EU離脱(ブレグジット:Brexit)を間近に控えているとはいえ、英国の旅行業界には、まだ大きな変化はないようにみえる。米・旅行調査フォーカスライトがこのほど発表したレポート「英国オンライントラベル概観2018」によると、2018年の英国旅行市場規模は前年比3%増となり、旅行予約総額は493億ポンド(約7兆2800億円)に拡大。2019年はさらに4%近い伸びが見込まれている。しかし、2019年3月のEU離脱期限が迫るにつれ、業界の長期的見通しは若干不確実なものになりつつあるようだ――。
※編集部注:この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が公開した英文記事について、同社との提携に基づきトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
英国人旅行者の消費力が低下傾向に
EU離脱が決まったあの歴史的国民投票から2年以上が経ったが、英国とEU加盟国との交渉の結果がどう出るかはいまだ明らかになっていない。しかし、英国が新たな貿易協定を結ぶことなくEUを去るという、いわゆる「ハードブレグジット(強硬な離脱)」のシナリオは、英国旅行業界にも大きな脅威となる。
※編集部注:このコラム原文の公開後、EU離脱協定の暫定合意案が英国の閣議で了承されている。暫定合意案では、英国全土で一定期間「関税同盟残留」することが盛り込まれているものの、英国内には対EU強硬派の反発もあり、最終決定は見通せていない。(2018年11月15日現在)
英国の消費者には、これまで、英国とEU諸国間の自由な往来、税金・国境関連のリベラルな政策、医療サービスへのアクセス、ヨーロッパ旅行中のモバイル機器ローミングといった様々な面でメリットがあったが、今後はこれらの恩恵を受けられなくなる恐れがある。また、おそらく影響が最も大きいのは、イギリスポンドの価値が大幅に低下したこと。国民投票前、1ポンドは1.40ユーロの価値があったが、投票後は1ポンド1.10ユーロまで下落。対ドルでも同様に長期的下落の傾向が見られる。その結果、英国人海外旅行者の消費力が落ちてしまっている。
航空・宿泊業界、英国以外の欧州諸国への影響は?
もちろん、EU離脱の影響を被るのは消費者だけではない。離脱を最も脅威に感じているのは、TUI、ト-マス・クック、IAGグループ、イージージェットといった欧州全域で業務を展開している企業だろう。これらの企業は欧州共同空域(ECAA)へのアクセスを失い、欧州域内の航空業務、飛行権に対する広範な影響を被る可能性が大きい。
「ハードブレグジット」のシナリオでは、英国の航空会社は欧州全土にまたがる航空運送事業許可(AOC)を申請することになると考えられるが、英国国外への新たな営業拠点設立に拍車がかかることも予想される。英国のほとんどすべての航空会社はEU域内各国への航空業務ライセンス登録と航空業務開始に備えている。そして英国人は、ビジネス目的であれレジャー目的であれ、EU域内へ旅行するのにビザ料金を支払わねばならなくなる可能性がある。これにより、海外旅行をする人はさらに減るかもしれない。
さらにホテル業界もまた、スタッフに関する難題に直面している。英国での接客業従事者には、ブレグジットの直接的影響を懸念して英国を離れることを検討している人が決して少なくないのだ。
そして、ブレグジットは27か国におよぶ英国以外のEU加盟国にも影響を与える。英・国家統計局によると、2017年に英国から海外への旅行回数は7280万回、2016年に英国人が欧州域内で使った金額は250億ポンド(約3兆6900億円)におよぶ。こういったアウトバウンド消費額の動向も見逃せない。
しかし、このような状況であるにもかかわらず注目すべきなのは、フォーカスライト社の予測結果では、英国旅行業界は若干ながら、なお拡大が見込まれること。2019年3月前後にどんなことが起ころうともこれだけは確かだ。
世界5番目の規模を持ち、オンライントラベル分野では先頭を走る英国旅行市場は、今後とも世界の旅行業界に大きく寄与する存在であり続けるだろう。ただし、近づくブレグジットの嵐を英国の旅行市場がどのように切り抜けるかはこのストーリーが終わってみなければ誰にもわからない。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が公開した英文記事について、同社との提携に基づきトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
※オリジナル記事:U.K. Travel Storm Warning: Brexit Ahead
著:ディーク・ログル氏(Dirk Rogl)