機内食コラムを担当する旅行・グルメライターの古屋江美子です。今回はハワイアン航空の新機内食に迫ります。
ハワイアン航空は、2018年9月1日~2019年5月31日の期間、日本発便の全クラスの機内食をハワイの人気レストラン「MW レストラン」のシェフ、ウェイド・ウエオカ氏が監修します。先ごろ来日したウエオカ氏に、繊細なハワイ創作料理を機内で再現する苦労を伺いました。
シェフの個性が光る「ハワイ・リージョナル・キュイジーヌ」とは何か?
今回、ハワイアン航空の機内食を監修するシェフのウェイド・ウエオカ氏は、妻であるパティシエのミシェル・カー・ウエオカ氏と共に、2013年に「MW レストラン」 をホノルルにオープンさせました。同店は2014年に全米飲食業界のアカデミー賞とも呼ばれる「ジェームス・ビアード賞」の「全米ベストレストラン」部門にノミネートされ、いまやハワイを代表する人気店。オバマ前大統領もこの店で食事をしています。
「MW レストラン」の料理は、「ハワイ・リージョナル・キュイジーヌ」と呼ばれる創作料理。1991年にアラン・ウォン氏など12人のハワイのシェフが確立させた新ジャンルの料理です。アラン・ウォン氏の店で17年間働いていたウエオカ氏は、ハワイ・リージョナル・キュイジーヌの料理の特徴として次の2点を挙げました。
1.多様な食文化が融合している
ハワイは移民が多く、アジア系だけでも日本・韓国・中国・タイ・フィリピンなどさまざま。異なる食文化をバックグラウンドに持った人同士が結婚することも多く、多様な食文化が自然に混じり合っていきました。ひとつの皿の上に、異なるタイプの食材や調理方法、スタイルが混じっていることも珍しくありません。
2.ハワイの食材を使う
果物や野菜はもちろん、豆腐やソーセージなど加工品に至るまで、できるだけハワイ産のものを使用。いわゆる「地産地消」を実践するのも特徴のひとつです。使われる食材のバラエティは年々多彩になっているそうで、ウエオカ氏自身もスーパーフードの“モリンガ”や柑橘系の“ブシュカン”などヘルシーな食材を取り入れるようになったといいます。
ハワイ・リージョナル・キュイジーヌを出す店はハワイにたくさんありますが、どの店の料理も繊細かつ独創的。シェフによって食文化のバックグラウンドが違い、さらに独自のセンスでアレンジを加えているためです。
そうめんや餅も使う、日本の影響を受けたウエオカ氏の料理
両親が日本人(母親はサードクォーター)であるウエオカ氏の料理は、日本の食文化の影響を強く受けています。
たとえば「MWレストラン」の人気メニューのひとつ「モチ・クラステッド・モンチョン(MOCHI CRUSTED MONCHONG)」は、なんとそうめんと餅を使用。餅をすりおろしてふりかけと混ぜた衣を白身魚にまぶして揚げ、そうめんの上にのせています。
独創的な料理の発想の源泉は「これまでの食の経験や自分が食べたいと思うものから。ときには偶然から生まれることもあります」とウエオカ氏。
たとえば、「モチ・クラステッド・モンチョン」に使われている餅は、ウエオカ氏が幼いころから慣れ親しんだ食材。「母親が正月の餅を冷凍しておいて、たまに揚げ餅を作ってくれたんです」。また、そうめんの上に魚をのせることにしたのは、以前ファーマーズマーケットに出店していたとき、手早くサーブする必要に迫られ、偶然思いついたそう。そうめんなら、ごはんのようにオーダーが入ってから1杯ずつよそう必要はなく、あらかじめ麺を茹でて盛り付けておけば、スピーディに提供できます。
ウエオカ氏は、料理のコンセプトに「コンフォートフード(comfort food)」を掲げています。コンフォートフードとは、子どものころ食べていたような懐かしくほっとする味のこと。「自分が食べてきたものに少しアレンジを加えて、違ったスタイルで出すのが好き」だといい、店では「スパムむすび」や「ロコモコ」のようなハワイの人気料理も独自のアレンジを加えて提供。スパムむすびはおこげ風のスタイル、ロコモコはハンバーグのかわりにミートローフを使っています。
機内食では手順や食材をなるべくシンプルに
ウエオカ氏は、2016年にハワイアン航空の北米発便のファーストクラスのメニューを担当した経験があり、機内食監修は今回で2回目。「機内食監修はチャレンジの連続」だといいます。
「機内では最終的な盛り付けはキャビンアテンダントが行うので、手順を簡単にする必要があります。また、毎回同じ味を出せることも大事なので、食材もなるべくシンプルにしました。たとえば自分の店なら20種類の食材を使うであろう料理も、6~8種類に減らすなど調整しています」
同じレシピに沿って作っても、人によって味が変わるのは料理の醍醐味であり、おもしろさでもありますが、機内食においては均一な味が求められます。しかも今回は、東京(羽田、成田)・大阪・札幌発、すべての路線で同じ味を目指さなくてはなりません。
それ以外には予算もネックだったといいます。「監修者として自分の名前を出すからには、自分が納得できる味でなくてはなりません。機内食は1食あたりの予算が決まっているので、その中で自分が作りたいものを作るのはとても大変でした」とウエオカ氏は振り返ります。
今回考案したビジネスクラスのメニュー「カレー風味チキンシチュー」は、ブラック・ペッパーのアクセントが効いたカレー風味のシチューです。「日本路線なので、大好きな日本のカレーを意識しました。また、ブラック・ペッパーを使っているのは、何度か訪れているシンガポールの影響です」とウエオカ氏。シンガポールではブラック・ペッパーはポピュラーなスパイス。日本とシンガポールの味を融合させた、ウエオカ氏らしい一品です。
カジュアルなローカルフードもシェフ監修で特別な味に
一方、エコノミークラスのメニューはローカルフードの「ロコモコ」。すでにロコモコがハワイアン航空の名物ということもあり、こちらはクラシカルなスタイルで提供。「一流シェフによる本場の味を楽しんでほしい」というハワイアン航空の思いにも歩み寄りました。
カジュアルな印象が強いローカルフードを、敏腕シェフの手で洗練された味わいに昇華させるのは機内食ではよく見られます。たとえば、JALでは先ごろ近距離国際線エコノミークラスの機内食を、東京・恵比寿の和食店「賛否両論」の笠原将弘シェフが監修することを発表。2018年6~11月の期間、「牛すき焼き丼」や「かつ丼」といったオリジナルの和食メニューが並びます。日常的に慣れ親しんだ味も、有名シェフが監修していると知れば「食べてみたい」と思う人は多いでしょう。
今後は「できるだけレストランで出している料理に近いものに近づけたい」と意気込むウエオカ氏。空の上の「ハワイの味」もさらなる進化が期待できそうです。