オーストラリアの航空関連民間シンクタンクCAPA (Center for Aviation)は2016年6月7日と8日、ヒルトン成田で「CAPA LCCs in North Asia 2016」を開催した。会議では日本のLCC4社のトップが登壇。それぞれの戦略を説明したほか、パネルディスカッションでは、日本のLCC市場の現状と将来について議論がかわされた。
カニバリゼーションは起こらず、市場を底上げ
日本に本格的なLCCが登場して約4年。人口減に伴う国内航空市場の縮小、新幹線や高速バスとの競争、質を求める日本人旅客の特質などから、当初日本ではLCCは成功しないのではないかと言われていた。
パネルディスカッションで、ジェットスター・ジャパンの片岡優会長はこの点について、同社が拠点とする成田空港では過去4年、他社便の旅客を奪うカニバリゼーションは起きておらず、「同社の旅客が純増することで、成田空港の国内線旅客も4倍に増加した」と説明。ピーチ・アビエーションの森健明COOも、「高速バスが一番の競争相手だと想定していたが、LCCの就航で、旅行者の選択肢が増えたことで、競争よりもパイが拡大することになった」と振り返った。
また、バニラ・エアの山室美緒子企画部兼経営戦略グループシニアマネージャーは、同社が展開する成田/台北線を例に挙げ、「親会社のANAも飛んでいる路線だが、低運賃を提供することでANAとは違う旅客層を開拓している」と明かす。同じくANAと資本関係にあるピーチ・アビエーションの森氏は、関西/仙台線に就航したことについて、「ドル箱路線なので、ANAは快く思っていなかったのではないか。しかし、結果的に関西市場の底上げにつながった」と説明。ANAでは国内線市場は縮小していくと想定しているが、「ピーチでは、むしろ拡大していくと思っている」とし、その理由として、日本人の新規航空需要の開拓と訪日外国人旅行者の取り込みを挙げた。
片岡氏も親会社のカンタス航空、コードシェアパートナーのJALとも、競合路線ではすみ分けができていると強調した。
航空券流通のGDS(グローバル・ディストリビューション・システム)の立場からは、アマデウスITグループのCyril Tetazアジア太平洋エアライン担当VPが、同じくカニバリゼーションは起きていないと指摘。さらに、「今後は欧州のように地方と地方を結ぶ路線での需要喚起がカギになるだろう」との見方を示した。
コストをかけない「おもてなし」で質を確保
会議では、低価格のLCCと高品質を求める日本人気質の関係についても議論。Spring Japanのワン・ウェイ会長は、「サービス・マインドにコストはかからない。国籍に関係なく、旅客は誰でもケアされたいと思っている。これを満たすことが大事」と指摘した。また、山室氏も「日本のおもてなしにはお金はかからない。プロダクトに差はあるが、FSCもLCCもおもてなしは基本的に同じ」とコメントした。
森氏は「旅客のニーズがどこにあるのかを見極めて、そのニーズを少しだけでも上回ることが大切だろう。(製造業と同様に)メイド・イン・ジャパンの発想を持つべき」と話し、日本独自のクオリティーを持つLCCとしてビジネスを展開していく考えを示した。また、片岡氏は「日本人レベルで普通であることを心がけている」と、同社のサービスの姿勢を表現した。
アウト送客にも注力、アライアンスでネットワーク拡大
日本のLCC4社は、それぞれ国際線も展開しているが、それぞれインバウンド旅客が柱になっているようだ。「台北路線では約半分」(バニラ・エア)、「全体で約7割、特に沖縄路線が高い」(ピーチ・アビエーション)、「大部分が中国アウトの旅客」(Spring Japan)などの言葉が飛び交った。
今後の展開では、日本人のアウトバウンド、特に若者層の需要に力を入れてきたいとするLCCも多い。また、ジェットスター・ジャパンでは「国際線から国内線への乗り継ぎ需要に力を入れて、特に地方へのインバウンド送客を開拓していく」戦略を描く。
アジアのLCC市場の大きな動きとしては、アライアンスの形成が挙げられる。中国国内では「U-FLYアライアンス」、アジアでは8社が集まり「バリューアライアンス」を結成した。バリューアライアンス・メンバーのひとつバニラ・エアの山室氏は、「LCCは自社でネットワークを拡大するのは難しい。パートナーを組み、例えば複数路線での予約をスムーズにすることで、新たな需要を取り込んでいく」と話すとともに、「LCCならではの考え方を取り入れ、新しいモデルケースをつくっていきたい」と意気込む。
この背景には、アジア太平洋では、欧州のような航空自由化が遅れており、LCCが1社で路線を拡大するには限界がある市場特性があるようだ。
ウェイ氏は「自由化がないので、海外展開では現地法人をつくらざるをえない」とし、日中韓の航空自由化を訴えた。森氏も「LCCの拡大にとって自由化は重要」との認識だ。
一方で、山室氏は自由化に基本的には賛成ながら、「他国との競争が増すので、準備を整える時間が必要」と発言。片岡氏も「安全性の観点から、自由化は徐々に進めていくべき」と主張した。
トラベルポートVP、「LCCのビジネスは変容している」
この会議のスポンサーパートナーとなっているトラベルポートのアジア太平洋エア・コマース担当VPのダミアン・ヒッキー氏は弊紙とのインタビューで、LCCの現状について触れ、「LCCのビジネスモデルも変容してきている」と発言。従来はレジャー中心の需要だったが、現在ではコーポレート需要も重要性を増していると指摘した。
そのひとつの例としてライアンエアーを挙げ、コーポレート客を取り込むための流通手段として、次世代GDS「スマートポイント」を提供しているトラベルポートと契約を結んだという。
同社では、LCCによるGDS流通の重要度も増していくとの考えから、LCCの取り扱いを強化しており、アジアではエア・アジア・グループやタイガーエアなどとも提携し、アンシラリーの販売などで旅行会社の利便性に応えている。
また、ヒッキー氏はアジアで進むLCCアライアンスについても言及。多国籍のバリューアライアンスについて、「ロジカルな進化だ」と評した。アジア太平洋では、国によって規制に強弱があるほか、文化的背景が多様なため、「欧州のようにひとつの市場として捉えることはできない」と指摘。LCCのアライアンスは、メガアライアンスと同様に、消費者だけでなく旅行業界にとっても利益になるとの考えを示した。
LCC市場分析、日本のシェアは17%、中国路線の拡大に期待
会議では、CAPA北アジア担当シニアアナリストのウィル・ホールトン氏が北アジアのLCC市場動向について報告。日本の国内線に占めるLCCの割合は17%にとどまっており、タイ66%、マレーシア59%、インドネシア57%、ベトナム56%、韓国40%と比較すると、そのシェアはまだ低く、日本を含む北アジアでのシェアも11%と、東南アジアの56%よりもかなり低い結果となっていると説明した。
このほか、中国路線についても言及。北アジアには、中国アウトバウンド市場トップ5のうち、4市場(韓国、香港、日本、台湾)が入っており、その需要拡大に合わせて、LCCの路線も増えると予測。中国人海外旅行者数は2015年の1億2,000万人から2020年には2億人にまで増加すると予想されていることから、その潜在性は非常に高いとした。
Spring Japanのワン・ウェイ会長によると、現在中国には一人あたりのGDPが1万ドルを超える都市が65、1万5,000ドルを超える都市が24あり、今後内陸部を中心にその数は増え、海外旅行の多様化が進むと予測。さらに、現在年間5000万人の中国人が香港に訪れているが、その需要が日本にシフトしていくのではないかとの見通しも示した。
トラベルジャーナリスト 山田友樹