クラブツーリズムは2017年7月1日、最上級ブランド「ロイヤル・グランステージ」の国内ツアーバス「ロイヤルクルーザー四季の華」で、最高級の新車両「碧(あおい)号」の運行を開始した。
高級ツアーバスは、今年だけでも阪急交通社やJTBなど、大手旅行会社による新車両の投入が続き、静かな競争が始まっている。そのなかでクラツーは、2007年に初代「風号」で参入した、高級バス歴10年の先駆け的存在だ。
深緑色と濃紺色のシックな外観に、木材を多用したインテリアとベージュの本革シートの内装が上質な寛ぎ感を醸し出す。しかし、テーマ旅行部部長の栗山千三氏は「豪華なだけではお客様にアピールしない」とも語る。7代目となる高級バス「碧号」で、クラツーが提供しようとする新たな価値・体験とは? 先ごろ開催された記者会見と試乗会で、開発担当者の話を聞いてきた。
足元に手荷物置き、床下トランクに個人用ロッカー
記者会見で執行役員テーマ旅行部長の中村朋広氏は、「乗ること自体が旅の目的となる、ファーストクラスの乗り心地のバスを完成した」と自信を見せた。そう語る通り、碧号で最も力を注いだのは、ゆとりのある空間の演出だという。
座席数を最大45席に対して19席(乗客18席、添乗員1席)に限定し、座席上部の荷物棚を取り外した。これにより、前の座席との間はもちろん、上部にも空間が生まれ、座席の出入りもスムーズに。窓枠も大きく、移動中の視界も広がり、さらにゆったりとしたスペースが意識できる。
荷物棚の代わりに設置したのが、足元の手荷物置きと床下トランクの個人用収納スペース。貴重品や身の回り品は足元へ。観光地で購入した土産品などは、車内に入る前に個人ロッカーのように収納できる。隣には冷蔵庫もあるので、観光時のショッピングの対象範囲が広がりそうだ。
栗山氏は床下収納について、「(バスの設備で)一番の自慢。恐らく貸切バスでは日本初、もしくは世界初ではないか」と胸を張る。
「特に女性のお客様は足元に荷物を置く方が多いです。小物の出し入れが多いですし、貴重品の入ったバッグを荷物棚にしまうのも抵抗を感じる方もいます」と、その背景を話すのは、開発チームに参加していたロイヤル・グランステージ四季の華・リーダーの藤木志穂氏。
発想の源は、バス乗務員や添乗員がツアー中に気づいたお客様の姿や、「こういうのがあったら便利」というお客様の声だ。開発期間は1年半。チームにはロイヤル・グランステージの支店長や担当社員のほか、同ブランド専属の添乗員、バスメーカーの日野自動車、運行会社のなの花交通バスなど約10人が参加したという。
iPadで車内の過ごし方が変わる
さらに碧号で特徴的なのは、全席にiPadを用意したこと。ツアーバスでは初の試みだ。NTTドコモとの契約で、iPadには音楽配信サービス「Dヒッツ」と「スライド同期機能」をつけた。Dヒッツでは600万曲以上から、参加者の好みに応じて選曲が可能だ。
さらにiPadはネット接続をしているので、参加者が趣味趣向にあわせてウェブサイトを閲覧したり、観光で気になったことを調べたり、好きな音楽や動画なども楽しむことができる。
メイン客層が60~80歳台という同バスにiPadの必要性は懐疑的だったが、「シニアとはいえ、今のお客様はバスの中でスマホを見ている方が多いです」と、藤木氏。デジタル端末に自然に触れているツアー中の乗客の姿が、導入を後押しした。
同社では、従来の高級バスでも各座席備え付けの音楽サービスを提供していたが、チャンネル数に限りがあり、藤木氏は参加者それぞれの好みに合う音楽を用意し切れていないと思っていた。だから「iPadの導入は、移動中の時間を思い思いに楽しんでいただくため。個への対応を追求した結果です」と話す。
iPadはこのほか、訪問予定の観光地などの説明にも使用。スライド同期機能によって、ガイドや添乗員が操作する画面が、参加者の手元のiPadにも自動的に表示されるので、説明内容を目の前の画面で確認できる。これを利用すれば、ツアーのテーマに関連する講師を招いた車内セミナーなどで効果的に活用でき、移動時間に新たな旅の魅力を加えることができる。
さらに、観光中に添乗員がiPadで撮影した画像も、車内に戻ってすぐに共有できる。希望者には車内に搭載した小型プリンターで出力し、その場で手渡すことも可能だ。今後は、iPadを使ったガイドを重ね、その特性を把握することで、「ガイディング自体も変わってくると思います」(藤木さん)と期待する。iPadを利用した土産品のオンライン注文なども視野に入れており、移動時間中のショッピング機会にも繋げる考えだ。
観光と異業種のコラボで新たな価値・体験に
実はiPadの導入は、NTTドコモからのアプローチがきっかけ。記者会見でNTTドコモの第二法人営業部第四営業担当部長の内匠裕喜氏は、同社が今年度からの中期経営計画で、パートナーとの新たな価値協創の実現をテーマに掲げ、消費者の感動の実現を目指していることを説明。その一環として、旅行会社とのコラボレーションに目を付けた。
NTTドコモとしてはDヒッツの法人契約は今回が初めてで、「クラツーの車内空間の演出にコラボし、まさに我々が目指す姿を体現してもらった」と、同社のビジョンに合致した取り組みだったことを語る。同時に、同バスにiPadやDヒッツの利用機会を作ることで、契約促進に繋がることも期待しているという。
クラツーではこの碧号を、2018年度に関西、東海の各地区にも1台ずつ導入する計画。「その際にはさらなる進化を遂げているかもしれない」と藤木氏。同社では現行すでに2016年4月に「海号」、2017年4月に2台の「空号」を運行しており、この3年でバスの拡大が続いている。
ただし、テーマ旅行部部長の栗山氏は、「このバスでどこへ行き、どんな旅行を提供すれば喜ばれるかが重要」と、旅行会社の手腕の重要性を語る。この不変の課題と常に向き合いながら、今後も高級バスの進化は続いていく。
取材:山田紀子