ゲーム事業を柱に各種ネットサービスを提供するディー・エヌ・エー(DeNA)。そのグループのオンライン旅行会社(OTA)であるDeNAトラベルの代表取締役社長に2017年9月、DeNAのプロパーだった大見周平氏が就任した。29歳・旅行業未経験での抜擢だ。
オンライン企業では若い起業家の経営者の活躍が珍しくないが、DeNAトラベルの取扱額は2016年度で625億円・従業員数約260名の準大手旅行会社。海外旅行の取扱高では観光庁発表の「主要旅行業者取扱額」で10本の指に入り、オンラインでの海外航空券販売で国内1、2位を争う同社を、若い感性でどのように率いていくのか。業界展望と今後の方針を聞いてきた。
インターフェースはアプリが主戦場に
大見氏は2012年、DeNAに新卒で入社。1年目から韓国のゲーム事業で集客部門の立ち上げや運用サポートに携わり、3年目には新規事業開発の部門でCtoCのカーシェアサービス「Anyca(エニカ)」を立ち上げ、事業責任者として統括。DeNAで6年間、ネットサービスの経験を積んできた。
そんな大見氏に、旅行業界はどのように映っていたのか。大見氏によると、「法規制がさほど厳しくなく、新規参入がしやすい。動きが激しく、ベンチャーのターゲット市場としても面白そう」というのが、社長就任前に抱いていた印象。特に新規事業開発の部門で、「どんなところにどういう新しいものが生まれてくるのか」をウォッチしている中で、興味をもって旅行業界のニュースを見ていたという。
なかでも、「サービスの質の上がり方に驚かされた」というのは、民泊プラットフォームのAirbnb(エアビーアンドビー)。「ユーザー同士の強い熱量で知り合う世界観から、徐々にターゲットをホテルと同じ感覚で使うユーザーに広げてきた。ホテルと大差のない体験に近づけるが、ホテル予約サイトには出せない差別化をする。そのブランディング戦略がよく練りこまれている」というのが、大見氏の見方だ。
そしてもう一つが中国OTAのCtrip(シートリップ)。Ctripは社長就任後により細かく見るようになったが、特にアプリの使いやすさや検索スピードなど、「航空券のデータベースを大規模かつフレッシュに保持する作業は人力ベースだと聞いた。我々も同じ作業をしているから、そこまでやることの大変さが分かる」。シートリップは5年後、「(日本で)相当な存在感を持っていてもおかしくない」との認識で、同社のアプリはベンチマーク的に見ているという。
今後、DeNAトラベルが力を入れるのは、ユーザーが旅行の購入で使用するインターフェースへの対応。「ユーザーの求めるインターフェースがウェブからスマホ、アプリ、チャットへと、次々に変わっていく。旅行代理店としてはそこに的確に対応すべきで、そういう意味で今後、主戦場になっていくのはアプリ」と、その重要性を強調する。
ただし、「本質はデジタルではない。ユーザーが日ごろ、何を使っているかに尽きる」と、あくまでユーザーに向き合う対応の一環であることを強調。個人旅行(FIT)化やデジタル化など、ユーザーの不可逆的な動きをフォローしていく、という考えだ。
ウェブ企業と旅行会社のハイブリッドが強み
市場動向については、「この3年くらいでOTA同士の淘汰が進む」と予想。理由は2つ。1つは「インターフェースがアプリになると、そのクオリティで差が出る」という点。もう1つは「広告の主戦場が一気にウェブに振れる可能性がある。ウェブを含めた販促で起こるルールチェンジに対応できない会社がでてくる」という点。
これを踏まえ、大見氏が今後の脅威とあげる競合社は、仕入れ力を持ち、メタサーチを活用して取扱高を伸ばしていく大手旅行会社と、ウェブの販促で新たな手法を確立したSkyticket(スカイチケット)などの国内航空券販売のベンチャー、圧倒的な資金力とパワーを持つ外資系OTAだ。特に国内ベンチャーと外資系OTAが織り交ざり、スマホアプリでの存在感を示す勝負が過熱するとみる。
これに対し、DeNAトラベルの優位性の一つには、DeNAグループとの連携があるようだ。それは、ネットサービス大手が持つ人材の活用。DeNA本体とは距離感を保って事業を行なう方針は今後も継続するが、「システムやテクノロジー系の人材を自社で採用するのは大変。しかし、我々は本社の人員を活用することができる。その方がDeNAトラベル全体の推進力は上がる」といい、一部プランニングフェーズで始めているという。
一方、約40年の実績を持つ旅行会社であることにもメリットを見い出す。これは特に、外資系OTAへの対抗で有効だと考える。外資系OTAがテクノロジーを活用してトランザクションの獲得に注力し、その商材の1つとして旅行を扱うのに対し、日本の旅行会社は自身が好きな旅行の体験を顧客にしてほしいとの思いで旅行販売をする人材が多い。同社はこのハイブリッドだと、大見氏はいう。ずっと旅行畑を歩んできた40、50代のスタッフもいれば、勤務経験がウェブ企業のみのスタッフが半分以上の部門もある。「他社も人材の融合を図っているところだと思うが、先んじてそういう組織になっていた」と振り返る。
旅行業に入る前の大見氏は、外資系OTAの考え方の方が圧倒的に強いと思っていた。しかし、DeNAトラベルに入り、考えが変わった。
「旅行事業の軸足をずらさないのであれば、旅行好きの社員でユーザーと真摯に向き合う組織カルチャーは残し、強化していくべき。OTAはコンセプトレベルが同じになるので、今後は差別化がしにくくなる。最後は、数字に表れないようなサービスクオリティなど、効率化ではない部分で勝負がつくのではないかと感覚的に思っている」からだ。もちろん、「それを見い出さなければ、勝つ道も見い出せない」と、必須の対抗策となることも示唆する。
目標は、5年間で国民的サービスになること。「OTAの淘汰後は3、4社がほとんどのシェアを占める市場構造になる。生き残るにはユーザーに常に想起されるサービスになるまで引き上げなくてはならない」と勝負どころを語る。
主力の海外航空券で足場を固める
5年間で国民的サービスにまで上り詰める。この目標に向けた経営方針を聞いてみると、「基本構想はこれまでと変わらない。地道に既存事業を磨き上げ、数値を改善して積み上げていくことが、2、3年後に大きな差で効いてくる」と堅実だ。しっかりと足場を固めて、競合と戦える状態を常に保つことが、OTAとの競合を生き残る必須条件だという。
第一優先は、主力である海外航空券。日本市場に対するアウトバウンドの販売だ。海外航空券の購入客の約9割は、同時にホテルを購入する。航空券で面を取り、ホテルやその他の旅行に付随するものを併売していく。だからこそ、「海外航空券購入で、弊社を想起してもらうことが避けて通れないチャレンジ。国民的サービスになるには、これがすべて」とも語る。
次いで、グローバル事業。ただし、現状は「まだゼロイチフェーズ」といい、シェアを狙うべく手を打ちながらも市場の選別を行ない、集客方法やビジネスフロー、ビジネスモデルなどのリフトアップのための再構築も視野に入れる。海外to海外のシェアがとれた市場からインバウンドへと繋げる考えだ。
施策では従来方針からの大きな変更はないとはいえ、組織的には「今よりもウェブ企業然とした要素の取り込みを、パワフルに推進する」とも語る。AIやチャットボット、ディープラーニングなどのテクノロジーの活用にも意欲的で、VRに至っては「そもそもの旅行の位置づけすら変えていく。仮想空間はものすごく可能性があり、遠隔旅行や複数の旅行地に瞬時に行く体験になるかもしれない」と、広い視野で捉えている。
今後5年間の勝負について大見氏は、「本邦企業として強い企業を業界全体で作っていく意識を持たなければ、将来は日本市場でもトップ3が外資系企業で占められることもありえる」と危機感を示す。自社の生き残りはもちろん、「法令遵守で市場を広げて来た日本の企業で今後も存在感を出し、健全な状態を保ちながら事業を続けていくことにチャレンジしたい」と力を籠める。
インタビュー:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:山田紀子