千葉千枝子の観光ビジネス解説(12)
今こそ商機の「長期滞在型観光」
*右写真は人気のマレーシアで退職者査証を取得して滞在した日本人ロングステイヤーたち(2007年当時)。病気や高齢を理由に完全帰国も始まっている。
806万人もの出生を数える団塊の世代(1947~1949年生まれ)。この世代が60歳を迎えた2007年は、大量定年が予想されたことから、シニアビジネスが一気に開花した。
海外滞在型余暇(ロングステイ)が耳目を集めたのも、この時期だ。年に一度、都内で開催される旅行業界の見本市で、ロングステイがイヤーテーマとして取り上げられたのは2004年のことである。筆者もこのとき特設会場で、海外ロングステイをテーマにレクチャーした。定年後の海外暮らしをライフスタイルに―――。多くの聴衆が、憧憬をもってセミナー会場を埋め尽くした。
バスに乗り遅れるなとばかり、ロングステイを事業化する企業が増え始めたのは、このころである。
ところが団塊世代の多くは、年金などの将来不安から、働くことを選択した。企業の現場では雇用延長が導入され、65歳まで働くことができる環境が整い始めていた。そのため、ロングステイで事業成功するビジネスモデルは見いだせないまま、海外不動産投資への転向や、撤退する企業が相次いだ。
そして一昨年、2012年を皮切りに、団塊世代の本格リタイアが始まり、今こそ大量退職進行中にある。彼らが後期高齢者(75歳以上)の仲間入りをするのは、2022年。日本男性の平均寿命である75歳をさかいに、海外旅行をする人が減少、国内回帰する傾向にもあるから、今こそ長期滞在は、真の商機にあるのかもしれない。
あのレクチャーから、すでに10年の歳月が流れた。
▼国内の長期滞在型観光に求められるもの
それは暮らしやライフスタイルのなかにある“生きがい”
バリアフリーや福祉、地域ボランティア、ヘルスツーリズム等の側面で語られることが多い高齢者ツーリズムだが、団塊世代を、これら高齢者マーケットと一括りにはできない。旅行経験が豊富で、一定の経済力と余暇時間のある団塊世代が、好む観光領域や観光行動は限りなく広く、かつ多様性を帯びている。
多感なころにベトナム戦争が勃発し、全共闘世代とも呼ばれる彼らは、大学時代に学生運動を経験。英語教育を受け、常に厳しい競争社会のなかで生き抜いてきた人たちだ。次なる航海の出帆に、没個性の画一的な旅で満足できるわけがない。高齢者におけるツーリズムのあり方、係わり方が大きく見直され始めている。特に団塊世代は、老いてなお社会で活かされたい、役に立ちたいとする貢献型の需要も併せもつ。
また、地域交流への意識も高い。反復repetitionや長期滞在long-term stayの旅のスタイルが求められている。一方で、移住emigrationや定住domiciliation への関心も高く、後者は税収を伴うため、地域活性化が期待される。
海外での滞在を目指す人の多くが余暇vacationに近い時間消費であるのに対して、国内での滞在者の多くは、生きがい(something one lives forもしくはpurpose in life)を求める傾向にある。それを、自己の暮らしlivingやライフスタイルlifestyleのなかに見出そうとしているケースが多いのも、この世代の特徴といえよう。(図‐1)
▼マルチハビテーションやデュアルライフ、ロングステイ・・・
すでに欧米で定着 ツーリズムに寄せた振興策を
日本では、過疎化が進む地域への移住促進を第一義に、その延長線上に長期滞在型観光を据えて振興をはかる方策が、おもに自治体ごとにはかられてきた。1990年代以降、地方が抱える課題の一つである過疎化への対策に、マルチハビテーションという新たな概念が流入したのである。
やがて交流居住(総務省)や二地域居住(国土交通省)、都市と農山漁村の共生・対流推進会議のデュアルライフ(農林水産省)がそれぞれ提唱され、自治体ごとに試行錯誤の取り組みがスタートした。2004年以降のことである。また、(一財)ロングステイ財団が商標登録をする造語「ロングステイ」(1992年、経済産業省)とは、発祥や発展段階が異なるのがおわかりだろう。
いずれにせよ、リタイアリーの生きがいづくりや、国内地方の地域活性化、はたまた訪日外国人客受け入れに、長期滞在型観光は大きなテーマとして生き続けるだろう。
ちなみに本稿でいう長期滞在型観光とは、あくまでツーリズムの一類型であり、すでに欧米先進国で定着している旅のあり方である。今、国内でどのようなことが起きているのかを、次回で詳しく取り上げる。