2019年11月中旬、グーグルはカリフォルニア州サンノゼで「コネクトライブ2019」を開催した。世界各地のグーグル・ローカルガイドの中から、トップクラスの200人が集まるイベントだ。
このイベントが旅行リテール関係者から特に注目されることはなかった。だがグーグルは、地元に詳しいローカルガイドのネットワークを着々と築き上げている。その先に見えるのは「スーパーアプリ」という野心だ。
もしもグーグルマップのことを、A地点からB地点まで移動するのに役立つアプリと認識しているなら、もう少しよく考えたほうがいいだろう。
巨人グーグルの動きはゆるやかだが、決して停止することはなく、旅行とレストラン業界の攻略を進めている。ここで威力を発揮しているのが、1日当たり10億人が利用しているアプリ「グーグルマップ」だ。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
デジタル世界から、リアルな小売業も仕切る門番
グーグルマップの機能がどんどん拡充したことで、グーグルは検索大手というだけでなく、リアルの世界でも、あらゆる業種の店舗の入り口を監視できるデジタル世界のゲートキーパー(門番)になった。
レストランからネイルサロン、観光アトラクション、もちろんホテルも、あらゆる集客ビジネスが、グーグルマップ上で営業拠点として登録(ビジネス・リスティング)することが重要だと考え、これに頼るようになっている。
ローカルガイド・プログラムも大きく成長している。2016年時点での参加者数は500万人だったが、今年は1億2000万人に達した。
最新の「ローカル・ソーシャルマーケティングに関するベンチマーク調査」によると、グーグルが得たローカル・レビューの数はフェイスブックの2倍、Yelp(イェルプ)の10倍。「グーグル・ローカルガイド」のホームページには、2万2000件以上の旅行関連の投稿があり、非常に活気あるコミュニティとなっている。ちなみにフード&ドリンク関係の投稿は1万3000件だ。
ローカル情報に詳しいエキスパートたちを集めたグローバル組織、そしてグーグルマップのユーザー動向(訪問先、保存したりレビューした場所など)を自由にトラッキング可能であること。この2つを組み合わせると、果たして何ができるのか。地球上のあらゆる場所に関する、人間の知識をほぼ網羅したデータベースが、急速に整いつつあるということがわかるだろう。
ローマは一日にして成らず
過去12カ月間を振り返ると、このテック界の巨人は、次々と新しい機能やサービスをリリースし、それがユーザーの間で広く浸透するかどうかを確認している。グーグルの典型的な手法と言える、その流れを追ってみよう。
- 2018年12月:新しいタブ「For You」では、そのユーザーが好みそうな店情報を、「Your Match(あなたとの相性)」スコアを算出しながら提案する。
- 2019年1月:Googleアシスタントがグーグルマップ上にも登場。地図を見ながら、音声で指示を出すことが可能に。
- 2019年5月:機会学習アルゴリズムを活用し、レストランのおすすめ料理などを選ぶ。
- 2019年7月:グーグルが新サービスのテスト市場に選ぶことが多い国、インドにて、「Explore」タブの機能に、レストランの特別サービスや割引情報を追加。
- 2019年8月:
- ユーザーが予約したホテルや航空券の情報(ユーザーのGメールアカウントから収集)をグーグルマップの予約タブに集約する新機能。
- ツアー&アクティビティのアプリ「Touring Bird(ツーリングバード)」を終了。同機能をグーグルマップに統合。
- タイムラインをバージョンアップ。自分の訪問履歴にあるお気に入りの場所やおすすめ情報を友人や家族とシェア可能に。
- 2019年10月:
- フードデリバリーのプラットフォーム「Olo」を統合。グーグルマップやグーグルアシスタントから直接、注文できるようになる。
- グーグルに集まったレビューをもとに、地元で人気のレストラン情報をリスト化。
- 2019年11月:
- グーグルマップ利用時、現地の言葉で、地図上の目的地を読み上げる音声翻訳機能が登場。
- グーグル・ローカルガイドをフォローできる新しいソーシャル機能が登場。
だがグーグルが次々と手を加えているのは、ユーザーエクスペリエンスだけではない。目立たないように動いているが、グーグルマップで全ての機能やサービスが利用できるように、プラットフォーム内での機能統合を着々と進めている。
グーグルが先ごろ閉鎖した「ツーリングバード」の位置づけもその一例だ。同アプリは当初、ゲットユアガイド、トリップアドバイザー、クルックなど、各種チケットやアトラクション、ツアーを扱う企業のためのアプリになると見込まれていた。
だがツーリングバードが閉鎖されたいま、タビナカプラットフォーム各社はグーグルについて、「良きパートナーだが、脅威でもある」「長期的には、グーグルがサプライヤー各社と直接ビジネスを行うようになる可能性は少なくない」と語る。
ツアー&アクティビティのサプライヤーは、規模の大きさも業務内容も幅広く細分化されつつあり、タビナカプラットフォーム各社は、これを流通チャネルにのせるために、今後も多大な労力を投じていくだろう。だが一方で、グーグルも同分野のエコシステム構築を模索し続けている。あとは時間の問題で、最終的には、グーグルがホテルや航空券の分野でやり遂げたのと同じことが、再び起きても誰も驚かないだろう。
さらに最近の注目事例を挙げるなら、トリップアドバイザーの姉妹会社、The Fork(ザ・フォーク)だろう。ユーザーは世界中のレストランの席をグーグルマップのアプリ内で予約できるようになった。
グーグルマップの「ヘルプセンター」にあるリストを見れば、テック界の巨人が、様々な分野で実店舗へと触手を伸ばしていることが分かる。
レストランに次いで、二番目に多いカテゴリーがツアー&アトラクション予約会社だ。リストには、フェアハーバー、ゲットユアガイド、クルック、ピーク、レズディ、チケッツなど、有名な企業が名を連ねている。
お金の流れを追いかけろ
公共交通機関のチケット購入・発券のデジタル化がますます加速する一方、新しく登場してきた(自転車や電動キックボードなど)マイクロモビリティでも、同じことが起きている。こうした状況がさらに進めば、グーグルマップは、単なる案内やガイド役にとどまらず、A地点からB地点への交通サービスを購入する手段になっていくだろう。
グーグルマップは、Google Pay(グーグルペイ)とシームレスにつながっているので、アプリ内で異なる交通サービスを複数、利用しても、面倒な手間はなく、使い勝手はスムーズ。駐車場の利用、高速道路の料金、配車の手配など、なんでも対応可能だ。
やがてユーザーがグーグルマップでの買い物に慣れてしまえば、次は当然、こうなる。ウェルネスセンターまでの配車サービスを頼み、ついでにスパの利用も手配。すると近くのレストランで、グルテンフリー・メニューの割引キャンペーン開催中(しかもその店は「あなたとの相性」も高スコア)との案内が来た。最後に全部をまとめて決済、すべてグーグルマップ内で完結する。
ヒントは「東」にあり
地球の東に目を転じると、アジアのテック企業大手は、まるでスイス・アーミーナイフのごとく、様々な用途に対応できる「スーパーアプリ」のビジネスモデルを打ち立て、何百万人という消費者のハートと財布をしっかり握っている。こうした東方のテック業界の巨人に対し、西側から注がれる視線には、恐れと感嘆の気持ちが入り混じっている。
そして西側でも、同じようなことが始まっている。
ウーバーが9月に発表した計画によると、同社が目指すのは「生活に必要なすべてのものを網羅したオペレーションシステム」。配車だけでなく、フードデリバリーや他の交通サービスなども加えた独自のアプリを構築するという。
旅行業の世界大手、ブッキング・ホールディングスは、これまでは同じグループ内でゆるやかにつながっていた旅行ブランド間の距離を縮める方向へ動き出した。東南アジア市場では配車手配のGrab(グラブ)と自社アプリの統合をテスト運用しており、これもブッキングが新たに打ち出した「コネクテッド・トリップ」実現への一策としている。
しかし、スーパーアプリの地位を築くためには、圧倒的なスケールと、ユーザーからの強力な支持が不可欠だ。
アジアのスーパーアプリは、日々の支払い(WeChat)、都市部での移動(グラブ)、フードデリバリー(美団やゴジェック)など、日常的に発生する色々な用事を済ませるツールとして出発した。ユーザーの信頼を勝ち取り、その便利さから頻繁に利用されるようになると、次の関連分野にも手を広げる、という手法で成長してきた。
グーグルが手掛けるスーパーアプリは?
ではグーグルマップはどうだろう。同アプリが提供しているサービスは、人間にとって基本中の基本であり、常に必要なこと、つまりA地点からB地点への移動だ。
アジアの同業者とは異なり、グーグルは今のところ、決済サービスでの顧客囲い込みには、あまり積極的ではない。
しかし、マイクロモビリティのデジタル対応がさらに進めば、グーグルマップが都市部の様々な細かい交通サービス利用において、支払いまで自社内で完結できるような仕組み作りに着手することは時間の問題だ。
そしてこれを皮切りに、他の様々な業種におけるローカル・サービスについても、触手を伸ばしていくだろう。
時計の針が刻刻と進むなか、旅行を含む、各種リテール業界は、迫りくる現実を直視するべきだ。グーグルマップには、ユーザーの地理位置情報データを活用する上で、絶対的な優位性がある。さらに、誰にでも使いやすい便利なサービスを続々と考案しており、エンドユーザーからエンドユーザーへとつなぐデジタル・エコシステムもある。欧米発では第一号のスーパーアプリとして、急速に台頭していくだろう。
グーグルマップはここ10年間ほどで、デジタル世界のゲートキーパーとして、実在する店舗にも影響を及ぼすようになった。次の10年間で目指すのは、欧米市場のあらゆる売買で利用されるオペレーティングシステム(OS)として君臨することだ。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:Google's playbook to become a Super App in travel
著者:マリオ・ガヴィラ氏