テクノロジー導入で変貌するクルーズ業界、船上で「究極のパーソナライズ化」の実現を狙う背景と最新事例をまとめた【外電】

「クルーズ」市場はもちろん旅行業界の一角を占めているが、色々な意味で業界外との境界に近いポジションにあるともいえる。

例えば、増え続けるデジタル予約。フォーカスライトの「米オンライン旅行概要2018(U.S. Online Travel Overview 2018)」によると、オンライン予約の普及率は、2018年時点で50%、2020年には53%となる見込みだ。しかしクルーズに関する限り、今でもオフライン予約が圧倒的多数を占めている。

クルーズ売上全体のうち、オンライン予約は20%に過ぎず、その内訳は、クルーズ運航各社のウェブサイトと代理販売店のサイトでほぼ半々だ。だが旅行代理店への依存度が高いことは、決して悪いことではなく、むしろ良い面も多い。

航空券や宿泊施設と同じく、クルーズ市場も拡大を続けているが、その成長ペースは他を上回っている。フォーカスライトがまとめた「米クルーズおよびパッケージツアー旅行2018(U.S. Cruise and Packaged Travel 2018)」レポートでは、2018年の米国のクルーズ市場は10%拡大し、3年連続での2桁成長を達成したとしている。

さらに、伸びしろもまだ大きい。

国際クルーズ協会(CLIA)の推計では、2017年に2670万人だった世界のクルーズ人口が、2019年には3000万人を突破する。ちなみに国連世界観光機関(UNWTO)が発表している海外旅行人口は、2017年実績で13億2000万人。

クルーズの市場規模はいつの間にか巨大になり、クルーズ船の客室稼働率もほぼ100%に近い。こうした状況下、クルーズ各社は、新しい船を建造すればすぐに埋まると自信満々だ。大手各社はいずれも客船のラインナップを増強しており、今後数年間は、供給が着々と拡大していく。2019年だけでも、24隻近くの新しいクルーズ船が登場する予定だ。

競争が激化するなか、クルーズ各社がライバルに一歩先んじて利用者からの注目を得ようと力を入れていること、その一つがテクノロジーだ。クルーズといえば、旅行業の中ではテクノロジー活用が遅れている分野と批判されてきたが、最近、こうした状況は変わりつつある。

ここでは新しい技術を取り入れることで実現する「ストレスがなく、究極にスムーズな」クルーズ旅行とは、一体どんなものなのか、考察してみたい。

※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

パーソナル化実現への道のり

クルーズ旅行における最新テクノロジー導入の経緯は、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のプロットに近いところがある。

今やクルーズ船のサイズはどんどん大型化しており、収容人数6000人の船もある。しかし各社が理想としているのは、クルーズが特別な体験であり、船上で人と人との親密な関わりがあった時代。そこでテクノロジーを駆使しようという訳だ。

「よりパーソナルなバケーションの実現が狙いだ。従来のクルーズより、もっと簡単に必要なものにアクセスしたり、利用できるようにしたい。当社では、最大収容人数を誇る大型客船でも、特別ゲストと同等のサービスをお届けしたい」と話すのは、カーニバル・コーポレーションでイノベーション&エクスペリエンス担当責任者を務めるジョン・パジェット氏だ。

「クルーズ旅行が始まった当時の高揚感を取り戻したい。あの頃の船は小型だったが、一人ひとりに配慮した秀逸なサービスが行き届いていた。その時代に戻るということだ。イノベーションは戦略ではなく、戦略を実現するための手段。現在の大型客船のスケールと、当時並みのパーソナライゼーションの融合が戦略だ」(同氏)。

アクセサリー型デバイス「オーシャン・メダリオン」(プリンセス・クルーズより)

カーニバルでは、同社が「xIoT(Experience Internet of Things)」と呼ぶソリューションを考案。まず同社のプリンセス・クルーズラインで、この船上における新しいエコシステムを導入した。ここでは「オーシャン・メダリオン」と名付けられた25セント硬貨ほどの大きさのアクセサリー型デバイスが旅客の個人IDの役割を果たし、クルーズ中の様々なコミュニケーションで活躍する。船内には、7000以上のセンサーを設置した。

ゲストがクルーズを予約すると、ほどなく自宅にメダリオンが送られてきて、パスポートなど旅行や決済に関する情報、個人的な嗜好などをオンライン登録するよう案内がある。こうして自身のプロフィールを事前に作成しておくと、乗船中にスムーズに各種サービスが受けられる仕組みだ。パジェット氏によると、出発前には、船に関する情報や、クルーズ寄港地の文化などを紹介したデジタルプラットフォーム「オーシャンビュー」をチェックするよう、ゲストに推奨しているという。ストリーミングで提供する動画などのコンテンツはすべて自社オリジナルだ。

「特に旅行の場合、利用者にとって大事なのは、この金額で、どのぐらいの感動や楽しみがあるのか、価値ある経験ができるのかということ。出発前、まだ自宅にいる時からワクワクするバケーション気分が楽しめるのと乗船するまで何もないのとでは、大きな違いがある」。

いよいよ出航

だがテクノロジーがその真価を最も発揮するのは、やはりクルーズが始まり、船上に移動してからだろう。プリンセスのメダリオンだけでなく、MSCクルーズやセレブリティ・クルーズなどでも、こうしたイノベーションに取り組んでいる。

セレブリティでは、同社が「最新鋭テクノロジー」を誇るクルーズ船、セレブリティ・エッジ号を2018年12月から投入。同船では、ゲスト向けのサービスをまとめたモバイルアプリに加え、顔認証ソフトウェア、ジオフェンスによるプライバシー保護機能付きビーコンシステムを導入。これにより3000人ものゲストが短時間でスムーズに乗船できる。

最近、セレブリティ・エッジに乗ったというアヴォヤ・トラベルの共同創業者、ヴァン・アンダーソン氏は「巨大クルーズ船の建造が始まった頃、乗船や下船に長い時間がかかることが大きな懸念の一つだったが、まったくの杞憂となった」。

「テクノロジーが状況を一変したからだ。最新技術を採用していない小型船と、導入済みの大型船を比べると、数百人の乗船手続きにかかる時間が、数千人規模の船と同じになっている」と同氏は指摘する。

カーニバルのオーシャン・メダリオンのような接続型のデバイス、あるいはMSCのアプリ「MSC for Me」など、手段は各社ごとにさまざま。しかし旅行中の面倒な手間を減らすこと、そして利用客が自社ブランドのリピーターになるよう努力している点は、各社とも同じだ。

パジェット氏によると、出発港に到着した時点で、「Ocean Ready」の状態になっているゲスト、つまりオンライン・プロフィールを登録済みのゲストなら、プリンセス・メダリオン級の船に乗る手続きはたった20秒で完了する。登録データは保存されるため、二回目の利用時からは、登録する手間も要らない。

詳細は各社で異なるものの、プリンセス、MSC、セレブリティ、ロイヤルカリビアン・インターナショナル、ノルウェージャン・クルーズラインなどが導入しているアプリやスマートデバイス活用サービスを挙げると、キャビンの出入り、コンシェルジュサービス、スケジュール情報、予約、経路案内、決済、デジタル広告情報とのやり取りなど。

さらにゲスト一人ひとりの異なる要望に応え、快適に過ごしてもらえるようなパーソナル対応の実現にも取り組んでいる。

「テクノロジーは常に私にとって、また当社にとっても、目標達成を可能にしてくれるものであり、これからもそうだろう」とMSCクルーズのビジネスイノベーション担当責任者、ルカ・プロンザッティ氏。同社のプラットフォーム「MSC for Me」開発では、プロンザッティ氏率いるチームがクルーや乗客にインタビュー調査を実施。回答者は、国籍だけで、世界170カ国以上にのぼったという。

「オペレーションを極力シンプルにし、簡単に利用できるものに工夫する必要があった。乗客がクルーズ船上で過ごす時間を、十分に満喫できるように」。

パジェット氏も同じような考え方だ。xIoTプラットフォーム設計で留意したことは、クルーズ中に発生する乗客やクルー間のコミュニケーションを、より人間らしいものに深めることだった。例えば、クルーはタブレット端末を持ち歩き、ゲストの情報を把握した上で接客する。

「テクノロジーの話になると、驚くような仕掛けやアトラクションを想像する人がクルーズ業界には多いが、全く違う方向性を目指した」と同氏は語る。

「我々がフォーカスしているのは、すべてのクルーが、お客様からのどんな要望にも対応できるよう、クルー全員が知っておくべき情報や便利ツールなどの装備を万全に整えること。実現するには、常時接続できるネット環境、さらにクルーがコネクトしていることが欠かせない」。

ギミックではなくツールを

2019年3月、MSCでは音声対応のパーソナルアシスタンス機能を「MSC for Me」プラットフォームに加える計画だ。

新型船「MSCベリッシマ」では、サムソンの関連会社であるハーマンと共同で「Zoe」と名付けたデバイスを開発。これをすべてのキャビンに設置した。

MSCを利用する海外客のために、Zoeは複数の外国語にも対応。英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、ブラジルのポルトガル語、中国語(マンダリン)に対応する。

プロンザッティ氏によると、開発担当チームでは、各国語の話者を400人以上集めて、AIにアクセントや質問文の作り方を学習させた。それによってZoeは約250万種類の質問に答えられるようになったという。2020年の秋までにはAIをさらに改良し、ゲストの過去の利用履歴からも学習できる機能を充実させる考えだ。

「ゲストがどういう人で、何を好み、どんなことを楽しみにしているのか分かれば、もっと“テイラーメイド”な滞在を提案することができる」と同氏は話す。

スマートなパーソナライゼーションの実現は、カーニバルのプラットフォーム、オーシャン・メダリオンでも追求している。ゲストに提案する「エクスペリエンス招待状」の内容は、ゲスト自身が回答した嗜好とクルーズ中の実際の行動履歴の両方を、インテリジェント・アルゴリズムが分析しながら作り出していく。行動履歴とは、例えば船上で参加した教室や、飲んだもの、食べたものなどだ。

「常にネットに接続しているので、我々はリアルタイムで、しかもクルーズ中ずっと、ゲストが何を欲しがっているのか、どんな過ごし方をしているのかを把握できる」と同氏。

「目指しているのは、ゲストのバケーション体験を、できる限り最高のものにすること。それには各人の行動そのものが手がかりになる。ゲストの方も、問い合わせする手間が省ける。さらに特筆すべき点は、状況に応じて変化する要望にも応えられるところ。エンゲージメントを深めるほど、一人ひとりにとって、より満足度の高い滞在に近づけられる」。

大洋上での技術提供というチャレンジ

カーニバルのパジェット氏は、もともとディスニー出身で、マジックバンドの開発をはじめ、様々なイノベーションに取り組んだ経歴を持つ。とはいえ、クルーズを対象に、同じようにスマートかつインタラクティブな技術を考案するのは、ずっと難易度が高い取り組みだったという。

「海の上は、世界中で最も接続しづらい場所。陸上にいる時と同じように接続できて、しかも信頼性が高く、パフォーマンスも良好な手段を探すのは大変だ」(同氏)。

「そのほかの点でも、大洋上というのは、非常に厳しい環境にある。難しい条件下で最新テクノロジーを導入し、それを維持していくことは、多大な努力を伴う」。

「クルーズ船は常に航海していて、停泊するのが3年に一回、数週間ほどというのも厳しい条件だ。船を動かし続け、邪魔にならないように注意しながらあらゆるオペレーションの刷新を完遂しなければならない。これら3つの難しい問題をクリアできたことは、すばらしい成果だ」。

テクノロジーを運用する人的資源という問題もある。プロンザッティ氏は、MSC for Meの開発に伴い、乗船スタッフ向けのトレーニングにも大きな投資を行ったと振り返る。

「メンテナンスの側面から考えると、どんな技術を導入する場合でも、航海中の船に乗り、実際にそれを管理するスキルを持った人材が必要になる。イノベーションが高度で複雑になると、導入に必要なスキルの難易度も上がる。このバランスを見極めることが重要で、いつも熟考した上で、決断している」と同氏は話した。

※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

※オリジナル記事:Inside cruise, part 3: The technical transformation


著者:ミトラ・ソレルス(Mitra Sorrells)

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