千葉千枝子の観光ビジネス解説(6)
JATA経営フォーラム2014(2)
インバウンド振興への新たな潮流、新しい価値創造への挑戦
去る2月に都内で開催されたJATA経営フォーラム2014では、「新しい価値創造への挑戦」が大きなテーマに掲げられた。成熟経済のわが国において、事業創造や新価値創出という言葉が叫ばれて久しいが、旅行業界における新たな価値の創造とは、どのようなことをさすのだろう。
(前回のコラム)
▼顧客が離れたくても離れられないダントツのソリューションを
登壇したコマツ(小松製作所)相談役の坂根正弘氏は、その特別講演の中盤、「企業価値の創出」の重要性を説いた。それは、企業のブランドマネジメントであり、ライバルすら寄せつけない“ダントツ経営”を意味する。研究開発(R&D)や品質管理(QC)は製造業の生命線といわれるが、高い技術力をベースにコマツでは、商品からアフターサービスに至るまでダントツをめざしてきた。
これだけは絶対、他者に負けない。それがダントツ経営だ。
なかでも、コマツの真骨頂と言われる“ダントツソリューション”――世界の鉱山の約7割にコマツの無人運転LANが供給されている――を例に、「絶対、コマツから離れられない(状況をつくる)」と言うから穏やかでない。例えにしては不謹慎かもしれないが、夜の世界で辣腕ホステスたちが、上客を奪い合うときのセリフのようでもある。
我々が身を置くホスピタリティ産業こそ、顧客が離れたくても離れられないダントツソリューションを展開すべきかもしれない。パッケージツアーなどの廉売に、不毛な価格競争を繰り広げる時代は、すでに去り、おのおのが強みを磨くときにきた。
▼インバウンド振興で新しい価値創造を、旅行業界に求められる新たな期待感
特別講演に先立ち、主催者のJATA日本旅行業協会会長・菊間潤吾氏が挨拶に立った。そこで菊間氏は、「旅行業界に対して、時代が求める期待感が、かつてないほど大きい」と述べたうえで、政府が推し進める観光立国を実現するために、会員各社が大きな役割を担っているとも語った。
観光産業が国策で追い風というのに、旅行業界の指標となる「第1種旅行業経営分析のための調査」の結果をみると、2012年の取扱高営業利益率はわずか0.56%。リーマンショック前の水準に回復はしたものの、1%という目標値にはほど遠い。薄利の状態は改善されていない。
一方で、取扱高シェアをみると、国内旅行52.3%、海外旅行43.2%に対して、訪日旅行はわずか4.5%とふるわない。アウトバウンド一辺倒で、時代の長きを費やした旅行業界が、国策の波に乗れていないのが浮き彫りになった。
菊間氏は会員各社に向けて、「国内・海旅以外の新領域、すなわち訪日旅行への参入も視野に入れるべき」と、発破をかけた。
JATAでは昨年3月、訪日旅行者に安全・安心で良質な旅を提供することを目的に、「ツアーオペレーター品質認証制度」を創設した。同日開催されたテーマ別分科会では、認証一期生となる旅行会社もパネリストとして登壇して、熱い議論を戦わせた。
インバウンド振興は、これからの旅行業における大命題であり、新たな潮流、新たな価値創造のキーワードといえるだろう。
▼旅行業の発展のヒントは「現場力と労使関係」、そして「企業価値」にある
坂根氏は旅行業界の今後の発展に、大きなヒントとなるメッセージを二つ残した。
一つは、現場力と労使関係についてである。「ビジネスモデルづくりは、すなわち現場力にある」と語る坂根氏は、その現場力を味方にするために欠かせないのが「労使の信頼関係」と説く。「人選を誤ると、会社は潰れる」とまで明言。会場を見渡すと、頷く経営者が少なくなかった。
“コマツウェイ”なるバイブル的行動指針を編み上げて、世界のコマツを躍進させた実績をもつ。経営者や、人事をつかさどる担当者だけでなく、できれば労働組合に従事するひとたちにも届けてあげたいメッセージであった。
もう一つの重要なメッセージは、「企業価値を決定づけるのは、けっして株主ではない。顧客・協力企業・社員が三位一体となって、その企業の価値を決める」との言葉である。株式上場企業は、株主の顔色をうかがうのが常である。しかし顧客(お客様)があってこその経営であり、社員が企業価値を高め、旅館やホテル、航空会社など協力企業があってこそ成り立つのが旅行業だ。この業界においてステークホルダーの領域は広く、そこには地域社会も含まれる。
カイゼンやカンバン方式など製造業における経営手法を、ホスピタリティ産業の現場に持ち込んだ経営者やコンサルタントは数知れない。しかし産業や企業の根幹となる“理念”が、おざなりになってはならない。現場力と労使関係、そして企業価値を高めることこそ重要であるということを、今回まざまざと知らされた。