2023年秋の修学旅行シーズンが本格的に始まった。国内旅行は完全復活し、日本全国で10、11月にピークを迎える。一方で、コロナ禍のなかで完全実施された新学習指導要領は主体的・対話的で深い学びを重視し、とくに中学・高校での教育活動で「探究的な学習」の展開を求め、特別活動の修学旅行をその機会として活用しようという学校が増えている。日本の修学旅行はどう変わっていくのか。
先ごろ日本修学旅行協会が開催した「教育旅行シンポジウム」での報告から、修学旅行のあり方を探った。
コロナ禍を経て環境は大きく変化
基調講演に登壇した日本修学旅行協会理事長の竹内秀一氏は、コロナ禍を経て修学旅行を取り巻く環境が大きく変化していると指摘した。
具体的には、航空機材の中・小型化、空港職員の不足が進行し、さらに2024年4月から労働規制が強化され、バス運転手の年間の労働時間の上限が引き下げられることからドライバー不足も必至となる。宿泊施設の人手不足は周知のとおりで、地域での体験型学習を支える農村漁村での民泊施設も高齢化が進み、受け入れ家庭が減少しているといった課題がある。
旅行費用の上昇も著しい。東京都港区が国際人育成に向けて2024年度は全区立中学の修学旅行を海外で実施するとのニュースが話題となったものの、全体的に公立学校では旅行費用上限枠内での実施する必要がある。私立学校でも、保護者への負担配慮が必要になる。コロナ禍で相次いだ離職による旅行会社の経験不足も課題だ。
竹内氏はこうした環境変化を分析しながら、「ドライバーをはじめとする労働環境の改善は当然喜ばしいことだが、貸切バス、タクシーの不足、航空機の小型化で、これまで学校単位で一斉に同じ場所を訪れ、行動していた修学旅行のスタイルは崩れ、分便、分散化への流れが主流となる可能性が大きい。これから起案、契約が進む2025年度以降は、旅行先、時期、行程の見直しを含め、修学旅行業界に大きな変化があるのではないか」との見解を示した。
そして、変化と同時進行で喫緊の対応が求められているのが、探究学習を取り入れた修学旅行プログラムの開発だ。
竹内氏は、新学習指導要領に沿った探究的な学習と修学旅行について、“課題設定、事前学習、現地学習、事後学習、新しい課題”のステップが必要になると整理。「コロナを含め予測困難な時代において、修学旅行を通じて実社会・実生活の課題を設定したうえで情報収集、現地での体験を踏まえた整理・分析、事後のまとめ・表現することを学び、自己のあり方、生き方を問い続けることが期待されている」と言及した。
また、旅行会社や学校に対しては、「SDGsをはじめとしたプログラム構築、分散型による体験活動、現地の人々とのディスカッション、オンラインも含めた事前学習・事後学習へのサポートが重要になる」と語った。
日ごろから探究サイクルの習慣化を
教育旅行シンポジウムでは、学校における探究的な学習への取り組みの実態、受け入れ地が目指すプログラム開発についても発表がおこなわれた。
公立学校の視点から、現在、東京都府中市立府中第二中学校校長を務める成清敏治氏は、中学校の教育課程において、中学1年生で「自分の身近を知る」、2年生で「職業や社会を知る」、3年生で「世界を知り進路を切り拓く」と目標を定め、地域調べ、職業体験、修学旅行と位置づけていると語る。
同氏が携わってきた公立学校の修学旅行では、単なる思い出づくりだけでなく、これまで平和学習を中心とした広島などで地元の地域調べでボランティア探し、現地の人を招いたディスカッションを開催することで、地域を基盤に生徒の視野を広げることを重視してきた。成清氏は、「修学旅行は人生の入り口である中学校の集大成として、自身の進路選択と結びつけ、生き方を自らに問う取り組みとして各学年の行事を設定している」と話す。
私立の中高一貫校が構築している修学旅行の探究プログラムも興味深い事例だ。東京都調布市にある女子ミッションスクールの晃華学園中学校高等学校では、中高一貫ならではの教育体制を活かし、修学旅行のサイクルを学校、地域、社会の輪に沿って実施。「課題の発見、分析、実行、見つめ直す」の4つを振り返りの習慣として何度でも繰り返すことで、生徒たちが自分ごととして感じられるようカリキュラムを組んでいるのが特徴だ。
たとえば、高校2年生の修学旅行は主に沖縄だが、中学2年生時点で地元・調布で地域の魅力や課題を研究するために、少人数の班単位による「問い」の設定、調べ学習の計画、フィールドワーク・インタビューを実施し、振り返り学習をしている。
晃華学園中学校高等学校の広報部長・宗教科主任の安東峰雄氏は、「現地学習を深い学びの場とするためには、振り返りの習慣を深化させていくとともに、学年のロングホームルームを活用するなどして、事前事後学習で訪問先の地域が抱える課題、その背景について推察し、できることをクラスで共有しなければならない」と強調。修学旅行でしかできない体験を提供するために、事前学習のみならず日常から探究のサイクルの習慣化が必要だと指摘した。
地域も選ばれるための変化が必要
受け入れ地も「探究的な学習」に対応した新しい教育旅行プログラムの構築を進めている。
長崎国際観光コンベンション協会事業部部長の古賀典明氏は、「長崎市は平和学習を目的に修学旅行先として選ばれてきたが、長く学習プログラムが変わることはなかった。ただ、何を学ぶかではなく、どのように学ぶかという学習指導要領の改訂やSDGsなど時代とともに学校側のニーズは変化している。コロナ禍で今までの修学旅行のあり方すら考え直さなければならない状況もあり、修学旅行先として選ばれ続けるには変化が必要と感じるようになった」と吐露する。
そこで、新たに開発したのがプログラムの1つが「長崎SDGs平和ワークショップ」だ。平和学習をSDGsの観点でとらえ、2030年のゴールに向けて修学旅行で見聞きしてきた経験を、自ら考えてまとめるという経験にまで高め、能動的な学びを実現することが目的である。事前事後学習に加え、現地では90分のワークショップを提案。まず長崎市での平和推進の取り組みや課題について説明し、その後70分をグループワークに充てる。観光ガイドやホテルスタッフなど、修学旅行に携わる長崎市民で構成したSDGs平和ガイドがファシリエータ―として各班のディスカッションを手伝い、生徒たちは意見を模造紙にまとめてアクションプランとして発表する。
実際、2022年度は3校の依頼を受け、「インプットだけでなくアウトプットが実現された」「学生たちの日ごろとは違う面が見られた」などと学校側からも評価を得たという。古賀氏は「自分が大人になったときにどういう世の中になってほしいか、そのとき自分はどう振舞うのか。自分ごととして考える意味でも2030年のゴールの姿を描くことは有意義だろう」と力を込めた。
生きる力をつけるため、教科書がない、模範解答もない学びが必要となっている学校教育で、平素と異なる環境のなかで学ぶ修学旅行の存在は大きい。学校、地域、旅行会社ともに変化が求められるなか、新たな展開が期待されている。