今、翻訳・通訳をはじめとする多言語対応のソリューションビジネスが活況だ。先ごろのツーリズムEXPOジャパン2015の展示会場でも、インバウンドEXPOエリアを中心に関連の出展ブースが多かったことに気付いた読者も多いだろう。
ブースを訪れてみると、古参の大手から5年以内に事業を始めた新規参入組まで幅広く、業態やサービス内容もさまざま。問い合わせや売上が2、3倍のペースで「特に最近、急増している」という企業が多い。訪日外国人旅行者の“困ったこと”2位の「コミュニケーション」(観光庁調査)の需要をうまく取り込んでいるようだ。ツーリズムEXPOジャパンで垣間見た現状をまとめた。
翻訳・通訳ソリューションビジネスは、急拡大するインバウンドとデジタル化の恩恵を受け、内容から金額までさまざまな内容がそろってきた。人力による翻訳や通訳だけではコストが見合わずに諦めていた事業者も、何らかの多言語コミュニケーションのツールを手に入れ、サービス向上や業務改善を図ることができるだろう。
翻訳・通訳と旅ナカの場面を結びつける創意工夫
コミュニケーションの壁を最も感じる旅行中・滞在中の時間“旅ナカ”では、訪日旅行中の行動場面に翻訳サービスを組み込んだ商品化が積極的に行なわれている。
例えば、2014年2月創業の「セカイメニュー」は、旅行者自身のモバイル端末にQRコードを読み取り、商品説明を端末設定の言語で表示して、そのまま注文できるようにしたサービス。訪日旅行中の飲食店や美術館・博物館、商業施設などでの利用を想定して開発したものだ。外国語のコンテンツの翻訳はセカイメニューでも対応するが、発注者自身が用意してもいい。
アイ・ティー・エックスの「みえる通訳」も、訪日旅行者を迎え入れる店舗や観光施設などでの利用を想定したもの。
コールセンターに通信し、タブレットなどに双方の映像を表示して現状を把握できるようにしながら、ショッピングや観光案内での通訳サービスを提供する。さらに、通訳を頼むまでもない簡単なやりとり用には端末上でタッチして操作できるゆびさし対応表「さわって通訳」も提供し、受け入れ側のコスト対策にも配慮したサービス設計としているのが特徴だ。
さらにフューブライト・コミュニケーションズでは、ソフトバンクの感情認識ロボットPepperを観光に活用した「ロボてなし」を商品化。訪日客を対象にした多言語対応サービスで、希望言語での観光案内や周遊を促すクーポン配信のほか、通訳との通話サービスにも対応する。通話サービスでは、緊急対応などの通訳でも実績が多いブリックスのプロ通訳が電話対応するので、見た目だけにとどまらない通訳サービスを受けることができる。
いずれも共通事項は、旅行や観光産業外の企業が新規事業として開始していること。例えば、セカイメニューはシステム会社「エスプランニング」を母体とし、アイ・ティー・エックスは主事業である携帯電話販売代理店事業でのタブレット販売と、訪日旅行客の需要増加を見込んで開始したものだ。
こうした異業種企業が、翻訳・通訳の言語サービスを切り口に、旅行者と受け入れ側の双方のニーズに踏み込み、ひょいと観光分野に入り込んできたのが興味深い。それを可能にしたのが、テクノロジーの進化を取り入れ、自社の強みと組み合わせてサービス化したことに思える。
デジタルの進化で需要も増加、新規参入も加速
そもそも、翻訳の需要はグローバル化の波を受けて右肩上がり。さらに社会のデジタル化によって、企業はホームページやSNS、ブログなどをマーケティングで活用しており、日々の情報更新が求められるようにもなってきた。
一方、デジタルとの親和性が高い翻訳サービスも、テクノロジーの進化によってオンラインで完結する自動(機械)翻訳、クラウド翻訳、サーバー組み込み型の翻訳システムなど、多様なサービスが、価格的にも利用しやすい形で次々と誕生している。技術革新とデジタル化で、「カジュアルな翻訳需要」が顕在化したのだ。
その需要を見込み、クラウド翻訳のGengoは2009年に事業を開始。約1.5万人の登録翻訳者を有し、1文字5円~、1000文字以内なら数時間というスピード納品と低価格で提供する。法人契約のほか、メールや書類作成などの業務やブログ更新など公私の用途で個人が契約するケースも多いという。また、オンライン旅行で欠かせないレビューやクチコミの翻訳でも実績がある。
同様の需要を獲得するオンライン翻訳ツールの八楽も、Gengoと同年に起業。自動翻訳とクラウド翻訳の組み合わせでより低価格としたのが特徴だ。メインの自動翻訳では発注者の過去のデータベースと照合し、翻訳結果の正確性を色別で表示する。発注者は自動翻訳の結果、不安な個所は自動翻訳よりも高額だが正確性が増すクラウド翻訳を依頼できるという仕組み。このように、翻訳サービス自体も新規参入がしやすい環境となっている。
大手とはWin×Win、プラットフォームに強みも
新規参入組が多様なサービスを展開する翻訳・通訳業界だが、今回話を聞いた古参の大手も業績を伸ばしている。というのも、新規参入者は、こうした翻訳・通訳会社の自動翻訳やクラウド翻訳、翻訳システムを利用していることが多いからだ。少ないコストでアイデアを生かしたビジネスがしやすく、大手の翻訳・通訳会社にとってはサービス提供先が増えている構造となっている。
もちろん、自社独自の商品開発による多様なサービスにも強みを持っている。例えば、クロスランゲージでは観光向けの「多言語対応観光コンシェルジュサービス」を開始。トラベル・コール・センターを設け、通訳サービスのみならず、観光情報や医療施設などのインフラ情報の提供、食事やホテルの予約なども多言語で対応する。クロスランゲージによると、訪日旅行者の入込数が3.7万人規模の地域の場合、月間約150~200件の利用があるという。
さらに、大手というくくりでいえば、印刷テクノロジーを基盤に事業領域を広げる凸版印刷が、多言語サービスを強化していることにも注目したい。観光向けには「旅道」プロジェクトとして、旅マエ、旅ナカ、旅アトの各場面にタッチする統一プラットフォームの構築を進めている。
自前の翻訳・通訳によるコンタクトサービスに加え、日本の食の魅力を発信するサイトや越境ECサイトも開始。ARによる多言語表示や免税販売用の資材、対話アプリ、多言語対応サイネージなど、多言語対応を切り口に訪日旅行の全ての場面に関わろうとしている。
旅行業界も追随の動き
では、旅行業界からの参入はどうだろうか。実はJTBは2014年12月にユニボイス(Uni-Voice事業企画)と共同で、訪日外国人旅行者向けに多言語化した情報を2次元バーコードにし、文字と音声で確認できる「OMOTENASHI(おもてなし)翻訳」の販売を開始。今年2月には先述のGengoと提携し、JTBの提携ホテル・旅館向けの販売を開始している。
さらに9月には、HISがクラウド翻訳のWIPジャパンと提携し、宿泊・飲食店など外国人受入れ施設向けに1文字4円からの翻訳サービスを開始。先ごろには近畿日本ツーリストが、音声認識や翻訳をワンストップで提供するフュートレックと協業し、ロボットによる音声翻訳サービスを開始した。提携先の宿泊施設での利用を念頭に、観光客とのサービス時のほか、スタッフとの業務上のやり取りも想定した仕様としたのが特徴だ。旅行業界のノウハウとテクノロジーを生かした今後の展開にも期待したい。
なお、筆者がツーリズムEXPOジャパン2015で取材ができたのは、画像がある出展者のみ(一部サイトキャプチャー)。以下もユニークな取り組みだった。
【NTTドコモ:てがき翻訳】
NTTドコモでは端末の利用頻度向上を目的にアプリ開発を積極的に行なっている。先ごろには、画面上に手書きした文字を翻訳する「てがき翻訳」のトライアルも開始。日本語と外国語間の翻訳のみならず、津軽弁などの方言や武士語、ギャル語なども用意し、遊び感覚でも利用できるようにすることでアプリ利用の頻度向上を狙う。
【アイディーテンジャパン:多言語キュレーションサイト】
ブランディング・コンサンルティング会社による、日本コンテンツの多言語キュレーションサイト「JAPANPAGE」。日本の地域、モノづくり、食、おもてなしなどのコンテンツをブランディングのノウハウをあわせて制作し、4言語に多言語化。海外にネットワークを構築し、海外の消費者に結び付けていくビジネスモデルとしており、特に中国では100万人のフォロワーのあるウェイボーと連携。
取材:山田紀子(旅行ジャーナリスト)