海外旅行の回復が遅れているなか、JTBが欧州で展開する着地型旅行商品「ランドクルーズ」が好調だ。この日本人旅行者向けの海外乗合型周遊バス(シートインコーチ)事業は「ツアーグランプリ2021」で国土交通大臣賞を受賞した。個人旅行のように幅広いルートを自由に選び、日本語で対応する現地係員が同行するなどパッケージの安心感と利便性も提供する。その事業の中身と、欧州市場復活に向けた「ランドクルーズ」の位置付けをJTB担当者に聞いてみた。
ランドクルーズ開発の背景とは
JTBが「ランドクルーズ」商品の販売を開始したのは2019年4月。その着想は、欧州でシートインコーチ事業を展開する「ヨーロッパ ムンドバケーションズ(EMV)」を完全子会社としてグループ傘下に置いたところにある。スペインを本拠とするEMVは、中南米や北米に市場を持ち、スペイン語ツアーや英語ツアーを催行しており、そこに日本語ツアーとして「ランドクルーズ」を加えた。
また、海外旅行市場環境の変化も新たな事業展開を後押しした。航空会社との取引きの変化、日本人の個人旅行(FIT)化、旅行嗜好の変化など、特に看板商品である「ルックJTB」を含め、業界の添乗員同行コースを取り巻く環境は厳しさを増していた。JTBヨーロッパグループ執行役員事業開発統括の鈴木浩之介氏は「将来的には、添乗員付きツアーは増えていくことはないという危機感があった」と明かす。
それでも、欧州については「周遊の需要は絶対にあると考えていた」(鈴木氏)。発地側で商品を造成するとなると航空が必須となるが、現地でランド(地上手配商品)だけをユニット商品化(組み合わせ商品化)すれば、航空に縛られることはない。そこで、1997年に創業し、すでにシートインコーチ事業を展開していたEMVの活用に辿り着いた。
鈴木氏は、JTBの着地型商品の枠を超えて、「ランドクルーズを業界のインフラにしていきたい」と意気込む。現在、日本語ツアーの「ランドクルーズ」では欧州16カ国で全119コースを設定しているが、全体の約80%を占めるスペイン語や約17%の英語のツアーを加えるとさらにネットワークが広がる。それまでは、日本語ツアーの特殊性から別々の運営をおこなっていたが、「日本人にも、日本語以外のツアーに一定の需要があるだろう」(鈴木氏)との考えから、2023年4月にランドクルーズ関連の各システムをEMVの運営に統一することで拡張性を持たせた。
個人旅行とパッケージ旅行のいいとこ取り
ランドクルーズの最大の特徴は個人旅行とパッケージ旅行のいいとこ取りにある。全ルートを1人から催行し、しかも1日単位で購入することが可能。個人では手配が面倒な観光施設の入場券やホテル宿泊なども一括手配することができる。さらに、パッケージ旅行のように日本語現地添乗係員が同行することから言葉の心配がなく、各都市のフリータイムでは食事や観光の情報も提供してくれる。
日本発のパッケージツアーは、発着の都市や日時が決まってしまうが、ランドクルーズは航空の制約がないことから、どこの都市に入っても、自由にルートを組み立てることができる。バスを乗り換えられるハブ都市機能を設置し、そこから各方面に行けるルートを整えている。
売れ筋ルートの一つは、フランクフルトからローテンブルク経由のミュンヘン、そしてノイシュバンシュタイン城に続くルート、いわゆるロマンチック街道。そのほか、ローマ発フィレンツェ、ミラノ、ベネチアを巡るコース、ウィーン発の中欧コースなども人気だという。
主要119コースをレディメイドとして売り、それ以外は旅行者が組み合わせることが可能。一番短いコースは4日間だが、そこから、1日だけ、1泊2日など希望に合わせて短縮することもできる。
JTBツーリズム事業本部事業推進部国内海外政策チームグループリーダー伊藤寛隆氏は、「(参加者には)フリータイムの多さや24時間日本語電話対応などの安心面が特に評価されている」と明かす。
伊藤氏によると、利用者の26%が20代で最大。次いで30代が15%。ハネムーン、女子旅、一人旅などでの利用が多いことから、鈴木氏は「これまでルックJTBでは取り込めなかった層の獲得に成功している」と手応えを示す。
人材育成などランドクルーズへの投資継続
JTBによるランドクルーズの取扱人数は、スタートした2019年度が3000人程度。コロナ禍の中断を経て2022年7月に運行再開後、2023年度はJTBとして3087人、直近の2024年4月は前年同月比170%で推移している。このほか、JTB以外のタビナカ系OTAや競合他社でも販売しており、その実績を含めると前年比で2倍ほど販売を伸ばしているという。
現在、欧州旅行には、ロシア上空飛行回避によるフライト時間の延長、燃油サーチャージの高止まり、物価高、円安などさまざまなハードルがある。JTBツーリズム事業本部事業推進部国内海外政策担当部長の川原政彦氏は「外部環境を要因として旅行代金が値上がりしている。低価格帯のところが特に影響を受けている」と明かす。
そのなかでも、来年はパリ五輪後の新しい需要、イタリアではカトリック教会の「聖年」に当たる年になるなど、需要喚起の機会が多いことから「欧州全体を盛り上げていく」との方針を示す。また、コロナ後、個人旅行の動きが数字的にも見えているため、「ランドクルーズへの投資を続けていく」と意欲を示した。
JTBでは店舗でのランドクルーズの販売も強化する。ルックJTBとは異なる仕組みの理解を深めるために、昨年から販売スタッフの現地研修を開始。今年度も70~80人の販売スタッフを派遣する計画だ(川原氏)。
また、ランドクルーズの肝の一つが日本語の現地添乗係員の存在。しかし、コロナ禍で離職したガイドや添乗員も多く、「慢性的な人材不足が課題になっている」(鈴木氏)。そこで、JTBでは、ランドクルーズに乗車する添乗員を独自に育成。現在、10人ほどがそれぞれの受け持ちルートを案内しているという。今後も、事業の拡大に合わせて人材育成に投資を続けていく考えだ。
今年度のJTB販売目標は5000人
鈴木氏は「ランドクルーズのコンセプトは拡張性と連続性。ひとつの区間が売れないから走らせないということではない」と話し、観光交通インフラとしての役割を強調。「認知度が高まっていけば、流動が弱いところでも徐々に利用者は増えていくのではないか」と期待する。
JTBとしては、店舗販売での認知を高めるとともに、JTBホームページでの取り組みも強めていく。伊藤氏によると、昨年9月にリニューアルをおこない、流入施策を打ったところ、流入も予約も増加した。今後は、利用者の体験レポートを掲載するほか、YouTubeでの配信を強化するなど、オンラインでの興味喚起にも力を入れていく方針だ。
また、商品内容としては、「移動感覚でランドクルーズを使ってもらえるように、短いコースの設定も増やしていくことにもトライしていきたい」という。
JTBとしての2024年度の販売人数の目標は前年度約1.6倍の5000人。JTB以外での販売を含めると、「かなり増えるのではないか」(伊藤氏)と期待は大きい。
欧州市場の再興、さらにその先の拡大に向けた起爆剤として、ランドクルーズの存在感は今後さらに高まりそうだ。
トラベルジャーナリスト 山田友樹