車中泊仕様の新たなクルマが生み出す旅行スタイル、日産自動車が自治体・DMOと実施した取り組みの成果と未来へのヒントを聞いてきた

車中泊旅行の存在感が高まっている。文字通り、宿泊施設に泊まるのではなく、旅行者自身が運転するクルマに泊まって旅するスタイルだ。この動きにいち早く着目した日産自動車(日産)は、車中泊仕様の「キャラバン」を発売。地域観光に課題を持つ自治体やDMOと、キャラバンを利用した実証実験も実施している。2022年3月、茨城県高萩市との連携協定を皮切りに、2023年3月には青森県津軽圏域の地域連携DMOや北海道上川町とも、それぞれ取り組みを開始した。

実証実験では、新たな客層の参加や地域観光を活性化する可能性が見えたという。なぜ、同社は車中泊車両を開発し、観光分野での取り組みを進めるのか。車中泊仕様のキャラバンのマーケティングを担当する流石(さすが)麻莉奈氏(同社日本マーケティング本部チーフマーケティングマネージャーオフィス)に話を聞いた。

日産が市場の掘り起こしに挑戦

日産自動車が一連の実証実験で用いた車両は、主に商用車として販売しているキャラバンを車中泊仕様に仕立てた「キャラバンマルチベッド」。荷室部分の空間に収納可能なベッドを備え、2020年9月に発売したものだ。「車中泊やキャンプのブームに対応するために発売したモデル」と、流石氏は話す。

コロナ禍で脚光を浴びた車中泊旅行だが、それ以前からキャンピングカーを含めた類似の市場は成長していた。しかし、その客層の中心はリタイアして時間にゆとりのあるシニアや登山や釣りといった趣味での使用など、旅行者層は限定的だった。また、車中泊の代表的な車種であるキャンピングカーは、給排水や調理の設備等に法的な構造要件が必要になるため、高額で自ずと購入客層は限られる。

流石氏は「(車両の)展示会を開くと、来場者から『車中泊に憧れはあるが、キャンピングカーには手を出せない』や、『ベッドなど車内の装備はどう作るのか』という声が多く聞かれた。そんなライトな客層にこの車両を出してみようというのがきっかけだった」と、開発の経緯を説明する。

だからこそ、今回の実証実験では、車中泊を初めて実施する客層を意識した企画に仕立てた。

例えば、第1弾の茨城県高萩市での実証実験では、車を停める宿泊スポットとともに、市内事業者が提供する釣り、乗馬などの自然を楽しむアクティビティや、地域の食材を使った食事をセットで提供。これを、2022年4月28日~5月17日の間での旅行実施を条件に、1泊2日、1人あたり6000円の設定で募集したところ、10組最大30名の枠に全国から1823組2864名の応募があった。従来の車中泊の客層とは異なるファミリー層の応募も多かったという。

流石氏は「数や客層もさることながら、現地までの交通費は自己負担なのに、大阪や沖縄からも応募があった。沖縄の方が旅行先の候補に高萩市があがることはあまりないのではないか。それが、車中泊でできる体験を見せると、『行ってみたい』となる。強い需要があることに気づかされた」と手ごたえを示す。

キャンピングカーの販売総額は右肩上がりに推移。2022年には10年前の2.7倍に:日本RV協会の発表資料より

地域コンテンツを生かせるのが「車中泊」

流石氏は3地域との実証実験を通じて、地域観光にある2つの課題と、その解決に車中泊が果たす可能性を感じたという。課題の1つが、地域内の二次交通や宿泊施設の不足。もう1つが、周辺地域との差別化だ。

前者は、第1弾の高萩市と、第2弾の青森県津軽圏域14市町村を束ねる地域連携DMO「クランピオニー津軽」の課題。特にクランピオニー津軽の管轄地域は、北は津軽半島から南は秋田県との県境まで、青森県の約3分の1にわたる広大なエリアだが、二次交通や宿泊施設が不足しているため、観光客は観光スポットに長時間滞在できず、せっかく地域に来ても宿泊施設のある拠点の都市に戻らざるを得ない。その結果、地域のすみずみまで行けず、観光消費も少ないという負のスパイラルが起こっていた。

「それが、車中泊なら地域の奥に行っても現地で宿泊でき、次の日はそこから先のスポットを観光できる。車中泊での旅行は、旅館やホテルで宿泊する旅行より地域への経済効果が少なくなることが懸念されているが、宿泊施設が不足している地域にとっては観光客の滞在時間が長くなり、観光消費の増加が期待できる。何より、旅行者にとっても時間が効率化されて多くの観光ができるうえ、車中泊自体が地域を楽しむ非日常のアクティビティにもなる」(流石氏)と話す。

また、周辺地域との差別化は、第3弾の北海道上川町が抱えていた課題。北海道ではすでにキャンプや車中泊は活況で、周辺地域の中から選んでもらうことが課題だった。そこで実証実験では、自由時間の多いプランとともに、マタギ体験やきこり体験など、上川町だからこそできる特別な体験ができるプランを組み込んだ。さらに宿泊スポットを一般開放していない大雪高原旭ヶ丘に特設し、ジビエディナーを振舞う特別体験も付けた。

車中泊仕様であるキャラバンマルチベッドには、キャンピングカーにある炊事設備はない。そのため、旅行者は自ずと地域で飲食用の消費をすることになる。地域の食をつけた魅力的な体験を提案すれば観光消費につながり、旅行体験も向上する。

「地域のコンテンツを生かす地元の人の力は、非常に重要だと感じた。今回のケースでは本物の猟師や林業従事者の協力によって、旅行者が地域そのものを体感できる要素になる。これは、参加数を増やすためのポイントだと思う」と流石氏は話す。

日産自動車の日本マーケティング本部チーフマーケティングマネージャーオフィス 流石麻莉奈氏

若者を引き付ける体験としても期待

実証実験の目的には、地域の観光活性化への課題解決を図ることがあげられているが、日産にも課題はある。若者のクルマ離れだ。しかし、車中泊仕様のキャラバンに関しては、若年層からも関心が寄せられているという。気が向いたときに行きたい場所に行けて、事前の予約や計画から解放される旅。気ままな旅ができる自由度も、車中泊の魅力である。

「若者がYouTubeで車中泊の様子を配信し、視聴する若者もいる。自由にどこかに行きたい、自然の中で過ごしたいという要望があると感じている。モノ消費とコト消費はよくいわれる話だが、それは車にも影響している。車がただの移動手段ではないことが受け入れられたら、若者にも車中泊が広がっていく可能性を感じている」と流石氏。車中泊旅行が若者を車に引き寄せる1つのきっかけになると期待している。

現在のところ、実証実験は「成功している」と流石氏。そのポイントの1つが「話題化させること」と流石氏はいう。そのために必要なのは、車中泊コンテンツの魅力の発信力だ。「手前みそだが、弊社も関わってよかったと思う。全国規模の会社だからこその発信力も大きい」と、同社が地域とコラボするメリットをアピールする。

日産が目指すのは車中泊仕様車の販売で、現在は実証実験で車中泊と車中泊仕様車のニーズを探っているところ。今後は各地域の販売会社との連携や事業化なども検討していくという。

日産では「ゆくゆくは地域に根付き、継続的に観光客が車中泊で地域に出かけられる取り組みにしたい」(流石氏)考え。そのためにも、多くの自治体や地域との実証実験に取り組みたいと話している。

キャラバンマルチベッドの車内。フルフラットのベッドの下に荷物も積み込める

みんなのVOICEこの記事を読んで思った意見や感想を書いてください。

観光産業ニュース「トラベルボイス」編集部から届く

一歩先の未来がみえるメルマガ「今日のヘッドライン」 、もうご登録済みですよね?

もし未だ登録していないなら…