コロナ禍のあいだ、観光市場で唯一の光だった国内旅行。日本旅行業協会(JATA)が先ごろ開催した「JATA経営フォーラム2023」の分科会「国内旅行」では、現在の国内旅行市場を、日本交通公社(JTBF)とヤフー、ナビタイムジャパンが、独自調査や取得データで考察。今後を展望した。
ファシリテーターを務めたトラベルボイス代表の鶴本は冒頭、過去最高を記録した2019年の国内旅行の市場規模を示し「国内旅行は巨大な旅行市場。それがパンデミック以降、さまざまな形で復活してきている。そのあたりを3つの方面の専門家から話を聞く」と趣旨を説明し、講演をスタートした。
出演者:
- 日本交通公社(JTBF)上席主任研究員 菅野正洋氏
- ヤフー マーケティングソリューションズ 統括本部・リーダー 吉川美咲氏
- ナビタイムジャパン 地域連携事業部長 藤澤政志氏
- トラベルボイス 代表取締役社長CEO 鶴本浩司(ファシリテーター)
コロナ禍前に戻りつつある
JTBFの菅野氏は、独自の旅行実態調査や旅行意識調査をもとに「日本旅行者の動向・意識」を発表。これによると、2022年の旅行動機の1位は「日常生活からの解放」となり、約10年ぶりにトップとなった。「マイクロツーリズム」や「ドライブ旅行」「直前予約」「出発日の分散化」などコロナ禍に顕著に表れた旅行の形態や傾向については、マイクロツーリズムが一定程度、定着した傾向がうかがえるものの、多くはコロナ禍以前の状況に戻りつつあるとの見方を示した。
今後の旅行意欲も「これまで以上に旅行に行きたい」が増加し、高止まりの状況にあるが、「旅行に行きたくない」「わからない」の回答も「一定程度ある」と注意をうながした。年代別・性別では、コロナ禍前の主要客層の1つであった「女性70代」は「行きたくない」の回答が多く、菅野氏は「高年齢の女性は旅行に慎重な気持ちが残っている」と指摘した。
このほか、国内旅行の関連として、海外旅行に対する意向も発表。海外旅行への意欲も高まりつつあるが、まだ低調の状況。「海外旅行に対する興味がなくなった」という回答も一定数あったという。海外旅行に行かない分の時間とお金を振り向ける先として国内宿泊旅行が最多で、菅野氏は「海外旅行から国内旅行へのシフトはしばらく続く」とみている。
旅行の需要を刺激したのは「需要喚起策」
ヤフーの吉川氏は、「Yahoo! JAPAN」の検索データから考察した国内旅行の傾向を発表した。国内旅行関連の検索数は(国内のエリア+「旅行」「ホテル」「宿泊」「航空券」「ツアー」のクエリ:検索語句)、緊急事態宣言やGoToトラベル、まん延防止等重点措置などによって昇降を繰り返しながら、2022年には2019年比で56%にまで戻った。月別では同月比で2019年を超えた月もあり、吉川氏は「だいぶ戻ってきたことが、ヤフーのデータで見えている」と話した。
また、国内旅行の需要を刺激しているのは「全国旅行支援」などの需要喚起策だと、吉川氏は話す。これは、宿泊予約をした旅行者の検索キーワードのカスタマージャーニーをみると、よくわかるという。たとえば、京都の宿泊予約をした人の場合、旅行の30日前くらい前に「全国旅行支援」の検索と同時にホテルの検索をはじめ、旅行の15日前から直前までに現地の観光関連を検索していた。沖縄での宿泊予約の場合は、ホテルよりレンタカーの検索が早くなるなど、宿泊地によって内容に違いはあるものの、旅行の予約や計画のきっかけとなる検索は、「全国旅行支援」であることがみてとれるという。
これを踏まえ、吉川氏は「全国旅行支援の終了後、消費者は何をきっかけに旅行に行くのかが、今後のカギ」とし、「地域や自治体、事業者の需要喚起がポイントになる」と考察した。
観光地+1(プラスワン)で楽しめるエリアが人気に
ナビタイムの藤澤氏は、旅行者が出かける際の目的地検索のデータと経路検索をかけあわせたデータで、国内旅行の動向を読み解いた。
藤澤氏によると、観光移動はコロナ前の水準に戻っているが、目的地をカテゴリ別でみると、「名所」「温泉」などではない「その他観光」が大幅に増加。この「その他観光」に含まれているのは、スポットではなく「観光エリア」だという。
例えば「横浜中華街」や「門司港レトロ地区」など、歩くだけでも楽しいエリアが多く選ばれている。さらに分析すると、「観光地」や「温泉地」「自然景観」に「“+1(プラスワン)”するようなエリアが人気」と藤澤氏は説明した。
「観光地+1」は馬籠宿のような街歩きと飲食や買物、「温泉+1」は伊香保温泉などでの温泉と街歩き、「自然景観+1」では、なぎさドライブウェイなど景勝地そのものを走りながら楽しめるような場所で、「比較的狭いエリアをテーマパークのように楽しんでいる人が増えている」とみている。
このほか、藤澤氏は新たな兆候として、橋やダムなどのランドマークも目的地として選ばれているとし、「観光スポットとしてではなく、そこを目指すドライブツーリズムというふうに変わっているのではないか」と推察した。
さらに補足として、ナビタイムの観光メディアで閲覧数が多い記事も紹介。「伊勢神宮の正しい参拝ルート&隠れパワースポット」や「地元民が教える!沖縄グルメ」などが上位にあり、「よりディープに、ローカルな観光を求めている人が増えている」と指摘した。
国内旅行販売のポイントは?
3名の発表では、国内旅行はコロナ禍前の水準に戻りつつあるが、トレンドには変化がみられることが指摘された。これを踏まえ、トラベルボイス代表の鶴本は各出演者に、「旅行会社が知りたいのは、今後、国内旅行をどう販売すればよいかということ」と述べ、各出演者に今後の国内旅行市場のカギを質問した。
JTBFの菅野氏は、今後の旅行の中心となる若い世代が車を運転しない人が多いことを指摘。「そこへの対応が、新しいビジネスの分野として、マーケットに出るようになるのではないか」と話した。
ヤフーの吉川氏は、旅行をするきっかけが需要喚起策になっていることから、「金銭的なインセンティブがなくなった後の旅行のきっかけづくりがポイント」と指摘。ヤフーのデータからは、旅行をする人はゴルフやサイクリング、ランニングなどをするアクティブな人が多いとし、「旅先で、そういう人が関心を持つイベントの企画をすることが考えられる」と話した。
トラベルボイスの鶴本代表は、今後の国内旅行の変化についても質問。
ナビタイムの藤澤氏は、2022年の観光移動は比較的アクセスがしやすい場所に集中したが、秘境のように一般的な観光地ではなかった場所が目的地となっている傾向も同社のデータから見えていると説明。「全国旅行支援の終了後、クチコミが広がって、そういう場所に行くようになるのでは? 地域や旅行会社もディープな場所を見つけてプロモーションを強化すれば、消費者の選択肢になると思う」と展望した。
JTBFの菅野氏はこれからの旅行先の選択要因として、価値観の変化を指摘。若い世代を中心に環境倫理、エシカル意識が強まっているとし、「『サステナブルツーリズム』『レスポンシブルツーリズム』に、観光地や地域側が目に見える形で対応しているかどうかが、かかわってくる」と話した。
これにトラベルボイスの鶴本代表も「環境倫理の変化を認識することは非常に重要」と同意。持続可能な観光が重視され、欧米で標準化されつつあると指摘し、「現状では日本はまだその域に達していないが、若い世代を中心に世界の水準で動くことはある。当然必要になる」とその重要性を強調した。