2023年9月にアジアで初めて開催された「アドベンチャー・トラベル・ワールドサミット2023(ATWS2023)北海道」。コロナ禍のためバーチャル開催を余儀なくされた2021年を経て、今年、札幌コンベンションセンターでリアル開催が実現した。
アクティビティ、自然、文化体験のうち、2つ以上で構成される旅行形態として定義されるアドベンチャートラベル(AT)は、欧米豪の富裕層を中心に年々拡大。北海道での大会後も各方面からさまざまな反応が出ている。大会運営の評価、北海道のATの潜在力、今後に向けた課題とは? そのフィードバックからATWS2023の意義を振り返ってみた。
バイヤーの8割以上が「今後、北海道の新しいツアーを企画する」
ATWS2023では、3日間の本大会に加えて、開幕前には全国22ヶ所(北海道内15ヶ所)でプレ・サミット・アドベンチャー(PSA)、大会初日には道内31ヶ所でデイ・オブ・アドベンチャー(DOA)を実施。ウェルカムレセプションは「さっぽろテレビ塔」、オープニングセレモニーは「大倉山ジャンプ競技場」で行うなど、ATWS北海道実行委員会を中心に「オール北海道」で大会を支えた。
ATWSの主催者アドベンチャー・トラベル・トレード・アソシエーション(ATTA)によると、参加者は計773人。前回、スイス・ルガーノで開催された「ATWS2022」の718人を超えた。参加者の内訳を見ると、旅行会社などのバイヤーの割合が前回の13.5%から15.5%に増加。北海道開催への関心の高さが伺える結果となった。このほか、日本からのサプライヤーが19.4%、デスティネーションが18.2%、パートナー企業・団体が10.5%、メディアが6.6%。世界のAT関係者が一堂に会した。
ATTAアジア太平洋リージョナル・ディレクターのハンナ・ピアソン氏は、ATWS2023を振り返り、「バイヤー、メディア、サプライヤーまでATコミュニティー全員が楽しめた素晴らしいイベントになった。PSA、ランチ、オープニングセレモニーなど、すべてきめ細かく運営され、2年間にわたって練られた企画の集大成となった」と評価した。
ATWS北海道実行委員会事務局長の後藤知佳子氏は、参加者のネットワーキングの機会に触れ、「今年のテーマであった『調和』を感じる大会だった」と振り返り、北海道の魅力について大きな反響があったことを「大きな成果」と振り返った。
ATTAの調査によると、全体の満足度は5段階評価で4.5。「ATデスティネーションとして日本の認識」は4.7となり、63%が大会後に日本の印象が好転したと回答。「北海道大会への参加は価値があった」と評価する参加者は実に97%にも及んだ。
さらに、調査対象80人のバイヤーのうち83%が「今後北海道の新しいツアーを企画する」と答え、新企画の数は1社平均3.1ツアーという結果になった。
これを受けて、ATTAでは、2024年の日本へのAT旅行者数を3030人と推計。2025年には5191人、2026年には1万2481人に急増すると試算している。
また、経済効果についても試算。1人あたりの平均消費額は3728ドル(約55.2万円)とし、総消費額は2024年が1130万ドル(約16.7億円)、2025年が1940万ドル(約28.7億円)、2026年には4660万ドル(約70億円)に増加すると見込んでいる。
ATWSで北海道外のATの魅力を発信する「ジャパン・ラウンジ」を設けた日本政府観光局(JNTO)の市場横断プロモーション部長 内大輔氏は、ATWS北海道報告会で、「ATのマーケティング戦略のもと、2025年までにATでアジアナンバーワンの地位を確立する」と強調した。
見えてきた評価と課題
ATWSのハイライトのひとつがPSAとDOAだ。バイヤーに実際に現地を見てもらう機会は、商品開発やツアー造成にとって大きなインパクトになる。
ATTAの調査によると、PSAの全体的な評価は5段階で4.52と高かった一方、DOAについては4.08にとどまった。これは前回ルガーノでのDOAの満足度4.53と比較するとかなり低い。その要因の一つとなっているのが、「ツアーガイドの言語熟練度」。そのスコアは3.98と厳しい評価だ。
一方で、PSAを催行した北海道宝島旅行社観光地域づくり事業部コーディネーターの雨池さやか氏は、「参加者への対応や気遣い、人柄が評価され、そのガイドの噂が会期中に広まるなど非常に嬉しい反応があった」と明かす。
その言葉通り、PSAでは4.63と高い評価となっていることから、質の高い英語ガイドの量に課題が見える。
ATWS北海道実行委員会事務局長の後藤氏は、「ツアーガイドの英語力を高めるとともに、そうしたガイドの充足を進めることが重要であると改めて認識した」という。北海道では、2023年7月から「北海道アドベンチャートラベルガイド認定等制度」を開始し、世界に通用するツアーガイドの育成に着手したところだ。
また、PSAでは食事での提供で苦労した声も聞く。雨池氏は、「想像以上に食事制限が多かった」と振り返り、日本で考える以上に世界的にベジタリアンやビーガンが増えていることから、「今後、どこまで対応可能かを伝えていくことも大切」との認識を示す。
九州観光機構企画部地域連携室担当部長の花田政年氏は、JNTOの報告会で、「アレルギーや宗教上の食事制限など事前に準備はしていたが、ツアー中に突然言われることもあった。そうした時の対応も重要になってくる」と報告した。
それでも、ATTAによる食事の調査では、札幌コンベンションセンターでのランチは4.34、大倉山でのオープニングセレモニーは4.43、抹茶デモンストレーションは4.45と高い評価。ただ、さっぽろテレビ塔でのウェルカムレセプションは3.54と極端に低いことから、今後検証が必要かもしれない。
ATの重要な要素の一つがサステナビリティ。自然や異文化の中でアクティビティをATとしている以上、切っても切れないテーマだ。北海道アドベンチャートラベル協議会会長の荒井一洋氏は、JNTO報告会で「サスティナビリティは最低ライン」と力を込める。ATWSでは「持続可能でなければ、ツアーに参加したくてもできないというメッセージを受けた」と話す。
ATTAは、気候変動対策、野生動物保護、エネルギーの節約、ゴミ削減などの環境分野、地域企業の支援、伝統文化の継承と保護などの地域の持続可能性など12項目で参加者からの聞き取りを実施。すべての項目で、ATWS前と比べると、ATWS後には北海道の取り組みに対する印象は向上した。
ただ、受け入れ側からは反省の声も聞こえる。北海道運輸局観光部観光企画課専門官の森恭兵氏は、参加者のコメントから、使い捨てペットボトルの使用、プラスティックの使用量、バスなどの交通のエネルギー消費、生物保護などで苦言があったと明かした。
また、九州観光機構の花田氏も「環境への負荷、プラスティックの使用、使い捨てなどついて、用意の段階で配慮はしていたが、今後さらに進めていく必要がある」との認識を示した。
ATを北海道・日本に根付かせるために
ATWS2023を終えて、北海道・日本の参加者には、今後のAT普及に向けた気づきも多かったようだ。
北海道宝島旅行社の雨池氏は、地域と素材の編集を進めていく重要性を指摘。「アクティビティだけなく、ホテル、飲食店、商店街なども含めて地域全体で受け入れを考えていく必要があると思う」と話す。
また、北海道だけでなく、ゴールデンルートも含めて「オールジャパンで売りたい」というパイヤーの声がある中で、ATWSは道外のオペレーターとの関係構築の機会になったことも成果として挙げた。
四国でPSAを催行した四国ツアーズのロッド・ウォルターズ氏は、「高品質を維持しながら、アドベンチャー商品のポートフォリオを拡大する必要がある。適切な宿泊施設や交通手段の不足といった問題もある。さらに、四国でのAT需要の高まりに備えて若いガイドを育成する必要もある」と話す。
北海道アドベンチャートラベル協議会の荒井氏は、ATの普及に向けて、「わざわざ準備するのではなく、普段使い、日常のお裾分けのような考え方が必要ではないか」と提案する。そうすれば、ガイドの暮らしも地元の暮らしも、ATが日常の延長になり、コストも下がる。同協議会は、子供の頃から地元のATに親しむために、「北海道の子供が経験すべき自然百選」を展開しているという。
加えて、ガイドの力を普段の教育や福祉の分野に活かして、地域貢献に繋げていくアイデアも示す。「こういう関係を地域でつくれば、ガイドの運営コスト、教育や福祉のコストも下げられる」と期待を込める。
ATTAとATWS北海道実行委員会は大会後、北海道・日本のアドベンチャートラベルの地位確立に向けて共同ステートメントを国内外に発信した。事務局長の後藤氏は、「ATTAをはじめ、世界各国の関係者、道内外の関係者との関係を深化させながら、アドベンチャートラベルをしっかりと根付かせていく」と今後を見据える。
ATTAのピアソン氏は「ATを商業化しようとすると、デスティネーションに関係なく、経済性と地域性の維持とのバランスにおいて常に課題がある」と指摘。そのなかで、 北海道が恵まれているのは、その豊富なコンテンツに加えて、「政府・自治体からの支援だけでなく、ATを推進しようとする民間分野の情熱があることだ」と強調した。
北海道で生まれたATの胚芽は、日本で今後どのように育っていくのか。持続可能な観光に向けて挑戦は続く。
※ドル円換算は1ドル148円でトラベルボイス編集部が算出