修学旅行の実態を調査結果から読み解く、費用高騰への施策や海外修学旅行の今後まで【コラム】

みなさんこんにちは。日本修学旅行協会の竹内秀一です。

旅行費用の高騰をはじめ修学旅行を取り巻く環境はますます厳しくなっています。中学校・高校で2023年度に実施された修学旅行は、実施率も旅行先も国内はコロナ禍前に戻ったといえますが、この環境の変化は、コロナ禍と同じく2025年度以降の修学旅行に大きな影響を与えそうです。また、「探究的な学習」が学校に浸透してきたことで、修学旅行での体験活動に探究学習の要素を求める学校がさらに増えていきそうです。

そこで今回は、日本修学旅行協会(以下、日修協)による中学校・高校の修学旅行に関する実態調査の結果を踏まえながら、修学旅行の現状とこれからについて考察しました。

旅行費用高騰で学校の自助努力は限界

最近、2025年度の沖縄への修学旅行者数は、前年比で11.1%減少する見込みだという報道がありました。2023度に実施された高校の国内修学旅行の旅行先として、4年ぶりにトップに返り咲いた沖縄ですが(日修協調べ)、旅行費用高騰の影響が早くも現れているようです。

日修協の調査結果からは、これまで通りの費用で修学旅行を実施しようとすれば、旅行先の変更や宿泊日数の縮減などを考えざるを得ないという学校の実情を読み取ることができます。

これは、もともと旅行費用の4分の3ほどを占めていた交通費・宿泊費が上がっているため、修学旅行で最も重視される体験活動に充てられる費用が圧迫され、これまでと同じ旅行先では中身がスカスカなものになってしまうからだと考えられます。

また、従来どおりの内容で入札を依頼しても、それに応じてくれる旅行会社が少なくなっているということもあります。特に島しょ部の学校のように、在籍する生徒数が少ない学校の修学旅行をほとんどの旅行会社が扱わなくなってしまったため、そうした学校からは「自助努力可能な方法はすでに行っていて、これ以上努力できる余地はない」といった悲鳴にも似た声が聞こえてきます。

修学旅行を取り巻く環境変化と旅行費用

旅行費用の助成はありがたいが懸念も

東京都葛飾区は、2025年度からの区立中学校の修学旅行費の無償化(上限8万円、全国の公立中学校の2023年度の旅行総費用の平均は6万1168円)を打ち出しました。これは、経済的な理由で修学旅行に参加できない生徒が少なからずいるなか、「平素とは異なる生活環境」(中学校学習指導要領:旅行・集団宿泊的行事)のもとでさまざまな体験を通して学ぶという貴重な学習機会、すなわち修学旅行を生徒全員に保障する歓迎すべき措置で、学校や保護者にとってもたいへんありがたいことです。

ただし、このような助成制度を自治体任せにしてしまうと、居住する自治体により生徒の体験に格差が生じてしまうことが懸念されます。たとえば都立高校のなかには、片道だけ飛行機を利用して広島方面への修学旅行を実施する学校があります。それは、飛行機に乗ったことがない生徒にその体験をさせることも目的となっているからなのです。

修学旅行には「体験格差」を補うという一面もあると考えますが、逆にそれが広がってしまうのはいかがなものでしょうか。少なくとも、義務教育課程の公立学校の修学旅行費用は、全額国が負担すべきではないかと思っています。

一方、修学旅行を受入れている自治体などによる旅行費用の助成制度も、かなりの広がりが見られるようになっています。多くの場合、その地域の施設に宿泊・滞在すること、その地域が提供する体験プログラムを利用することなどの条件が付いていますが、学校にとっては旅行費用を抑えることができるありがたい制度です。しかし、これも自治体などの予算が単年度であるため、旅行先を決定してから1年半~2年後に実施される修学旅行に適用されるのかという不安があって利用しづらいのが現実です。

コロナ禍の時期に、感染への対策として旅行先が近場になり、交通手段も飛行機から鉄道へ、鉄道から貸切バスへという大きな変化がありました。今度は、修学旅行の費用を抑えるために同じような動きが起きてくる可能性があります。

中学校の主な交通手段と旅行先の変化

高校の主な交通手段と旅行先の変化


公立学校の海外修学旅行の現状とは

海外修学旅行に目を転じると、2023年度の実施率(日修協の調査に回答した中学校・高校のうち)は私立が42.5%、国公立は7.8%となっていて、その差が大きく開いています。国公立については、2019年度の実施率が13.8%だったため、それと比べてもかなり少ないことがわかります。

これも、コロナ禍の時期に進んだ円安や物価高、航空運賃や燃油サーチャージなどの値上がりによる旅行費用の高騰のため、海外修学旅行を実施したいという学校の意向があっても保護者の負担増への配慮や一部の自治体が定めている公立学校の旅行費用の上限を超えてしまうことから実施できないという現状があるからと考えられます。このままでは、公立学校の海外修学旅行がコロナ禍前に戻るのは難しいのではないでしょうか。

グローバル人材の育成が求められるなか、国際交流や異文化理解などをスクールミッションとしている多くの学校にとって、海外修学旅行はその目標達成に資する重要な教育活動であるはずです。それが実施できないということになれば、生徒の成長にとって大きな損失になることは言うまでもありません。

中学校・高校の海外修学旅行の実施率と旅行先

海外修学旅行から海外研修旅行へ

なかには「研修旅行」として夏休みや冬休み中に海外旅行を実施する公立学校もあります。しかし、当該学年の生徒全員参加が原則の修学旅行と違って「研修旅行」は基本的に希望制で、自治体が定める修学旅行費用の上限にもとらわれないため旅行費用はかなりの額になっています。ある都立高校では、2024年8月にイタリア・スウェーデン、アラブ首長国連邦、シンガポールの3コースに分けて「海外研修旅行」を実施しましたが、かかった費用は、それぞれ数十万円だったと聞いています。

これからは、海外と国内どちらかを選ばせるコース別の修学旅行や海外修学旅行に替えて海外研修旅行を実施する学校が増えていきそうですが、そうなれば海外を体験する中学生・高校生は少なくなり「若者の内向き志向」はますます強くなってしまうだろうと思います。

日本旅行業協会(JATA)が2024年9月に試算した日本人のパスポート保有率は17%、すなわち6人に1人でした。ちなみに韓国は4割、台湾は6割、アメリカは5割以上。特に、諸外国と比べて今の日本の若者が海外に出る率は極めて低いとされており、若者の海外旅行促進とともに、国も高校生の海外留学の促進を支援する取り組みを強化していますが、それよりも、まずは多くの中学生・高校生に海外を体験してもらうことが大切なのではないでしょうか。

海外修学旅行は、教科の授業と同様に位置づけられた「特別活動」として実施されるもので、前述したように「生徒全員参加」が原則です。つまり、その時点で海外に興味・関心を持っていない生徒でも否応なしに「参加させられる」教育活動というわけですから、それをきっかけに海外に目が向く生徒も出てくるはず。海外への第一歩となる海外修学旅行、ここにこそ、国からの強力な支援が必要だと考えます。

体験活動の多様化と旅行先の分散化が進む

貸切バスで名所旧跡をめぐり、目的地に着いたら旗を持ったバスガイドさんのあとをクラスの生徒全員がぞろぞろとついていき、説明を聞きながら見学。それが終わったらまたバスに乗って次の目的地に向かう。かつての修学旅行では、ふつうにみられる光景でした。修学旅行のねらいの第一を「思い出づくり」とするなら、こうした「共通の体験」もありかもしれません。

しかし、修学旅行は何よりも「学び」の旅です。とくにそこでの体験活動を「探究的な学習」とつなげるのなら、その体験活動は生徒個々が設けたそれぞれの学習課題に沿ったものであることが必要になります。さらに、旅行先の人々との対話や交流が円滑にできる、少人数で行う本格的な体験活動が求められるようになるでしょう。

そのため、当該学年の生徒全員が同じホテルや旅館に宿泊しても、体験活動は班別やテーマ別のように分散して実施する傾向がこれまで以上に強くなっていくことが予想されます。また、私立学校ではすでに多くが実施していますが、修学旅行の出発時点から生徒が選んだ複数の方面で分散して実施する方式が、今後、公立学校にも広がっていくのではないかと思っています。

それは、事後学習で生徒がそれぞれの旅行先で体験したことを報告・発表しあい、そこで得た成果を共有することが時間をかけてできるようになり、また、そのような学習活動こそ「探究的な学習」が重視していることだからなのです。

質の高い「学び」ができる修学旅行へ

修学旅行を取り巻く環境が厳しくなっているなか、「探究的な学習」を踏まえこれまで以上に「学び」を重視した修学旅行を実施しようとすれば、旅行のねらいや生徒の実態、保護者の負担などそれぞれの学校の事情を反映し、求める体験活動の内容や旅行先はますます多様化していくことと思われます。修学旅行の誘致に力を入れている地域や施設のなかには、こうした動きを視野に入れ、新たな体験プログラムづくりに取り組んでいるところがみられます。

これを機に、学校と修学旅行の受入地や施設をはじめ修学旅行に携わる様々な事業者が一体となり、生徒たちに質の高い「学び」を提供することができる修学旅行がつくられていくことを期待したいと思っています。

竹内秀一(たけうち しゅういち)

竹内秀一(たけうち しゅういち)

(公財)日本修学旅行協会理事長。東京教育大学文学部史学科(日本史専攻)卒業。神奈川県立、東京都立の高等学校教諭(いずれも日本史担当)、都立高等学校副校長を経て都立高等学校長。東京都歴史教育研究会会長、全国歴史教育研究協議会副会長。昨年度まで順天堂大学国際教養学部の非常勤講師として教職課程担当。

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