地域商品そのものの開発や改善につなげることができ、利益増・売上増といった地域経済の活性化につながる。顧客とつながる地域の観光事業者の多様なデータが一元化できれば、より横断的な分析も可能になる。そのためには、ベースとなる仕組みの利用が必要だ。
そうしたマーケティング基盤を持つ先進事例として挙げられるのが、米国ハワイ州のDMO、ハワイ・ツーリズム・オーソリティ(HTA)の取り組み。デジタルマーケティング基盤を活用することで、地域資源を守る観点から観光のあり方を多面的に捉え、域内消費額など観光事業に関するデータにとどまらず、住民の観光に対する意識調査の結果をデータとして可視化し、観光客、住民、観光事業者それぞれの満足感の向上を目指している。
日本国内では、北海道のニセコプロモーションボード(以下、NPB)が地域内の各事業者のデータを集めたデジタルプラットフォームでの一元管理に取り組んでいる。NPBは、夏と冬とで繁閑期の差が大きいという課題に対し、全シーズン対応の滞在型国際リゾートを目指してニセコ地域全体のプロモーション活動を行うDMO。2020年8月には、観光庁の重点支援DMOに認定され、地域内のホテル、レストラン、アクティビティ事業者など400以上の個人・企業が会員となっている。
NPB会員の多くの事業者がマーケティングデータを集めているが、個別の会社の事業でしか活用されず、共有できていないことが地域としての課題だった。NPBでは、この課題解決のために地域のマーケティング基盤に投資。これらのバラバラに散逸していたデータを束ねることで、精度の高いマーケット分析や地域トレンドを事業者に情報フィードバックを始めた。そして、地域としての全体的なエリア戦略立案に役立てているという。
観光客それぞれに合わせたマーケティングで「地域のコンシェルジュ」に
地域で得られるデータの横断的な活用による効用は、コスト削減や業務効率の向上にとどまらない。旅マエ、旅ナカ、旅アトとカスタマージャーニーを通じて、観光客の行動を把握分析し、施策に反映できることは大きなメリットといえる。
NPBでは、日英2カ国語対応アプリ「Niseko」で、エリアの最新情報を配信するとともに、アプリ閲覧者のデータを集めてマーケティングに活用している。例えば、冬にレストランでローカルグルメを注文した旅行者に、秋に開催される食のイベント情報を送ってニセコの再訪を促す。顧客一人一人の動向を追跡把握し、効率よく情報提供する仕組みが作られている。
また、コロナ禍では日本各地で地域振興券が発行されたが、本来、利用者のデータは有効なマーケティング材料となり得るはずだ。地域に一定の経済波及効果をもたらしたという結果だけで終わらせず、どの店舗で何にどのタイミングで使われたかといったといったデータを活用することで、購入者の個別の指向に合わせたマーケティング活動だけでなく、マスキングした情報を事業者に提供することで事業者側の営業方法の工夫・商品サービス開発につなげていくことも考えられる。
このようにデジタル化によるデータの一元管理は、観光客に対する理解を深め、パーソナライズ化された情報発信やサービス提供に活用することができる。主体となる自治体やDMOなどは広告発信のみならず、顧客理解と地域理解に基づく「地域のコンシェルジュ」として、地域と顧客をつなげ経済を活性化させる役割を担うことが可能となる。
地域経営を効率的に行うプラットフォームを開発、地域の合意形成から関与
自治体やDMOなどによる観光地域経営へのサポートをさらに強化するため、セールスフォース・ドットコムとJTBは、2020年8月、地域経済のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するための協定を締結した。
セールスフォース・ドットコムは1999年にサンフランシスコで創業。法人向けの顧客管理、マーケティング、サービス業務支援などの事業を「360度統合的に支援する」SaaS型プラットフォームサービスを、業種を問わず世界で15万社を超える企業に提供している。日本国内では内閣官房のマイナポータル電子申請サービスや大手企業の顧客接点改革の基盤として利用されているほか、全国各地の中小企業や自治体も数多い。観光業界では神奈川県・鶴巻温泉の「元湯陣屋」が顧客管理システムをセールスフォース・ドットコムのプラットフォームを活用して構築したことは広く知られており、その取り組みは旅館のDX先進事例として、たびたびメディアにも取り上げられている。
セールスフォース・ドットコムが多くの事業者を支援してきたプラットフォームからひな型を作り、そこに日本の地域に関するJTBの知見を加えて地域経営を支援するために構築されたのが、JTBの提供するサブスクリプション型デジタルサービスである「地域共創基盤」だ。地域の各プレイヤーが行っているさまざまな取り組みを一過性に終わらせず、地域の「面」としての効果的な顧客創造につなげることがこのプラットフォームの目指す姿で、地域課題に合わせて機能や規模を選択したサービス提供が行われる。
NPBの事例のように、観光地域経営では事業者ごとに管理されているデータを、手書き台帳などのアナログなものも含めて一元的に集約することがDXの第一歩となる。
その前段のベース作りとして最も重要なのが、地域での合意形成だ。地域では、いろいろなステークホルダーがそれぞれ異なる思惑の元で事業に取り組んでいる。どのような地域の営業戦略にもとづきマーケティングを行い、持続可能な観光地域経営(エリアマネジメント)を目指すのか、最初に合意形成をしっかり行わないまま、データ集約などの作業を始めても、せっかく作ったプラットフォームがうまく機能しないことが十分起こり得る。
そこで、JTBとセールスフォース・ドットコムは共同で、主要な地域のプレイヤーを集め、最初に「合意形成のためのマーケティング部会(仮)」を立ち上げ、運営することも推奨しており、JTBが47都道府県に展開する法人事業支店がコンサルティングパートナーとして支援する。
地域の合意形成ができたら、一元化したデータを元にマーケティングロードマップを作成し、マーケティングやマネジメントの実行指針とする。ロードマップは単年度ではなく、2〜3年かけた計画を推奨している。
地域の取り組みにJTBが「伴走」し、合意形成の場作りから支援を行うことで、地域共創基盤の価値が最大限生かされる。
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記事:トラベルボイス企画部、REGION